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人災派遣のフレイムアップ 第7話 『壱番街サーベイヤー』 17-a

 路地裏を風が吹き抜けた。

 突如、怖気(おぞけ)が走った。
 全身の肌が粟立ち、毛が逆立つ。
 
 すでにその時、路地裏の乱闘は決着がつきかけていた。十数人いたチンピラのほとんどは真凛に打ち倒され、おれは今度こそ皇女を連れて事務所へ戻る準備をしていたのだが。
「……っ!お出ましかよ!」
 晩秋の夜よりなお寒い、そしてなにがしかの”悪い”モノが含まれた、底冷えするような風。不浄な”瘴気”とも少し違う。幸か不幸か、おれは今までの経験でその正体を知っていた。”陰風(いんぷう)”。ヒトからはみ出した存在(モノ)、あるいはヒトならざる怪異(モノ)がその力と共に解き放つ邪悪な気配。――すなわちその意味は、
「上だっ!」
「受け身っ!!」
 おれと真凛の叫びが同時にあがる。夜の闇よりなお暗い、ネオンの光も通さぬ黒いかたまりが、明確な殺意を以ておれの頭上に落ちかかってきていた。
 とっさに皇女を抱えるおれの背中を、真凛が思いっきり蹴り飛ばし、反動で自分も飛んだ。絶妙の判断。おれ達が左右に別れた一瞬あとの空間を、大質量の黒い塊が押しつぶしていた。
 轟音、破砕。打ち割られたアスファルトの破片が飛び散り、おれの背中にいくつも跳ねた。降り注ぐ砂埃の中、真凛の警告通り受け身を取って起き上がったおれと皇女が見たものは。
「シイイィィィィィ……!!」
 黒い靄の中に佇む、獣、だった。
 いや、基本的なシルエットは人間――二メートル近い長身、屈強な筋肉質の体躯、無骨なミリタリー装備に身を固めたその姿は、日本ではまず目にすることは出来ないとしても――、確かに人型のそれである。直観。精神をシフト。小声で呟く。
『亘理陽司とファリス・シィ・カラーティに――』
 だが、その全身から立ち上る禍々しい黒い靄が、明らかに男がまっとうなヒトのそれではない事を示している。そして両腕と顔は黒い斑点混じりの銀色の体毛にびっしりと覆われ、大きく張り出した顎から覗く牙、金色に輝く瞳孔は、まさしく獣、それも獰猛な猫科の生き物のそれであった。長く突き出した首、異常に発達した背中と、曲げられた脚にたわめられた筋肉、そして浮かせた踵が、”猫背”を形成している。もちろん不健康な姿勢のそれではない。瞬時に得物に飛びかかることを可能とする、危険な発條(バネ)。
『致命打は――』
 そしてその両腕で逆手に握られ地面に突き立てられているのは、長大な鉄の棒であった。中央の持ち手のみが人間が握れる程度の細さだが、それ以外の箇所は梁のように太い。奴は上空からの落下速度、己の膂力、そしてこの鉄塊の重さを一点に集約して俺を叩き潰そうとしたのだ。直撃していれば、俺は頭から踵まで圧縮された肉塊に成りはてていただろう。
『小僧共、カンはいいようだな』
 黒い靄を周囲に放射しながら、獣が異形の口腔を器用に動かし西域の語を発音する。瞳孔が俺を見据える――と同時に、筋肉で形成された異形の猫背が弾けた。
『――当たらない!』
 紡ぎ上げられた言葉が『鍵』を形成する。
「ヌゥッ!?」
 先読みの博打は見事に当たった。おれを狙った鉄塊の一撃は、見えざる因果の鎖に絡め取られ……結果、『先の一撃の余波で断線したビルのケーブルが、獣の眼前に落ちかかってくる』という形で妨害された。咄嗟に硬直する獣。だが、直前で急停止し勢いが殺されたものの、鉄塊はおれの左肩に重く食い込んでいた。
「くっは……!!」
 おれの視界が急速に横に流れ、大音声と共に急停止。三メートルほど横に吹っ飛ばされてビルの壁面に叩き付けられたのだ、と二拍ほどして認識する。
 仕方がない。ファリスへの流れ弾を防ぐためには『鍵』の対象を二人にせねばならす、その場合、必要なコストは加算ではなく乗算になる。負荷を削減するために、『当たってしまう』こと自体は受け入れざるを得なかったのだ。ダメージ検証――右の肩甲骨にヒビ。腕の筋肉に一部断裂、アバラに衝撃、防刃防弾下着(インナー)越しとはいえ全身に打撲。内臓まわりは後でチェック。――暫定結果、防具を付けた状態で二階の窓から突き落とされた程度。充分活動可能だ。アドレナリンを分泌させて痛覚を遮断し、身を起こす。
 挙動を崩されたのもつかの間、即座に皇女につかみかからんとする獣。だがそこに、極端に身を沈め、影から滑り込むように真凛が追いすがっていた。
