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人災派遣のフレイムアップ 第7話 『壱番街サーベイヤー』 17-b

 獣が吠え、巨大な体躯が唸りを上げ――アスファルトに叩き付けられた。
『ガハァッ!』
 牙の間から肺の中の呼気と黒い靄が吐き散らされる。己の重量と速度がそのまま凶器となって跳ね返り、頑丈な骨格と胸筋をも押しつぶしたのだ。
『舐め、るな小娘ェェエ!』
 コンマ数秒で身を跳ね上げ、『南山大王』は突進、膂力に任せて鉄杵を振り下ろす。遠心力をためこんだ極太の鉄の塊が七瀬真凛の小さな頭に振り下ろされ、木っ端微塵に粉砕された、かに見えた。
 真凛は左手左足を前に出した構えから、右足を半歩だけ退いて半身に身体を開いた。半瞬前に己の頭があった空間を鉄杵が通過する。強敵の攻撃を紙一重で避ける『見切り』だ。そこまではまあわかる。おれも何度も見たことがある。
 だがそこからが異常だった。真凛はそのまま前に突き出した己の両の掌で、鉄杵を掴んでいる『南山大王』の手首を軽く包み込んだ――ように見えた瞬間。
『ッッガァ!』
 苦悶とともに『南山大王』はまるで高圧電流に感電したかのように背筋をびくんとまっすぐ伸ばし、そしてその姿勢のまま斜め上空にすっ飛んで行ったのである。
「ま、真凛さん!?」
 呆気にとられるおれ達の視界で、『南山大王』の巨大が放物線を描き、そのまま雑居ビルの壁面に叩き付けられ、轟音を撒き散らす。
『ゴ……ガ……!』
 地面にずり落ちた獣が痙攣する。
「亘理さん、真凛さんは武術の他に何か魔術(マジック)も使われるのですか?」
「いや、そんなはずは……」
 先ほどのチンピラとの戦いで、真凛が護衛として十分な戦闘力を備えている事を確認済のファリスだが、驚くのも無理はない。触れただけで相手を吹き飛ばすなど、武術ではなく超常現象の領域のはずだ。
「うん。うん。だいたいわかってきた」
 不可思議な技を使った当の本人は、ごく平然と、なにやら確かめるように己の五指を開閉させている。と、瓦礫が吹き飛び、またも『南山大王』が身を起こし突進してきた。
『殺す!殺す!貴様は臓腑を引き裂いて殺す!!』
 憎悪のこもった絶叫も、ルーナライナ語を解さない真凛には届かない。
「要は銃弾を見切る時とおんなじなんだよね。力の流れを――」
 鉄杵が風を巻く。横薙ぎの一閃。縦を躱されたのであれば次は横。シンプルだが確実な選択、のはずだった。だが真凛は、敵が撃ちこんだ時にはすでに暴風圏の中心に吸い込まれるように前進。体幹を軸に収縮する螺旋のように身を翻すと同時にまたも両の掌で『南山大王』の手首と肘にあてがうように触れ、糸の切れた人形のようにすとんと膝を抜いていた。
『……!』
 獣はもはや悲鳴も上げなかった。再び宙に己の身を跳ね上げ、今度は吹き飛ぶ事すら出来ず、自身の起こした暴風に巻き取られるように巨体が鋭く空間を翻り――べちゃりと雑巾のように地面に吸い込まれ、潰れた。
「――よく見て、螺旋にして相手に集積してあげればいいんだ」
 片膝立ちのまま真凛が呟く。その両手はいつの間にか、剣を撃つように振り下ろされていた。
「……マジ?」
 合気道で言うところの四方投げ、いや小手返しだろうか。あまりに速く到底目で追えるものではないが、ネットの動画で観た武道の技ではそれが一番近いように思えた。多分ではあるが、いわゆる合気の類い。『南山大王』の獣の膂力、体重、そして鉄杵の重量や遠心力。それらを巧みに取り込み相手に送り返したのだろう。『南山大王』は自分自身が放った力で宙を飛び、壁や地面に叩き付けられる羽目になったのである。
『……ガ……ハ……ッ』
 倒れ伏したままの獣。残心したまま真凛は距離を置き、一息ついた。
「よし、上手く出来た。颯真とやり合う時は余裕なかったけど、この人は力も動きも大きかったからかえってわかりやすかったよ」
「真凛さん、それも武術の技、なのでしょうか」
 皇女が恐る恐る確認した。そうであって欲しい。万が一このお子様が超能力にまで目覚めでもしたらそれこそ手が付けられない。
「うん。やってることはウチの基本技。他の流派にも普通にある技なんだけど」
「ンな技が普通にあってたまるか」
「あはは。こないだ、シドウさんとやり合ったでしょ?その時にあの人もボクと同じく『見えてる』っぽい人だったからさあ、色々コツを聞いたんだ」
 シドウというのは以前の仕事で真凛が戦った巨漢で、柔術の使い手である。この女子高生の特技として、銃を構えた相手の殺気、銃口の位置から弾道を『線』として見るというものがあるのだが、どうやらコイツ、その特技を投げ技や関節技に応用し始めたらしい。
「体格が大きい人相手だと指とか目とかを攻撃しないと崩せないから、読まれちゃうと手詰まりになっちゃったんだけど、これでだいぶ幅が拡がったよ」
 己のレベルアップを実感するように、何度もうんうんと頷くお子様。素人見立てだが、『南山大王』は決して弱敵ではない。むしろ戦闘能力で言えば今までおれ達が渡り合ってきた中でも上位の部類に入るはずだ。それをここまで一方的に叩き伏せるということは、つまり成長していると言うことだ。
「真凛、おまえ」
「ん?」
「いや……、何でもない」
 いつも通りのあっけらかんとした表情に、おれは言葉を失った。自分でも何を言うつもりだったのか、よくわからなかった。
「ま、まあ障害も排除したことだし。さっさとみんなで事務所に戻ろうぜ」
 ズボンの埃を払ってザックを背負い直す。帰り支度を始めようとしたおれの耳に、皇女の叫びが刺さった。
「亘理さん、あれを!」
「どうしたファリス?」
「靄が、晴れていません……!」
「何だって?」
 おれの視界の先には、路地裏と表通りの境を塞ぐ黒い靄。『南山大王』を倒したはずなのに、それは晴れずに未だどろどろと蟠ったままだった。
『グ、……グ……、ハハ……ハハハハハ!』
 瓦礫の山が崩れ、『南山大王』が身を起こした。己自身の重さと速度で何度も地面に叩き付けられたダメージは相当に大きいらしく、鉄杵を杖代わりにしている。だがその眼はまだ凶暴な殺意に満ちていた。
『まだやるのか?正直、こちらとしてはこれで手打ちにしたいんだがな』
 あちらはどうか知らないが、こちらは生命のやりとりをしても何の得もないのだ。
『バカを言うな……これからよ……。キサマ、気づいていないのか?』
「陽司、後ろ!」
 真凛の声に背後を振り返り、おれは眼を向いた。
「これは、……いったい何が起こっているのですか?」
 皇女の狼狽も無理はない。そこにはおおよそあり得ざる光景が展開されていた。
 先ほど倒されたチンピラ達。その多くは逃げ散り、何人かは完全に昏倒し無力化していた。だがそのうちの三人に、周囲に漂っていたあの黒い靄が、もつれた蜘蛛の巣のように幾条もの糸となって絡みつき、そして繭のように包み込んでいたのだ。
 そして靄が完全にすっぽりとチンピラを覆いきると……それは、むくりと立ち上がった。二メートルの巨体と、鉄杵を携えた獣のシルエット。つまりは『南山大王』のカタチを採って。
 一体二体と起き上がり、そして三体目が起き上がる。
 気がつけば四匹の獣に、おれ達は囲まれていた。黒い靄に包まれた『南山大王』の影三体と、そして、
『これで形勢逆転だな、小僧共。……これこそ我が真の力、必勝の陣よ』
 オリジナルの『南山大王』に。

