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人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 1

 暑い。
 視界の中を街路樹が急速に接近しては後方へと流れてゆく。じりじりと天に昇っていく太陽の下、遠近法のお手本のような風景を次々と突っ切りながら、おれは必死に自転車のペダルをこぎ続けた。
 暑い。
 八月に突入すると、東京に居を構えている己の迂闊さというモノを時々深刻に呪いたくもなってくる。毎日毎日丹念に、アスファルトとコンクリに塗りこめられていく赤外線の波動。それは毎夜の放熱量を徐々に上回り、次第にこの世界をもんわりとした湿気と、縦横に交叉する熱線で築かれた狂気の檻じみたものへと変えていくのである。特に今年は例年にない異常気象……なんか毎年そんな事を言っているような気もするが……とのことらしく、もはや沸き立つ熱気が視覚に捉えられるほどである。そうここはまさに牢獄。地獄巡りナンバー4、焦熱地獄。リングのロープも蛇の皮で出来ていようってもんである。
 暑い。
 ……いかん。少し気を抜くと思考がどんどん横道に逸れていく。おれは自転車の籠に放り込んであるペットボトルを取り出し、少量口に含んだ。一応防熱カバーをかぶせてあるはずなのにすっかり温くなってしまっている。ただいまおれに携帯が許された水分はこのペットボトル250ml一本のみ。それももはや過半を使いきり残りはごくわずか。必死に自転車を漕ぐおれの背中に、近頃の環境汚染で色々とヤバイ種類の波長を含んでいそうな太陽光線がざすざすと突き刺さってゆく。Tシャツに覆われた胴にはひたすらに熱が篭り、覆われていない二の腕から先はむしろ塩を擦りこまれているがごとき痛みだった。
 暑い。
 街道沿いにいくつも見かけるコンビニが、涼んでいけよ、冷たい飲み物もここにあるぞ?と脳内のエセ天使どものごとき誘惑を投げかけてくるのを必死に振り払いペダルを踏み込んでゆく。一度コンビニに入ってしまったら再び気力を奮って自転車に跨れる自信はまったくなかった。それにどのみち、コンビニで飲み物を買えるほど財政に余裕があるなら、最初から私鉄に乗って悠々と冷房の効いた車内を満喫している。目下のおれの所持金は六十五円。あと十五円あれば小ぶりの紙パックのジュースが買えると言うのに、そんな思考すらも振り捨てて、必死に新宿は高田馬場を目指して自転車を進めてゆく。
 暑い……。
 体内物質の残量を把握することは、おれにとっては容易い。しかし忌々しいことに、把握できているからこそ、今体内に残された水分が深刻な状況に陥りつつある、という事態が極めてリアルに理解できてしまう。忌々しくも猶予は無い。そして何よりも、あの忌々しい事務所にたどり着けなければ生き延びることが出来ないという状況こそが最も忌々しい。そんな思考を神経に巡らせる脳内放電すら惜しみ、おれは疾走した。
 ――そもそもの事の起こりは八月の頭。ちょっとした個人的な事件に遭遇し、その際に(おれにとっては)大量の経費を支払ったのが発端である。そのうえ後遺症のひどい頭痛で寝込むはめになり、アパートの自室で食事もままならない状態に陥ったりしていた。横になっていれば体調も良くなるだろうとタカをくくっていたが、じりじりと上昇しつづける真夏の室温はおれの体力をむしろ奪っていった(ちなみにエアコン付きの部屋などというものは、おれの入居時の選択肢にそもそも存在していなかった)。
 そうして三日後。事ここに至ってようやく、これは援軍が来ない篭城戦に過ぎないという事態を認識した。そして死力を振り絞ってどうにか起き上がってみれば、元々乏しかった財布の中身はエンプティ、冷蔵庫の中身はスティンキィ、おれの腹はハングリィ、と綺麗に韻を踏んだ状態だったのである。とにもかくにも、生命活動を維持しなければならない。これでも死んでしまうと色々と彼方此方から文句を言われる身である(文句を言う奴ほどおれの生活を援助してくれないのだが)。そうしてふらつきながらようようアパートの扉を開き――周囲に広がっているこの焦熱地獄を改めて認識した、とまあこういうワケである。このまま資金もなく外に出ては半日も立たずに物理的に死亡が確定するだろう。熱波という兵力にぐるりと包囲されての兵糧攻め。ついでにいうなら保険証は学友に借金のカタに貸し出し中のため病院も不可。進退窮まったおれに、まだ止められていなかった携帯電話からメールの受信音が鳴り響いたのだった。
『仕事。即日。前金。』
 差出人は言うまでもないがウチの所長である。たった六文字三単語は、まるでこちらのシチュエーションを全て把握しているかのような三点バーストで的確におれを貫いた。おれは時計を見やる。電車に乗るカネもない。しかし残された僅かな余力をかき集めればなんとかここから高田馬場までの自転車通勤は可能だった。
