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小説:人災派遣のフレイムアップ

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人災派遣のフレイムアップ 第3話 『中央道カーチェイサー』 2

『月刊少年あかつき』。
 
 それが『えるみかスクランブル』の掲載雑誌の名前である。
 決してメジャーどころではないが、タイトルは若い世代なら大抵知っているマンガ雑誌だ。ただし読んでいる人はそれ程多くなく、コンビニでもなかなか見かけない。そのくせ掲載されているマンガの中でトップの人気を誇る作品――『えるみか』はまさにその一つだ――は、誰もが一度はアニメくらいは見た事がある。そんな微妙なバランスを保ったこの月刊誌の存在が、今回のお仕事のそもそもの発端である。
 
 『少年あかつき』を刊行しているのは、大手出版社ホーリック。実用書や文芸小説、ビジネス雑誌を中心としてシェアを確保している、いわゆる『お堅い』会社である。そんなホーリックが突如月刊の、しかも少年マンガ雑誌などと言う畑違いのジャンルに進出したのが十数年前。
 噂によれば、何でも叩き上げの当代の社長が『現代の少年達が、世間に蔓延る有害な漫画に触れて育てば、必ず二十年後の国家に深刻な悪影響を及ぼす』と息巻いたのがきっかけなのだとか。おれからしてみれば、ならそんな有害なマンガなんぞに関わらなければいいじゃないか、と思うのだが、一代で出版社を立ち上げた傑物の考えることは違った。彼の出した結論とは、『然らば、我々が率先して良質な漫画を供給し、以って少年達を啓蒙し健全な精神を育ませるべし』だったのだそうだ。世間ではこういうのを『大きなお世話』と言う。君、テストに出るから覚えておくようにね。
 
 ……当然と言えば当然なのだが、そんな社長が提起した『良質な漫画』、つまりはお堅くて品行方正で説教臭いモノばかりが集められた創刊号は、そりゃあもう致命的なまでに売れなかったらしい。当時の業界では「殿、ご乱心」なんて陰口が無数に飛び交ったのだそうだ。だが、当の社長はそんな逆風にめげることなく、他部門の利益を注ぎ込んで販促を行い、各誌から一昔前のいわゆる『旧き良き』時代の人気作家を招聘し、この『あかつき』を保護し続けた。土が悪くても肥料と水を与え続ければなんとか苗木が育つように、『あかつき』はそれなりには雑誌として成長を遂げていったのである。おおよそ十年前までは。おれは依頼を受けるに至った経緯を思い返した。
 
「十年前、その当時の社長が病気で引退されてから、『あかつき』の方向性は大きく変わりました」
 今回の依頼人、弓削かをるさんはそう言ってアイスティーに口をつけた。東京都は高田馬場、『フレイムアップ』の簡易応接室である。節電精神を遵守して稼動するエアコンでは降り注ぐ赤外線のスコールに抗し切れないようで、部屋の中は良く言っても『どうにか暑くない』程度だった。応接に陣取る三者のうち、おれと浅葱所長は時折扇子や書類で風を起こして涼を補っていたが、当のクライアントは汗一つ浮かべず端然としたものである。ビジネススーツに身を包んだ一分の隙も無いその姿は、ホーリックの女編集者というよりは、どこかの検事と言った雰囲気だ、それもヤリ手の。こんな人が編集についた漫画家は、そりゃもう〆切という契約の重みを身をもって味わう事になるのだろう。
「もともと社長の道楽で創めたような雑誌でしたから、編集者達もどちらかと言えば事務的に仕事を捌いていました。しかし、社長が引退したからといって即廃刊と言うわけにはいかない。当時の編集者達は四苦八苦しながら慣れないマンガ編集に携わってゆき――」
「やがて本気になった、と」
 弓削さんの冷たい視線がおれの顔を一撫でする。どうやら自分の言葉に割り込まれるのはお好きではないタイプの模様。そのまま言葉を続けて頂く。
「特に若手の編集者達は、これを好機と捉えた者も多く、それぞれが独自の基準で新人や他雑誌の作家を発掘し、登用して行きました。それからさらに試行錯誤の十年を経て、今につながる『あかつきマンガ』の作風が確立されるに到ったのです」
「あかつきマンガ、ねぇ」
 おれは口の中で呟く。こりゃどう考えても、おれより直樹の野郎の領分だよなあ。確かあいつの部屋は、『あかつきコミック』が壁の一面を飾っていたはずだし。
 