「亘理さん、これもビトール卿の力、なのですか?」
「っていうかこれ、ちょっとずるくない?」
 四方を囲まれ焦る皇女と、唇をとがらして不満を述べるアシスタント。おれはと言えば、額に手をやり己の迂闊さを反省していた。
「『分瓣梅花(ぶんりゅうばいか)の計』か。そりゃそうか、『南山大王』ならそう手を打つよなぁ」
「ぶんりゅ……ナニソレ?」
 『分瓣梅花の計』。かつて『南山大王』が取経の旅に出た聖僧を襲った際、武芸と神通力に長けた弟子達を遠ざけるために打ったという策。自らの姿を己の部下に映し化けさせ、囮となし行動させる妖術だ。いくつかの言い伝えによれば、化けさせられた部下達も主と同じ能力を持ち、聖僧の弟子達をそれぞれ苦しめたとある。
「まあ、なんだ。四捨五入すると部下の肉体を依り代にして分身を作り出す術ってところだな。餅つきに分身たあ、どうやら新年隠し芸の心得もあるらしい」
 強いて減らず口を叩きつつ、内心冷や汗を拭う。見た目以上に状況は不味かった。先刻の戦いで見せたように、真凛であれば例え数が増えようと『南山大王』の攻撃を捌いて投げ飛ばすことは出来るかも知れない。だが。
『小僧ハ殺シ、皇女ハ攫ウ。ソノアト小娘、キサマヲ切リ刻ンデクレル……!』
 靄で出来た分身が、濁った言葉を紡ぐ。獣の何体かの視線は、真凛ではなくおれ達に向けられていた。そう、数に物を言わせた各個撃破にかかられたら、打つ手がない。
「皆さん、私は……」
「ハイつまんない事は言いっこなし」
「そうそう。ボク達これでも、オシゴトとして引き受けたんですし」
 実は任務達成率は百パーセントだったりする。ケツを捲る選択肢はなかった。
「ボクが引きつけるよ。二人は逃げて」
「殊勝な申し出だが、そもそも逃げられるかどうかも怪しいもんだよなぁ」
 通路にはいまだ靄がわだかまったまま。皇女を連れて複数の獣の追撃を振り切り、強力な『人払い』の力を持つ障壁を突っ切るのは、さすがに要因が多すぎておれの『鍵』でもカバーしきれない。あまり言いたかないが、絶体絶命というヤツのようだった。
『……終ワリダ!!』
 本物と分身の『南山大王』達が声を揃えて言葉を紡ぎ、そして一斉に向かってくる。
「ああくっそ!」
 こうなりゃ一か八か、逃げの一手しかねぇか!