「ジィィッ!!」
 獣が反応し、咄嗟に跳躍する。正しい判断だろう。アキレス腱をつかんで引きちぎろうとした指先が空を切る。そのまま真凛は前転して身を起こし、おれの代わりに皇女の護りとなる。跳躍した獣はそのまま、雑居ビルの壁を蹴り、合間を駆け上がってゆく。そして――
「また来るぞ!」
「わかってる!」
 十分な位置エネルギーを稼いだ時点で獣は身体を反転させ、一転して下方、つまりおれ達に向かって壁を蹴った。今度の狙いは――真凛!
「っ……!」
 真凛と皇女が咄嗟に飛び退る。再び弾丸と化した獣が、アスファルトに鉄塊を炸裂させたのはその直後だった。獣が唸り声を上げる。追撃はなかった。
「ちぇ、さっきより速いや。合わせそこねちゃったよ」
 真凛が五指を屈伸させてぼやく。攻撃を避けざまに眼球を狙い貫き手を放っていたが、またも獣の反射神経にかわされたのだ。睨み合う両者。
 初手の見せ合いが終わり、互いの力量が知れたところでわずかに膠着状態が訪れる。周囲を満たし始めた黒い靄に不吉な予感を抱きつつも、そこでおれ達はようやく相手を観察・分析することができた。こいつが敵であり、さっき喋ったルーナライナ語から、皇女を取り戻すための刺客だという事までは明白だ。問題はその能力。
「……棍、かな?」
 真凛が敵の持つ異形の鉄棒を見て呟く。
「――いいや、ありゃあ杵(きね)、だな」
「杵!?って、あのお餅つく奴?」
 真凛が驚くのも無理はない。だいたいの人間にとって、杵というものは道具であって、武器ではない。こんなものを使う連中と言えば。
「ああ。だがハンマーみたいな”横杵”じゃなくて、竪(たて)杵……逆手に構えて重さで突き潰す方が得意な奴だ」
 さっきアスファルトを叩き潰したのもそれだろう。真凛の言葉に応えていくうちに、おれの頭の中で検索結果が急速に絞り込まれていった。
『小娘が格闘使い、男は添え物――なるほど、事前情報の通りだな』
『添え物で悪かったな』
 まあ否定はしないが。ルーナライナ語でお返事してやると、会話が出来ることに驚いたのか、黒い靄を顎から垂れ流しながら獣は言葉を続けた。
『貴様等も運がない。よりによってこの俺を相手にするとはな』
『はっ、獣のくせに随分器用にさえずるじゃないか』
 前に戦った竜人は変身するとまともに喋れなかったもんだが。と、獣が喉をぐつぐつと震わせた。嗤っているらしい。
『獣、か。なるほど貴様らにはそう見えるかも知れぬな。愚かな奴め、俺が何者かもわからぬまま、臓腑を裂かれて死ぬがいい』
『ははん。さてはお前、頭悪いだろ?脅し文句に独創性がない』
 先ほどチンピラ相手に独創性のない文句を吐いた事実を棚に上げつつ、おれは内心舌打ちした。コイツは殺意を明示した。つまりはまっとうな『派遣社員』ではなく、業界の仁義を守るつもりもなければ必要もないということだ。
『けどまあ、アンタの正体、心当たりがないわけでもないぜ?』
『ほう。小僧、俺様を知っているとでも?』
『そうさな、おれが知ってるのは――かつて中央アジアのある部族が、雪渓に埋もれた寺院に封じられし邪法を解き放ち、獣の力を我が物とした――なんて伝説だけど』
『……ふん……』
 獣の気配が変わる。どうやらおれを”添え物”扱いするのはやめたらしい。
『当たりか。ま、簡単なクイズだったな。銀色の毛皮に黒の斑点、鉄の杵をかまえて陰風を纏う”妖怪変化”、といえばヒントがありすぎなくらいだぜ』
 獣の口の端が急角度に歪む。
『ならば言ってみるがいい、……我が真名をな』
『その昔、ありがたいお経を取りに天竺に旅立った坊さんを喰らおうとした魔物の末裔。花皮豹子精(ユキヒョウのあやかし)――またの名を『南山大王』!』
 ナンザンダイオウ、の日本語を知っていたのだろう、獣は嗤った。禍々しい歯列がむき出しになる。
『気に入ったぞ小僧!男の肉は好かぬが、貴様の脳随は啜りがいがありそうだ!』
 再び弾ける筋肉のバネ。夜闇を裂いて鉄杵を唸らせ、『南山大王』は跳躍した。
「ふん、生憎おれの役割はどっちかっていうと念仏唱える方でね――荒事は任すぜ孫行者!」
「なんだかよくわかんないけど任された!」
 そこはがってんお師匠様とか言って欲しかったがまあいい。割って入った真凛が鉄杵を潜り込みつつ掴みかかり、接近戦を挑む。獣は己の爪牙を振り回しつつ、鉄杵の有利な間合いを取ろうとする。剣呑な技巧と獰猛な黒靄が混じり合い、一挙手一投足の間合いでの乱戦となった。