 ヤツの受け売りになるが、まあ何だ、弓削さんの言う『今につながるあかつきコミック』ってのは、若い男性向けの、繊細な絵柄の美少女、もしくは美女美少年の魅力をウリとしたマンガを指す、のだそうだ。奴等の世間ではそういうのを『萌えマンガ』と言う、らしい(正しく言葉を引用出来ている自信はおれには無い)。率直に言えば、おれにとって興味の無いジャンル、というわけ。
 『えるみかスクランブル』はまさにその典型で、十数人の美少女と、彼女達を守護する天使の名前がつけられたロボット達が、魔界の侵略者から地球を守る、と言った内容である。主人公(とくにこれと言った取り柄はないのだがなぜかモテる)とレパートリーに富んだ美少女達の恋愛模様、ロボット同士のド派手な戦闘が若い世代に受けている、らしい。って言うとおれがいかにも若い世代ではないみたいだが。
 それにしても、そのあかつきコミックの起源が『世間に蔓延る有害な漫画を駆逐する』事にあったとすれば、とかく周囲から偏見の目で見られがちの今の『あかつきマンガ』の姿は皮肉としか言いようが無い。先代社長もさぞかし草葉の陰で嘆いておられる事であろう。
 
「そう。嘆いていたのです。だから十年の闘病生活を経て、奇跡的に病気を克服した今、現在の事態を許すはずがなかったのです」
 おっと。病気で引退したっつっても死んだわけでもなかったか。しかし結構いい歳だろうに。
「御歳七十五。あと十五年は現役を張るつもりだそうです」
 さいでっか。
「社長が奇跡的に退院し、再び現職に返り咲いたのが一年前。そこから『あかつき』の編集部内には、粛清の逆風が吹き荒れる事となりました」
 掲載されているマンガには興味が無いおれも、その話は業界四方山話として知っていた。強引な上層部の方針転換に対する、作家と若手編集者達の造反。業界内で、『あかつき御家騒動』、もしくは『ルシフェル事変』と呼ばれる一連の騒動が巻き起こったのである。
カテゴリー:_小説3話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月26日 (火)00時35分

登録社員名簿:061 『貫影』 片桐 瑞軒

「あーすまんすまん、凝った前口上はどうも苦手なんでね。……いざ、参る!」

【名前】
 片桐 瑞軒(ずいけん)/片桐 瑞穂(みずほ)
 ※ 『瑞軒』は修行中の武芸者としての雅号で、本名は瑞穂。

【通り名】『貫影』 (かんえい)
【所属】CCC
【年齢】22
【容姿】
 颯爽とした長身、気っ風のよい性格の女性。
 口数は少ないが愛想がないわけでは決してない。

【正業】体育大学学生(教職課程)

【経歴】
 かつては譜代大名の指南もつとめたとされる古流槍術、『貫影流』の跡取り娘。
 二十そこそこで目録となり、流派の看板である『貫影』を名乗ることを許されている。

 貫影流は現在も多くの門人を抱えた名門道場であり、時々格闘関係の雑誌で取り上げられたり、
格闘マンガなどで元ネタにされることもしばしば。
 将来この道場を継承するための修行として、
『他人への指導の仕方』を学ぶため大学でスポーツ指導員の勉強をする傍ら、
免許皆伝を目指すべく、派遣業界に所属し日々腕試しに明け暮れている。

【スキル】
『貫影流槍術』
 戦国時代に確立された古流槍術。
 合戦における馬上での槍の扱いを極めた、極めてシンプルで獰猛な戦闘技術。

 精緻な技や一進一退の駆け引きにはあまり頓着せず、
 「歩兵を薙ぎ払う」「敵の武者を騎馬からたたき落とす」「敵の攻撃を食らおうがとにかく陣を突破する」
 など、豪快な戦闘スタイルを以てよしとする。
 江戸時代以降は殿中での槍の扱いも含まれるようになったが、その本質は代わっていない。
カテゴリー:設定資料_キャラ名鑑 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月26日 (火)00時01分