 そう思った時。
 夜を裂いて、冷気が走った。

 晩秋の夜よりも、おぞましい陰風よりも、遥かに冷たく清冽な白い冷気。
『ガハァ!?』
 獣の一体がのけぞった。他の三体も、驚き突進を止める。
『ア……ガ……?』
 その胸に突き立っていたのは、白い剣。
「まったく、皇女を案内すると街に出て行ってみれば帰ってこない」
 冷気であつらえられた、純白の騎兵刀(サーベル)。
「まさか貴様、皇女をタチの悪い夜遊びにでも誘おうというのではあるまいな?」
 事務所のメンバー、『深紅の魔人』、笠桐・R・直樹の得物であった。
カテゴリー:_小説7話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月29日 (火)18時14分

登録社員名簿:059 『赤髷』 宇和島 岳

「テメェラそこにちゃっちゃと並べ!健康診断だ!」

【名前】宇和島 岳(うわじま たける)
【通り名】『赤髷』 (あかまげ)
【所属】はなまるフードケアサービス
【年齢】28
【容姿】染めた金髪に赤のメッシュ、ピアス、コテコテのヤンキー面
【正業】
 モグリの医者

【経歴】
 貧困家庭の親の身勝手と法律への無知により『戸籍がないまま』育てられた青年。
 ナイフ一本でスリ、窃盗、障害行為に塗れたすさんだ人生を送るが、
 カネに困って裏通りで退役した軍医が経営する
 モグリの病院で助手を務めたことから人生が変わり始める。
 砂が水を吸収するように医学の知識と技術を身につけ、
 とくに外科手術には異常な適正を示し、
 師匠に代わって無免許で様々に高度な手術をこなすまでになる。
 戸籍がなく正式な医師免許が取れないが、
 そんなことには頓着せずモグリの医者として夜の街をかけずり回っている。

 通り名は髪にメッシュを入れていることと、
 師匠の「『赤ひげ』を名乗るにはまだ貫禄が足んねえなぁ」のコメントによる。

【スキル】
『人斬りの才能』(センス・オブ・リッパー)
 人間を切り刻むための異常な才覚。
 外から人を見ただけで内臓や筋肉、骨格の配置をありありとイメージする能力と、
 また精密機械じみてメスを振るう刃物への適正。
 身につけた医療知識と相まって、高度な外科手術を難なくこなす。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月27日 (日)17時01分

登録社員名簿:058 『机上の猟犬』 見上 柏錘

「俺の『遠隔視』ある限り、何人たりとも〆切から逃れる事は出来ん」

【名前】見上 柏錘
【通り名】『机上の猟犬』 ハウンド・オン・テーブル
【所属】イズモ・エージェントサービス
【年齢】34
【容姿】「銀行員みたいにカッチリしてて出版業界だと浮いてます」(職場の同業者)
【正業】フリーの編集者
【経歴】
 出版業界ではかなり名の通った切れ者編集者。
 特定の出版社には所属せず、 無名の新人や埋もれた作家の発掘、
 他業種の人物のドキュメンタリーやエッセイの出版企画などを行い次々とヒットさせてきた。
 そして自ら育てた複数の売れっ子作家や漫画家のエージェントをつとめ
 企画の売り込みや著作権の管理、マルチメディア展開やイベントの管理まで行う。

【スキル】
『机上の猟犬』
 見上の能力。
 編集者としての技量とは別に生まれ持った強力な遠隔視能力であり、
 生まれつきの才能と訓練による制御で完全に使いこなしている。

 時に放任と思えるほど担当作家の自由や独創性を大切にするが、
 こと〆切りについては鬼のように厳しく、煮詰まった作家がどこに逃げ出そうとも
 彼の遠隔視から逃れることは出来ない。

 その能力をイズモに買われ、個人事業の一環として
 時折遠隔視による追跡や操作を引き受けている。
カテゴリー:設定資料_キャラ名鑑 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月27日 (日)16時11分

【告知】2015年冬コミに参加します!

12月ちょっと更新間が空いてしまって申し訳ないです。
年末進行&忘年会&風邪のコンボでだいた土日ひっくり返っていた始末……。
まあ面倒くさいことはすべて今年中に片付けたと言うことで!

告知が遅くなりましたが、今年も冬コミ参加します!

●日程及び配置

 2日目 12/30日(水) あ-12 『猫又公司』
 (今回も壁配置です。ありがたや……!)

●頒布予定物
  新刊:
   異神討伐RPG 「カルカミ」 パイロット版 200円予定 

  既刊:
   異能ビジネスRPG 「人災派遣RPG」ルールブック
   人災派遣シリーズ ドラマCD
   クラシックファンタジーRPG 「ナナバナ」 ルールブック&リプレイ

「カルカミ」は人災派遣RPGのデザイナーである潮屋君の新作、
「神様になって信者を集めるボードゲームライクなTRPG」です。
詳細及び続報は、コチラでチェック!!