 そんなワケで、おれに選択権は無かったのである。……いや、まあ。いっつも無いんだけどね。
 
 
「で、丸一時間かけてこの炎天下を走ってきた、と」
 今日もサマースーツを颯爽と着込んだ所長が、呆れ顔で見下ろしている。
「君って間抜けなようで計算高いようで、時々とんでもなく間抜けよねぇ」
 電話くれれば迎えに行くぐらいはしたわよ?と所長は述べる。
「……」
 事務所の床に大の字にひっくり返っているおれにはもはやコメントを返す気力も無い。そもそもこんな行動を選択する時点で充分に脳がやられていたと思われる。
「ホント、熱中症を甘く見ると痛い目にあうわよ?脳細胞が物理的に煮えちゃうんだからね。君の唯一の資本なんでしょ」
「面目ないっす……」
「っていうか、よくこんなになるまで部屋で寝てられたよね」
 炊事場から戻ってきた真凛が、水で濡らしたタオルをおれの顔に乗せる。ここにいるという事は、今回もこ奴とコンビを組むはめになったようだ。
「……鼻と口を……塞ぐな……それから……タオルはちゃんと絞れ……」
 などと言いつつ、タオルごしに吸い込む水蒸気でも今のおれにはありがたい。
「スポーツドリンクも買ってきたんだけど、文句言えるくらいなら要らないかな」
「……嘘ですゴメンナサイ……申し訳アリマセンでした真凛サマ……」
 はいはい、と手渡された缶飲料を少しずつ口に含み(すでに一気に摂取すると逆に危険な状態だった)、おれは全身の調節機能を徐々に回復させ、水分を体内に染み渡らせていく。真凛がしょうがないなあと言いつつ、机にあった下敷きでおれを扇ぐ。首もとを撫でる風が心地よかった。
「でもさ。いくら何でももうちょっと早く誰かに連絡するなりしなかったの?」
「そう言わないであげなさい真凛ちゃん。男の一人暮らしなんて一歩間違えれば、それはもう都会の孤島、コンクリートジャングルの哀れな被捕食動物に過ぎないんだから」
 亘理君は友達もいないしねえ、とつけ加える所長。
「……ひどい言われようですが、概ね正しいですよ」
 半身を起こし、真凛から再度缶を受け取って今度は一気にあおる。脳内の化学物質をちょいちょいといじって血流を増加。血管に急速に水分を補充してゆく。一瞬視界がブラックアウトしかけたが、それを乗り切ると見違えるように気分が良くなってきた。
「頭痛はどう?亘理君」
「おかげさんで吹っ飛びましたよ」
 三日も経てばそろそろ収まってくれないと困る。
「ついでにその、カロリーの類も補給させていただけると誠にありがたいのですが」
「じゃあ頑張って仕事しようね!」
 鬼。
「一人暮らしって大変なんだねえ」
「ウム。自宅通学のお前にはこの苦労はわかるまい」
「今度なんか作りにいってあげよっか?」
「……おれお前に殺されなきゃならないほど恨まれてたっけ?」
 致死劇物を食わされてたまるか。ぐあっ、下敷きで縦に殴るな、っていうかお前が振り下ろすとむしろ斬撃だ。
「して。そのまあなんというか」
 おれは携帯を弄び、言葉を濁す。
「安心しなさい。寛大な依頼人に感謝することね」
 用意していたのだろう、所長は内ポケットから封筒を抜き出すと、おれにぽん、と手渡した。
「おっおおうっおおおぅっ」
 何だかあんまり他人には聞かせられないような喘ぎ声を漏らしてしまったが勘弁して欲しい。久しぶりの諭吉先生はおれのココロを絶頂に導くに充分であったのだ。
「今日のお昼はちゃんと食べなさいよ?まずは体力をつけないとね」
「あっありがとうございます所長ぅっ」
 力士宜しく手刀を切って封筒を押し頂くおれ。ああ何とでも言うがいい、貧乏の前には誇りなど二束三文で売ってみせるともさ。
「じゃ、亘理君。オーダーよろしく!夜から直樹君も合流するから頑張って!」
 所長はおれが前金を受け取るや否や、さっさとジャガーのキーを引っ掛けて上機嫌で外に出て行こうとする。そのあまりの上機嫌っぷりに、おれの心にふと疑念の黒雲が沸いた。
「あのう、所長。またなんか企んでたり、しませんよね?」
 弊方の質問事項に対する我らが嵯峨野浅葱所長の回答は以下の通り。
「なんか企んでたら前金返す?」
「まさか」
 じゃあどっちでもいいでしょう、と言い残して、所長はとっとと去っていった。おれに残されたのは前金と、そしてその封筒から出てきたオーダーシートと、何かのカギのみ。
 時に思う。超能力やら格闘技やら人間外の遺伝子やらがあるだけで白飯が食っていけるのなら、世の中苦労はしないよなあ、と。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月04日 (日)01時28分