登録社員名簿:060 『溝浚い』  イ・ウンナム

「イルボンにはモグラ叩き、というゲームがあったが……逆の立場と言うのも楽しいだろう?」

【名前】イ・ウンナム
【通り名】『溝浚い』 (ディッチャー)
【所属】海鋼馬公司
【年齢】不肖
【容姿】背が高く、抑揚のない口調、酷薄そうな目つきが特徴の男
【正業】海鋼馬専属エージェント
【経歴】
 破壊工作、要人の殺傷を得手とする海鋼馬のエージェント。
 特に河、水中での戦闘に適正を示し、封鎖された都市に河から潜入し奇襲したことも。

 元北方某国の特殊部隊で突撃渡河を任されていたほどの腕利き。
 先天的な才能と、軍事機密による何らかの後天的な措置によって常人を遥かに超越した水中適性を取得。
工作員として抜擢され、毒刃をベースとした暗殺者としての教育を施される。
  祖国のため様々な功を挙げたが、それゆえに党内の政争の具とされ、
冤罪で国を追われたところを海鋼馬に拾われエージェントとなる。

【スキル】
『溝牙』((どぶきば)
 毒を塗りつけたナイフで対象を刺す。
 毒草、毒虫から採取した有機系の毒物を複数混ぜ合わせた特殊な毒を使用するため、解毒剤の作成は難しい。
 
『水中適性』
 情人の範疇を遥かに越えて、魚よりも速やかに泳ぎ、潜ることが出来る能力。
服を着ていてもその能力は減殺される事は無く、また、息継ぎも数十分単位で不要である。

『似非豪猪』(やまあらしもどき)
 『溝浚い』の奥の手。
 無数の毒を塗ったナイフを、彼自身の得意とする水中で十二分に加速をつけ、一斉に放つ。
ナイフは水中ですら威力を殺されることなく進み、水面を突破した瞬間急加速、銛のように対象へ突き立つ。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月09日 (土)22時53分

派遣会社概要:015 『人材派遣会社マンネットブロードサービス』

【社名】
 人材派遣会社マンネットブロードサービス

【代表】
 劉 紹儀 (りゅう しょうぎ)

【概要】
 横浜を中心として活動する人材派遣会社。
 その起源は清朝後期、大陸から横浜に流れ着いた一族によって結成された『幇』による。
 武侠の魂と血のつながりを掟とし、裏社会の勢力との衝突、同族内の紛争など
様々な揉め事を調停、解決するうち、横浜華僑の拡大と相まって強大な勢力を持つに至った。
 現在は不動産や金融、娯楽に幅広く事業を展開する表の顔と、
裏の顔である従来の揉め事解決業という二つの顔を持ち、
裏の顔の看板として設立されたのがマンネットブロードサービス社である。

 現在は大陸から渡ってきた武侠、拳法家、仙術使い等々が多数所属し、
様々に持ち込まれる街の問題解決のために飛び回っている。

【所在】
 横浜の高級グランドホテル『紅華飯店』を拠点とする。
 また、横浜華僑と強力な連携を持っているため、横浜や神奈川を中心に
多数のセーフハウスや各種装備ストックを所有している。

【業務】
 基本的には何でも。 他社と違い、縄張り意識が強く、
横浜、神奈川、関東エリアから外の仕事はあまり引き受けない。
 反面、他の派遣会社が縄張り内で地元の企業や名士の依頼を
引き受けることには強い不快感を見せ、状況次第ではサボタージュや妨害を行うことも。
カテゴリー:_設定資料_派遣会社紹介 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月09日 (土)22時09分