また人災派遣RPGのルールブックもおかげさまで今回増刷となっております。
手に入れる機会のなかった皆様もぜひこの際にお立ち寄り下さいまし!
カテゴリー:開発記録 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月27日 (日)15時48分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 14

 月が翳り、辺りを闇が満たしてゆく。
 鉄骨の林の中、限られた空間を無数の線が貫き埋め尽くす。今やそこは、『蛭』の五指両手が織り成す蜘蛛の巣と化していた。その指はどれほど長く、迅く伸びるというのか。変幻自在に放たれ捻じ曲がる無数の槍衾の渦を、直樹はコートをなびかせながらひたすらに避ける。
「なかなか素早い。しかし、所詮人間の動きでは避け切れませんよ」
 『蛭』が言うや、さらにその攻撃の速度は上昇。もはや刺突ではなく銃弾に匹敵する速度で打ち出される攻撃を、それでも直樹はかわし続ける。
 真凛と異なり、奴には弾道を見切るなどと行った超人的な芸当は不可能だ。それでも奴が避けきれているのは奴自身の戦闘能力と、それなりに培った戦闘経験によるところが大きい。だが、それにも限度がある。
「……ちぃっ!」
 肩口を貫かんと閃いた薬指の一撃は、かわしきれるものではなかった。咄嗟にコートの裾をはねあげ、捌くようにその軌道を逸らす。胸板をすれすれにかすめていく薬指。危機が一転して好機となる。逃すものかとそのままコートの布地を巻きつけ、自由を奪い引き抜いた。力が拮抗したのは一瞬。
「何と!?」
 『蛭』が驚愕するのも無理は無い。直樹は奴の指を掴んだ左腕一本だけで、成人男性としても大柄の部類に入るはずの『蛭』の体を引っこ抜き宙に舞わせたのだ。体勢を崩したのを見逃すはずも無い。間髪居れず、こちらに飛んでくる『蛭』に向けてパンチを繰り出す直樹。だが。
「ぐうっ……」
 交差の後、吹き飛んだのは直樹の方だった。路地のゴミを舞い上げ、剥き出しの鉄骨にたたき付けられる。
「……ふん、そんなところからも出せるとはな。大した大道芸だ」
「困りますねえ。物価高のこの国では靴を調達するのも大変だと言うのに」
 それは、あまり正視したくない光景だった。『蛭』の右の革靴が破れ、さらに中から一メートル余りも延びた五本の足指が、獲物を狙う海洋生物のようにゆらゆらと直立して蠢いている。片や直樹はといえば、その新たな五指に貫かれたのであろう、腹部に幾つかの穴が穿たれ、そこから血を流していた。
「ふふ。貴方の能力は『怪力』でしょうかね。いずれにしてもその貫通創ではまともに戦えますまい」
 直樹は興味なさげに己の腹に開いた穴をみやる。それほどの負傷を追い、かつ今まであれほどの激闘を演じていたと言うのに、その額には汗一つ浮いていない。一つ小鼻を鳴らすと、インバネスのコートのボタンを外し、懐に左手を突っ込む。
「そろそろ本気で行くぞ」
 そんなコメントともに、ぞろり、とコートから何かを抜き出した。
「!?」
 『蛭』の表情が変わる。直樹がコートの中から抜き出したのは、サーベル。
 月明かりをその白刃に反射して冴え冴えと輝く、抜き身の一本の騎兵刀だった。その長さ、その大きさ。明らかにコートの中に隠しおおせるものではない。鞘も無く、剥き出しの刀身から柄まで銀一色の片手剣を、奇術師よろしく抜いた左手に構える。右手はコートの袖の中に隠したまま。先ほどの怪力に斬撃の威力が加わればどうなるか。直樹が間合いを詰める。『蛭』は咄嗟に後退。そのまま右の五指で直樹の心臓を貫きに掛かる。
 ――ずんばらりん。
 安易に擬音で表現すればそんなところか。高速で振るわれた騎兵刀の一閃は、肉をも貫く鋼の指を、五本まとめて両断していた。怯む『蛭』。追う直樹。『蛭』の左の革靴が爆ぜ、新たな五指が走る。しかし二度目の奇手は直樹には通じない。余裕を持って回避、なおかつロングコートの裾をその一指に絡める暇さえあった。捕らえられ、刀で断たれる指。しかし、それは囮に過ぎなかった。『蛭』はその一指を犠牲にして跳躍。仮組の鉄骨にその指を巻きつけ、あっという間に上へ上へと登ってゆく。たちまちその姿は月の隠れた夜の闇に隠れて見えなくなった。
「ふん。卑劣な振る舞いが身上の秘密警察崩れか。逃げの一手は常套手段よな」
 直樹の痛罵が届いたか、闇の向こうから『蛭』の声がする。
「おや。貴方のようなお若い方とは前職の時にはそれほど関わり合いになったことはございませんが」
 余裕を装っているが、自慢の両手両足の二十指のうち、六指を使い物にならなくされているのだ。指に痛覚が通っているのかどうかはわからないが、ダメージが無いとは思えない。とはいえそれも、腹に大穴が開いている直樹に比べればさしたる事は無いはずなのだが。
「ごく一般的な心情だ。人の庭先で詰まらぬ真似をされれば懲らしめてやりたくもなる」
「はて。東欧にお住まいでしたかな?」
 言葉はそこで途切れた。続けて上がる、無数の鈍い音。
「……!!」
 前後左右、そして上方から延びた十四本の『指』に、直樹が貫かれていた。

 鉄骨の塔から『蛭』が降りてくる。
「私の指は特別製でしてね。一度血の味を覚えれば、あとは臭いで追尾出来ます。視線の通らぬ暗闇であろうと問題はございません」
 切断された右の五指が蠢く。指先を切り落とされて怒っているのか。その掌を慈しむように見やり、
「ああ。安心しろ。お前達もすぐに元通りになるぞ。今度は男だが、若い人間の血だ。さあ、たっぷり飲んで育つがいい」
 あまり考えたくは無いが……この指は生きている。それも、まさしく『蛭』のようなものだ。直樹の全身に突き立てられた蛭どもが、その血を啜ろうというのか、一斉に身を歓喜を表現するかのごとく身をよじらせる。だが。
「……?」
 『蛭』の表情が曇る。
「ああ、つくづく嘆かわしい。かの偉大な詩人が吸血を愛の交歓にまで高めてくれたと言うのに。貴様のような奴が居るから我が品格まで疑われるのだ」
 唐突に、『蛭』の指どもが身をよじり始めた。だがそれは先ほどのような歓喜によるものではない。明らかに苦悶によるためだ。慌てて指を引き戻そうとする『蛭』。しかしその指たちは、まるで張り付いてしまったかのように直樹から離れることが出来ない。
「時間の流れと言うものは残酷なものだ。我が愛でし者、愛でし人、愛でし土地を次々と色褪せた『古き良き時代』とやら言うものに飲み込んでいってしまう。干渉をすれば互いに不幸を呼ぶだけ。止めれば止めたで、貴様らのような下衆共が我が領民の末裔を害して回る始末」
 いまや『蛭』にもはっきりと判るほど、その異変は現れていた。『蛭』が黒いハーフコートを来ていたのは、ただ隠密性を高めるためだけの理由だ。夏の暑さなど、訓練を積んだ者には不快感を催す程度のものでしかない。ところが、それが今。『蛭』は快適さを感じていた。まるで、今がこのコートを着て外出するに相応しい季節の如く。いや。むしろ、肌寒さを感じるほど。
 一際、指の蠕動が激しくなり……そして、止まった。愕然として見やるその視線の先で、直樹を貫いたはずの無数の蛭たちが、すべて、凍っていた。夜闇の向こう、十四の刺突に貫かれた男がいるはずの場所に浮かぶのは、瞳。紅玉を溶かし込んだような真紅にして、まるで溶鉱炉で燃える炎の如く、燦然と輝く黄金だった。その時、雲が去り、月明かりが再び周囲を鮮やかに蒼に染め上げる。
 
 そこに、それは存た。
 
 己の体内から吹き昇る膨大な冷気に、纏ったコートをまるで戦に望む王侯の外套のごとく靡かせ、逆巻く銀髪の元、眼鏡に覆われていないその瞳は紅き竜眼。手にし騎兵刀の正体は、その魔力で誂た氷の一片。その身に触れしものはたちまち凍てつき、無垢なる白へと存在を昇華させられ破滅する。
「吸血鬼……ですと!?」
 『蛭』が絶句する。それは彼の故郷でも、そしてこの業界でも御伽噺として一笑に付されるべき存在のはずだった。少なくとも、この業界で吸血鬼と言えば、数次感染を繰り返し、人間を多少上回る運動能力といくつかの異能、無数の弱点を引き継いだ存在に過ぎないはずだ。たしかに脅威だが、この業界では突出した存在ではない。だが、
「馬鹿な……!!『原種』が、この現代に生き残っているはずが無い!!」
 ましてや、大都会とは言えこんな東洋の一角に。そんな『蛭』の混乱など知ったことかと、直樹がどこか物憂げに、『蛭』を一瞥する。今まで袖の中に隠していたその右腕が振るわれる。全ての水分を凍結させられたおぞましい指どもは、直樹の体に傷一つつけることが出来ずに霧散した。いつのまにか、先ほど貫かれたはずの傷も拭ったように消えている。
「ぬぅっ……」
「ふん。種としての分を弁え、静かに眠りについていた我らを追い出しておいて言い草はそれか。確かに千年一日の管理者としての暮らしなど元から誰かにくれてやるつもりだった。それは許そう。しかし」
 直樹が左腕を掲げる。その腕に掲げられた騎兵刀が、恐ろしいほどの白に輝く。東京の真夏の空気が反発して嵐を引き起こす様は、異界から突如出現した絶対零度の暴君を押し返さんとする自然の抵抗にも思えた。
「仮にもこの『深紅の魔人』の領民を故なく害したとなれば、相応の罰を与えねばならん」
「ふ……ふふ」
 『蛭』が不敵に笑みを浮かべる。
「大言はほどほどにしなさい、旧種。もはや貴方達の時代は終わり。所詮は狩られる側の立場に過ぎないのですよ」
 一歩足を進める。微動だにしない直樹。
「吸血鬼の血。面白いですな。原種の血を飲めば不老不死も夢ではありません!!」
 ハーフコートが裂ける。その腹の中から飛び出してきたのは――人間の脚ほどの太さもある巨大な蛭だった。最後の一匹。これであれば凍結する前に奴の皮膚を食い破ることが出来る、と。だが。
「何度も言わせるな。吸血とは愛の交歓。貴様のような下衆な陵辱は見るに耐えぬ」
 時間にして一秒も無い。いや、触れたその瞬間には、長大な蛭はその全身を凍結されていた。愕然とする『蛭』。ありえない。いかなる理由かはわからないが、この男が冷気を操れるとしても、ここまで一方的に対象を凍らせることなど出来るものなのか。時間を止めでもしない限り――時間?
「貴様から奪って楽しいものなど一つも無い。その不快な時計を削るだけだ」
 直樹の右腕が一閃した。……そうか。局所的に時間を停止する能力……分子運動を完全に停止させられれば、全ての熱は存在し得ない。奴は冷気を操るのではなく、時間を操るのだ。思考がそこまで弾けた時点で『蛭』の下半身は吹き飛んだ。
 