人災派遣のフレイムアップ 第3話 『中央道カーチェイサー』 1

「ぅえっくしっ!!」
 おれは唐突に盛大なくしゃみを上げ、周囲の人々、つまりは長旅の疲れを癒す善良なドライバー諸氏から冷たい目を向けられた。左右に愛想笑いと目礼を振り向いて謝る途中、もう一回大きなくしゃみをする。おれはたまらず、ささやかな夜食、たった今トレイに載せて運んできた味噌ラーメンに箸を伸ばした。世にラーメン数在れど、体を中から温めるという点に於いて味噌ラーメンに勝るものはあるまい。シャキシャキのもやしと甘いコーンが入っていれば及第点。その点、このレストランのラーメンは充分以上の出来だった。いやもうホント、どうせインスタントだろうと覚悟していたのだが、今日は結構ツイているらしい。立ちのぼる湯気にあごを湿らせ、幸せいっぱいに麺をすすりこむと、そのまま一気に三分の一を平らげてスープを飲み込み、熱交換を終えた肺の空気を一気に吐き出す。五臓六腑に染み渡るとはこのことだ。寒い夜のラーメンは格別である。つい先程まではアイスクリームも買おうか等と迷っていたのだが、戯けた考えを自粛して本当に良かった。
 
 ――正直に告白しよう。八月だからと言って、Tシャツ一枚にショートパンツとサンダルという格好は、あまりにもこの時この場所をナメておりました。窓際の席からよぉく見える、街の灯火に縁取られた夜の諏訪湖を見下ろし、おれは素直に反省した。
 そう。ここは長野県。
 八ヶ岳に抱かれたいにしえの湖を眼下に望む、中央高速自動車道、諏訪湖サービスエリアこそが、只今このおれ亘理陽司の存在している場所なのだった。
 とはいえ、時刻は日付も変わろうかと言う深夜。せっかくの絶景も既に闇に沈んでおり、おれの感覚を占めているのは、本当にかすかにざわめく水の音ときらめく灯り、そして店内の喧騒と、響き渡る有線の音楽だった。世間様は夏休み真っ最中だが、さすがにこの時間帯になれば、店内も観光客より地元の若者やトラックの運転手の占める割合が多くなってくる。セルフサービスの無料のお茶(ホット)の紙コップを三つほど積み上げラーメンを堪能しながら、TVで流されているニュースと画面の右上に浮かんだ時刻を見やった。ザックに仕舞い込んだ週刊誌も粗方読みつくしている。
 おれがこのサービスエリア内のレストランに陣取ってから、すでに六時間以上が経過しようとしていた。もう一つ、盛大なくしゃみ。まったく、夜の高地がここまで急激に冷え込むものだとは。まあ、半分以上は不可抗力だと思っている。何しろ夕方三時に、まるで税務署の酷吏のように住民をぎゅうぎゅうと締め上げる東京の焦熱地獄を脱出した時には、とてもこんな肌寒さを予想するどころではなかったのだから。
 