 再び月は翳り、辺りは闇に沈む。無数の氷の欠片が大地に溶けてゆき、先ほどの光景はまさしく夢に過ぎなかったのではないかとさえ思える。
「逃げたか」
「逃がしたんだろ?」
 ようやく現場に到着したおれは、皮肉たっぷりにコメントした。直樹といえばそ知らぬ面をして、
「最近近眼でな。狙いを誤ったようだ」
 などとのたまった。ちなみにその眼は、いつものとおり黄玉のそれに戻っている。
「いいのか?能力ばらしちまってもよ。今後大変だぜ」
「何を今更。貴様と違って、俺の方はバラされる分には一向に構わんよ」
「名前が売れてると便利でいいねえ」
「貴様ほどではない」
 へいへい。しかしまあ、先ほどの寒気がウソのように、今では再び、夏の蒸し暑い空気がこの周囲を支配していた。っと。そうか、それもそのはずだ。
「夜明けだぜ。任務終了、だな!」
 おれは奴の背中を叩いた。直樹はと言えば、
「そういえば一昨日もここで日の出を見たような気がする……」
 などとこれまたのんきにのたまった。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月27日 (日)11時49分

派遣会社概要:014 『はなまるフードケアサービス』

【社名】
 NPO法人はなまるフードケアサービス

【代表】
 丸宮 一花(まるみや いちか)

【概要】
 元々は一介の高校生、丸宮一花が始めた「みんな笑顔でご飯を食べて欲しい」
というホームレスへの炊き出しが発端。
 それがヤクザとの衝突、マフィアの排除、自治体との折衝等々を続けるうち、
いつしか裏社会が無視できない「弱者の駆け込み寺」へと変貌を遂げた。
 虐待児童、水商売、不法移民、異能力者等、
社会からはじき出された人々の支援を行う。
 採算はギリギリ、助成金と寄付で成り立っているが、
巧妙に各組織への『貸し』を作り立場を強化している。
 正規異能力者は百人前後だが、『借りを返すため』
協力する裏社会の猛者が数多いという。

【所在】
 台東区、職人が高齢で引退した仏具店の持ちビル二階を、
町内会の縁で格安で貸してもらっている。

【業務】
 「人助け」が中心のボランティア活動が主。
 他の派遣会社にビジネスとして依頼することが出来ない貧しい人、
社会的に立場の弱い人々からの依頼を受け、低料金、もしくは無償で活動する。
 スタッフには仕事として普通に給料を払うため基本的には赤字だが、
切れ者の経営スタッフの力によりかなりの寄付金を集めている。
(いわく『カネを儲けたヤツほど次は聖人になりたがるのさ、小遣いの範囲でな』)
カテゴリー:_設定資料_派遣会社紹介 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月14日 (月)02時12分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 13

 身を起こしたおれの事などもはや眼中に無く、直樹と『蛭』は静かに視線を交えていた。片や黒いハーフコートを着込んだ初老の男。片や、このクソ暑いと言うのにインバネスなぞ着込んだ直樹。カメラ越しに見れば十二月のシーンに見えなくも無いが、おれの周囲にまとわりつく熱気が、これは紛れも無く八月猛暑の夜なのだと訴えてくる。
「先ほど事務所に真凛君から再度電話があってな。突入してきた連中と戦闘を開始したそうだ。どうやら海鋼馬の連中らしい。第一波は問題なく撃退できたが、そろそろ第二波が来る頃だろう」
「お前なあ。毎度毎度の事ながら準備に時間かけすぎなんだよ」
 おれはぶつぶつと呟きながらズボンを払う。
 こいつは草加の笹村さんの家を出た後、一回準備をするとか言って、高田馬場の事務所まで戻っていたのだ。
「仕方があるまい。準備が必要なのは本来貴様も同様だろう」
 その出で立ちを見て、おれは一つ息をつく。
「本気ってことだな?」
「ああ。そういう事だから、貴様は早々に真凛君の所に駆けつけてやれ」
「あいつに援護が必要とは思えんがねえ」
「愛しい人を助けにゆくのは男の使命だぞ」
「そういうのを悪趣味な発言って言うんだぜ」
 おれは駆け出す。背を向けると同時に、待ちかねていたように直樹と『蛭』の戦闘が始まった。
 