 麺を半分ほどすすり終え、お楽しみに取っておいた大きめのナルトをいただこうとしたところで、『銭形警部のテーマ』がポケットから響き渡る。
「はいはい、亘理ッス」
 それに対する返答は、受話器ではなくレストランの入り口から響いてきた。
「いたいた、おーう陽チン、待たせたな!」
「陽チンはやめてくださいって、仁サン」
 おれは苦笑しつつ手を振る。玄関のドアが開き、レストランの入り口に一人の男が入ってきた。とりたてて美形と言うわけではないが、不思議と人目を引く男だ。二十代前半、長身に纏った薄手のシャツの下には、分厚い、実用的な筋肉がうねっているのがわかる。野生を感じさせるその面構えも相まって、ハードレザーでも着せて夜の街に立たせておけばさぞかし同性にモテるだろう。本人はさぞかし嫌がるだろうが。そんなおれの勝手な想像を知る余地もなく、青年はおれの視線を捕らえるとにやりと笑い、真っ直ぐ歩を進めてきた。
「都内出発から占めて九時間。随分待たせてくれるじゃないですか」
「何だお前、せっかく給料つきで自由時間くれてやったってのに、まさかただここで座ってました、なんてほざくんじゃないだろうな?」
 おれの苦言などどこ吹く風。人ごみを飄々とすり抜けてこちらに近づいて来る。いつの間にかその右手にはトレイが握られ、気がつけば大盛のカツ丼とサイドメニューのうどんがそこに載り、テーブルに辿り着くまでにはデザート代わりのたこ焼きまでが載っていた。そのまま無造作にトレイを置くと、どっかりとおれの対面の椅子に腰を下ろす。いったいいつの間に食券を買って注文して、あまつさえ出来上がるまで待っていたというのか、等という愚問はこの人にはぶつけるだけ無駄である。付き合いはそれなりに長いが、教えてもらった事は一度も無いのだ。いわく、タネをばらしたら法でなく術になってしまうのだとか。
「アルコールも無しで夕方以降の六時間をどう潰せと?」
 実際、諏訪湖に降りたならまだしも、このサービスエリアの中で周れる場所などたかが知れている。最初の一時間で一通り探索を終えた後、雑誌と違法改造携帯電話『アル話ルド君』にため込んだ動画と音楽、そしてTVニュースのお世話になっていた次第。エリア内には温泉があったのだが、どうせこれから散々汚れる事を考えると入る気にはなれなかった。
「出会いに二時間、食事に一時間。その後もうちっとお互いの理解を深めるのに二時間ってとこだろ」
 心底出来の悪い弟子を嘆くような表情でこちらを見るのはやめて欲しい。
「生憎とおれの売りはアンタと違って、手の早さよりもじっくりつきあってこそわかる篤実な人格って奴なんですよ、仁サン。だいたい車をアンタが運転していっちゃったんだから、理解を深める場所も無いじゃないですか」
「木陰があれば充分だろ」
「アンタが言うと冗談に聞こえませんね」
「たこ焼き食うか?」
「いただきましょう」
 
 このハードゲイ、もとい好青年は鶫野(つぐみの)仁(ひとし)さん。おれ達同様、人材派遣会社『フレイムアップ』でアルバイトに励むメンバーあり、その中でも古株に属する一人だ。今では自然とアルバイト達の取りまとめ役になっており、多数のメンバーが派遣される任務の際には、社員達のバックアップを受けて前線を指揮する小隊長になる事が多い。おれや直樹あたりにとっては、この仕事を始めた当時から何くれとなく世話になっている頼れる先輩といったところ。今回の仕事を引き受けたおれを、都内からこの諏訪湖まで愛用の四駆で引っ張って来たのも仁さんなのである。
「と言っても、今回はただの運搬役兼準備役だ。うちからの正式な選手は、お前と真凛ちゃんの二名、という事になる」
「こういう混成部隊で失敗しても、『任務成功率百パーセント』は維持出来ないんですかねぇ?」
「何言ってやがる、もともと失敗するつもりなんぞないくせに」
 それもそうだ。そろそろ本題に入るべく、おれは話題を転換する。
「で、例のブツは?」
「あー安心しろ。お前がさみしい六時間を過ごしている間にバッチリ出来上がってんぜ」
 これまた手品めいた仕草で仁サンがするり、と取り出したのは、ノートパソコンを収納するような耐衝撃性を高めたキャリーケースだった。ずいぶんと身が厚く、金槌でぶったたいても内容物に傷を負わせる事は出来そうに無い。なんでも引越し業者が精密機器の梱包に使うモノの親分筋なのだとか。
「お待ちかねの後半部分がこの中に入っている。作者から受け取ったその足でここまで運んできた。前半部分はすでに敵さんが持ち去って、ルールどおり待機してんぜ。諏訪のインターから上がってくる予定だ」
「あちらは契約どおり四人?」
「四人だそうだ。そしてこちらもお前さん以外の三人は準備OKだとよ」
 マヨネーズのたっぷりのったたこ焼きと、勿論忘れずにナルトを口に放り込むと、おれはケースを手にとって眺める。ケースの口の部分には、これが『誰も開封していない』事を示す、封印の紙が貼り付けてあった。無駄だと解ってはいても、何とかしてその中身を閲覧できないか、と上下左右をこねくり回すおれに仁サンが苦笑する。
「何だ?お前その手のマンガに興味あったか?お前が好きなのは無意味に小難しいヤツか、実用一辺倒に劇画調年上陵辱系のエロスなヤツだと思ってたけどな」
 ご家族連れも利用するレストランでそんな台詞を吐くのはやめて頂きたい。
「水木しげる御大も一通りは揃えていますよ。……ま、こーいうのは確かにストライクゾーンじゃないんですが。こないだDVDを全巻一気に見せられて以来、まんざらでも無くなりましてね」
 おれはケースの天頂部をみやる。そこには無愛想な事務的なラベルとは対照的な、何と言うかハートフルな愛らしいフォントで、以下のような文言が刻まれていた。
 
『サイバー堕天使えるみかスクランブル 第42話原稿 18~36ページ』
 
 ふぅ、と一つ息をつく。ちょっとだけこの状況に緊張した。
 そう、まさに今おれの手にあるのは、あの超人気連載マンガ『えるみかスクランブル』の原稿。それも雑誌に未だ掲載されていない、出来たてほやほやの生原稿なのだ。しかも、あの長らく待ち望まれた第42話と来ては、
「責任は重大、だよなあ」
 任務達成率百パーセント、なんて看板には未練どころか最初から執着もないが、さすがに失敗して世の熱狂的な『えるみか』ファンに八つ裂きにされるのは避けたいところだった。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月03日 (日)17時24分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 15

「それで、結局特許は承認されたんすか?」
 受け取った封筒の感触に頬をほころばせつつ、おれは問うた。一任務終わるごとに即時現金で報酬が支給されることは、うちの事務所の数少ない長所の一つだ。迂闊に月末払いにでもされると、報酬を受け取らないうちに餓死しかねない連中も何人か所属しているので、自然とこうなったようだ。
 明日からいよいよ世間様はお盆である。ニュースでは帰省ラッシュによる新幹線乗車率がどうの、成田空港の利用者は何万人だのといった情報が垂れ流されている。二十四時間体制でろくでもない仕事を引き受けるうちの事務所も、大きな仕事もないため明日からはしばらく事務所を閉めて日本の風習に倣うこととなるのだ。メンバー達はほとんどが休みを取っており、所長とおれと直樹と真凛だけがただいま事務所に残っている。直樹は盆になにやら大きなイベントがあるとかで、おれは純粋に生活資金が枯渇しているので、両者とも今日までに任務の報酬を受け取っておく必要があった。真凛はこの後すぐに家に帰って盆の準備をするのだとか。渦巻く外気温は引き続き絶賛上昇中、直樹なんぞはさすがにこのままでは日光で消滅しかねんと判断したのか、逆にサマーコートを羽織っての出勤だ。
「はいこれ。一昨日の日経産業新聞」
 応接室の雑誌ラックから所長が取り出した新聞を受け取り、ぱらぱらと広げてみる。紙面の後ろの方、衣食住あたりの企業まわりの情報を紹介する欄の片隅に、おれは小さな記事を見つけることができた。
「『クランビール、新種のスイカを登録。低温、少量の水での栽培が可能、国際協力活動への展開も』……なるほどね」
 その後には、この苗が今後数件の提携農家によって試験的に栽培される旨の記事が続いていた。
「ふむ。どうやらうまくいったようだな」
 おれが置いていったあの荷物の梱包を終え、戻ってきた直樹が言う。
 公式に登録された事により、もはやうちの業界が暗躍する余地はなくなった。ムリにでも苗に危害を加えようとすれば、確実に痕跡は残る。そうなれば当然調査はされるだろうし、関与が判明すれば外交上の交渉カードにすらなりえる。証拠を隠滅して力技で口を拭うという方法を取るにはあまりにもリスクが高い。ステージはすでに、次の段階へと移ったということだ。
「そ・れ・で・ね」
 所長が満面の笑みを浮かべる。あ、珍しく邪悪じゃない普通の笑みだ。
「……なんかヘンなこと考えなかった?」
「イエイエメッソウモゴザイマセン」
 所長はじろりとおれを一瞥したあと、気を取り直して流し台に向かう。そこには冷水が貯められており、そこに浮かぶは、
「じゃーん!笹村氏からの差し入れよ~!」
 おれたちが守り通した、緑に黒の縞も鮮やかなあのスイカだった。
「うわ、大っきいなあ~」 
 真凛が感嘆の声を上げる。
「日本に滞在して長いつもりだが……。これほどのものは始めて見るな」
「今回の報酬のおまけで、ぜひ食べてくれってね。君たちが来るのに朝から冷やしておいてやったのよ。感謝しなさい」
 湧き上がる喜びの声。さっそく食べよう、そうしよう、なんて言葉が飛び交う。
 何となく、おれの脳裏に一つの風景が浮かぶ。果てしなく続く荒涼とした砂漠。そこにぽつぽつと植えられていくスイカたち。しかし、そこには二人居るべきはずなのにもう一人しか居ない。それは少し、悲しい風景なのかもしれない。
「そうでもないんじゃない?」
 おれの思考を読んだかのごとく、所長が意味ありげにコメントする。おれはその意図を読み取り、新聞の記事を再度読み進めていった。記事の末尾に、それは載っていた。
「何と書いてあるのだ?」
「『……本件の登録商標は『瑞恵』。開発者である笹村氏の命名である』だとさ」
 瑞々しき恵み。不毛の地へ実りをもたらす種、か。
「ははあ。名前はもう決めてあったってわけだね」
 笹村氏がどんな顔をしてこの名前を登録したのか。想像するうちに、次第におれは爽快な気分になってきた。気合を一つ、気だるさを振りきり立ち上がる。
「おれが切りますよ、丸々一個、いいですよね?」
 いいよー、盆前に全部食べちゃうつもりだから、との所長のお言葉。となれば一人四分の一切れ。横で真凛が目をきらきらと輝かせているのがわかる。そういやガキの頃からおれもやってみたかったんだよな。でかいスイカに思いっきりかぶりつくって奴。
「じゃあ、ボクお盆とお皿出してくるね!」
「タオルと包丁と塩も頼むぞ」
「あいあいさー!」
「ふむ。では俺はテーブルを出すとするか」
「いいのかよ、日焼けすんぞ」
「なに。雅を味わうためなら些細な事よ」
 それにな、と奴は不敵に笑って見せた。
「明日より炎天下のもとに三日間曝されるのだ。今のうちに体を慣らしておかねばな」
 おれには良く意味がわからなかったが、まあ理解しても幸福になるわけでもなさそうなので突っ込まなかった。
 