 路地裏を抜けてダッシュすること三十秒。ここで息が上がって、そこから呼吸を整えつつさらに三十秒も歩き、ようやくマンションに戻ってきた。畜生、大学入ってからどんどん体がなまってきてやがるな。これで就職したらどうなることやら。
 エレベーターなんて怖くて使えない。オートロックを突破したらそのまま階段をかけあがる。ようやくお目当ての階にたどり着いた。
「真凛、大丈――」
 おれの声なんぞ遮って響き渡るけたたましい音。ドアを突破って吹っ飛んできた宅配便の制服の巨体がおれにぶつかってくる。受け止めてやる義理はないので身をかわすと、哀れ、その体は廊下の柵を越えて下へ落ちていった。ま、身体は頑丈そうだし、一階は植え込みだし。死にはしないだろう。
「戻ってくるまでもなかったかね」
 部屋の中を覗き込む。見事なものだった。スイカの生い茂る部屋の中、キレイにプランターを避けて八人ほどの男がノびている。本来三人居れば狭いはずの部屋に、パズルをはめ込むように倒れ方をしていた様は芸術的ですらあった。その中央に仁王立ちするのはうちのアシスタント。それにしても管理人さんには何と言えばいいのやら。
「とりあえず全員片付けたよ。でも、話に聞いていたコートの人はいないみたいだね」
「ああ。あいつは直樹と交戦中だ」
「えええっ!?何でこっちに回してくれないんだよお!」
「こっちに来る途中を襲われたんだ。おれに文句を言うな」
 真凛ががっくりと肩を落す。
「ううう。ボクは何をやっていたんだろう」
「なあに。きちんと任務を果したのだから全く問題は無い」
 おれはザックの中からガムテープを取り出した。ノされた連中を見やってため息をつく。男を縛り上げるのはあまり興が乗らないなあ。
「しかしま、連中時間が無いと踏んでなりふり構わなくなりやがったな」
「結局、相手の狙いはわかったの?」
「まあな」
 後でコイツにも話してやるとしよう。直樹が『蛭』に負けるとは思えんし、おれの仕事もとりあえずこれで終わりだ。思わぬ大事になったが、まあ大した仕事もせずにすんだし、結果としては良かったと言うコトにしておこう。真凛にもガムテープを放り、二人して縛り上げては玄関に放り出していく。
 
 と。視界の端に、小さな光がまたたいた。
 
 ――おれがそのマズルフラッシュに気付けたのは、完全に偶然だった。外が月夜でなければ、注視しても夜闇以外の何も見つけることは出来なかっただろう。向かいのビルのさらに奥、一際高いビル、こちらから見て丁度二階分ほど高い位置に潜んでいた海鋼馬のメンバーが、仲間を巻き添えにする覚悟で攻撃を仕掛けてきたのだ。わずかに弧を描きつつ降り注ぐ、かつて見たことのあるモノ。再び思考が加速する。それはつまり。
 
「HK69……グレネードランチャー!!」
 
 正気かよ。マンションごと吹き飛ばすつもりか!?
 すでに真凛も反応している。気付けばその反応はすぐにおれを追い抜く。今すぐ全力で脱出すれば自分は間に合うかもしれない。
 だが。
 ここは部屋、今から逃げても恐らく間に合わない。自分とおれだけなら何とかなるかもしれないが、ここにはノびた連中と、スイカがある。ましてや何も知らない隣の住民はどうなるというのか。そう考えたのだろう。そしてその迷いが、致命的な初動の遅れを招いた。
 もう、この部屋の人間は誰一人マトモにはすまない。
 
 ちっ。
 
 あーあ。結局こうなるのかよ。加速する思考。無限に引き延ばされてゆく時間の中、おれはしぶしぶ脳裏の引出しを開けて、『鍵』を引っ張り出す。刻まれたバイパスに思考の電流が弾け、灼けつく。おれは『鍵』を放る。意識はトーンダウン。俺は鍵を受け取り施錠。閉じた扉ごとその存在をバックヤードに押しやる。
 さて。
 闇夜の中、すでにその形状すら把握できるほどの距離に迫った榴弾を俺は一瞥する。
 始めるとするか。
 
『亘理陽司の』
 
 鍵を掛ける。
 イメージするのはそれである。
 
 誰でも考えることだ。
 あの時、ああしていれば。
 あの時、ああしなければ。
 あの時、あれさえなければ。
 あの時、あれがあったら。
 今はもっと違っていたのに。
 
 人は生まれたときより無数の判断を経て現在に到る。それらが全て正しい判断だったと断定できる人間はいない。何故ならば、選ばれることの無かった選択肢は永遠のブラックボックスと化して、二度とその結果を確かめることは出来ないからだ。
 
 雨の日に、駅へ行くときに右の道を行ったら車に水を引っ掛けられた。これは不幸かもしれない。しかし左の道を行っていたらどうだったのか。何事もなく駅にたどり着けたのか。あるいは車にはねられて重症を負っていたのか?同じ日を二度経験することの無い人間には確認のしようが無い事象だ。
 
 それを運命、と言う人もいる。個々人の選択、外的な要因によって一瞬から無限に分岐し、無限からさらにまた無限の選択肢が広がる果てしの無いツリー構造。その中から選び取られるたった一つの選択肢こそが、運命なのだと。
 
 しかし、その中で与えられる選択肢にはすべて『因果』が存在する。
 世界には『原因』によって『行動』がなされ『結果』が生まれる。『結果』は新たな『原因』となり、次の『行動』を産む。雨の日に右の道を選んだのは、アスファルト舗装の右の方が砂利道の左より歩きやすいと判断したから。歩きやすい方を選択した理由は、前日に足に小さなケガをしていたから。人間の『判断』などその瞬間の外的な要因と己の現在の状態を引数として、答えを出力する一つの関数に過ぎず、それは選択ではなくて必然なのだ。
 
『視界において』
 
 鍵を掛ける。
 イメージするのはそれである。
 
 ならば。
 この世全ての『原因』を把握することが出来れば、次の『結果』を完璧に導き出すことが出来る。ならばそれは次の『原因』となり……。これを繰り返すことで未来を導き出す事が可能なのではないか。かつてそんな思想が流行したことがあった。
 これが『ラプラスの悪魔』だ。人間の脳にめぐらされたニューロンとその中を流れる電流すら計算し尽くし、感情や精神すらも式に置換し結果を予測せん。
 それは、果てしの無い無駄な作業なのだと思う。仮にもし。その行為が実ったとして。計算者に与えられるのは変化など起こり様の無い未来なのだ。それでは意味は無い。研究とは実益をもたらすものでなければならない。結局、後の世では混沌と揺らぎが生み出す事実上予測不能の世界がラプラスの悪魔を追い払った。だが、そんなものは人々は最初からあり得ないと判っていたし、彼らとてとっくに気付いてはいたのだ。
 彼らは思った。ラプラスの悪魔が存在しない以上、『結果』とは無数の選択肢から無数に派生する予測不可能なものである。選択肢が二つあれば、二つの未来が存在する。無限の選択肢があれば、無限の未来が存在する。当然のことだ。だからこそ人は欲望や目標に向かい足掻くのだ。
 しかし。それでは望むものにたどり着けないかもしれない。それもまた当然のことだ。

 ならば。

 無限の未来の中から、己の望むものへ突き進むのではなく。
 無限の未来の中から、己の気に入らないものを切り捨ててしまえばどうだろう?

『あらゆる類の』

 鍵を掛ける。
 イメージするのはそれである。

 望み得る事象を実現するために、無限の分岐へ鍵をかけてまわる。ハズレの道がすべてふさがれてしまったのなら、あとはどんなに複雑な分岐でも、開いている扉だけを選んでゆけば必ず正解にたどり着くのだ。手持ちの鍵の数はそんなに多くは無い。あまりに広すぎる事象、長すぎる時間を留めるのは亘理陽司に過度の負担がかかる。乗せられる単語の数は、限定性の高いものを十がやっと、というところか。我が師より受け継ぎしはただ一つの鍵。これによりて亘理陽司は世界すべての干渉を無価値とし、己の意に適う回答が出るまで物理法則を切り捨て続ける。

『爆発を禁ずる』

 割れた窓から飛び込んできた榴弾は、重い音を一つ立てて床に転がった。
「愚か者め。近代兵器など不発を前提として戦闘するものだ」
 俺は悪意を込めて、そびえる塔の向こう、兵士に声をかけてやった。当然聞こえるはずも無いが、明らかに兵士はうろたえていた。それはそうだ。戦争ならまだしも、入念に準備を行った初弾が不発等という確率は、
「~~ああ痛え。『あらゆる』、なんて景気のいい単語を乗せるなよなっとに」
 ぼやくおれの横を、疾風と化した真凛が走り抜ける。突進の速度をまったく殺さず掬い上げた榴弾を、ホレボレするほど力感溢れるオーバースローで振りぬく。報復の弾丸は五十メート以上の距離を先ほどとは逆の軌道を描いて見事、射手に命中した。たまらず崩れ落ちる射手。
「よっし、当たり!」
「当てるのは得意なんだよな、お前」
 ってかさっきは、『爆発しない』と定義しただけで、完全に不発になったかどうかはわからなかったのだが。まあ、言わぬが花と言うものだろう。
 おれはガラスの割れたベランダに歩み寄り、千代田区の町を見下ろす。そう遠く離れてはいないところで、もう一組の戦いは続いているはずだった。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月06日 (日)20時34分