 
 スイカは叩くとキレイに音波が通りそうなぎっちり実の詰まった大玉。まっかっかの果肉と黒い種がもうこれでもかっ、とばかりに己の存在をアピールしている。それをワイルドに皿に乗せ、事務所のベランダに出されたテーブルへ並べる。ちなみにテーブルの上には、スイカと一緒に送られてきたクランビールの缶が。笹村さん、やるな。
「所長、さすがに昼間からビールはいかがなものかと」
 言いつつ、しっかり缶をキープしているお前の方がいかがなものか。
「いいのよ。たった今夏季休業の報せを発信したから。今から晴れてお盆休みってワケ」
 所長は言い、プルタップを押し込んだ。おれも習い、ビールを一気にあおる。なんだか水分の取りすぎで腹を壊しそうだが、気にしない気にしない。
「こういう報酬もたまには悪くないでしょう?真凛ちゃん」
「はい、美味しいです!」
 ドラえもんの登場人物の如くうまそ感を振りまきながらスイカを食べる真凛であった。なんだかこいつもなんだかんだで上手く騙されているような。
「まあいいか。これはこれでアリだしな」
 おれはスイカにかぶりついた。それはとても冷たく汁気たっぷりで、極上の甘味だった。
 吹き込んだ風が、蒸し暑い空気を払ってゆく。風鈴の音が、ちりん、と響いた。
 今日もまた、暑くなりそうだった。


[第2話 秋葉原ハウスシッター:了  第3話 中央道カーチェイサーにつづく]
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月03日 (日)16時57分