「大丈夫か?」
 もつれる両者から距離を取り、皇女の元へ。おれが獣相手に正体当てクイズをやっていたのは、別に自分の知識自慢のためではない。真凛が皇女を安全圏に退避させるまでの時間稼ぎである。
「亘理さん、肩が……!」
「ああうん、まあ軽い打ち身ってとこ」
「嘘です、あの音なら骨にヒビが入っているはずです!」
「だいじょぶだいじょぶ、割とまれによくあることだから」
 皇女の気遣わしげな視線。どうも扱いに困るなぁ。ケラケラ笑って手を振り、話題を転換する。
「で、今の襲いかかってきた獣に心当たりは?」
「たぶん……ビトール大佐です。叔父の右腕を務めていて、豹の魔物に変じる力を持つなどという噂がありましたが、まさか」
 本当に豹に化けるとは思っていなかったのだろう。それが普通の世界の常識というものだ。
「んじゃ、厄介者の相手は真凛に任せて、おれ達はとっととずらかろうか」
「そ、それは真凛さんがあまりにも危険では!」
「へーきへーき。君も見たろ?アイツのえっげつない暴力をさー」
 蹴られた顔面をさすってみせる。
「しかしビトール大佐のあの姿は、もはや人間ですら……!」
「大丈夫。アイツはああいった手合いとはもう何度とやってるしね。それに」
 ま、そろそろアシスタント業務も長いしな。
「任せられるから任せる。――そういうことさ」
「信頼、してるんですね」
「と、とにかく!ここから離れるぜ、……ってなんだこりゃあ?」
「黒い……壁!?」
 皇女を連れてビルの谷間から抜け出そうとしたおれ達は、黒いガス状のものがわだかまり、出口を塞いでいることに気がついた。
「あの黒い靄か……!」
 己の迂闊さにまた舌打ちする。確かに陽は落ち、もう夜と言ってもいい時間だ。だが外から届くはずのネオンや街灯の明かりが一切遮断されていたことに気がつくべきだった。辺りを見回す。イヤな予感は的中。いつの間にか周囲一帯が黒い靄に閉ざされていた。
「これが、ビトール大佐の力なのでしょうか?」
「だろうな、奴さんの撒き散らしていた黒い靄、ただの虚仮威しってわけじゃないらしい」
 試しに手をかざすと、不吉な寒気が腕に走り思わず引っ込めた。分類するなら『妖術』のくくりだろう。精神的な嫌悪感を催す人払いの結界。恐らくこの黒い靄の中で何が起ころうと、外の人間には感知されない。表通りを歩く人間が悪臭漂う路地裏や薄暗い物陰に視線を向けるのを避けるように、この場で起こる事を無意識に忌避し、忘れようとする力が働くのだ。人に仇なす『妖怪変化』が力を振るう際、しばしばこういった結界を用いることを、おれは経験として知っていた。
「気合い入れて突っ切りゃいいだけの話なんだけどな……!」
 額に脂汗が浮かぶ。理屈ではそう判っていても、ヘドロの海に顔を埋めるような強烈な嫌悪感が行動を阻む。ファリスを見れば、こちらも顔を青くし身を竦ませている。
「作戦変更だな、こりゃ」
 二人揃って突破できる目は薄いと判断せざるを得ない。
「こうなったらそいつを一気に片付けて脱出するぞ――って、おい!?」
 皇女を連れて引き返したおれ達の前には、意外な光景が広がっていた。
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カテゴリー:_小説7話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月29日 (日)13時22分

登録社員名簿:057 『俚諺使い』 古城 琴羽

「色即是空、夢幻泡影。船頭多くして船山に登る……だねぇ」

【名前】古城 琴羽(こじょう ことは)
【通り名】『俚諺使い』 (メッセンジャー)
【所属】イズモ・エージェントサービス
【年齢】20
【容姿】「まあ美人なのは認めるが、能力を決めた時のドヤ顔をなんとかしろ」(同僚談)
【正業】大学生
【経歴】
 文系を専攻する大学二年生。
 書道、読書、作文、古文、スピーチなど『言葉』に関連する
あらゆる分野で優秀な成績を発揮する文系のエキスパート。
 (反面、高校時代の理系の成績はかなり微妙)。
 美人の類いだが、道を歩いていると突如俳句を読み始めたり
スイッチが入ると大衆相手に滔々と演説を行うなど
かなりエキセントリックな性格のため異性からは引かれがち。
 その能力に目をつけたイズモがスカウトし、学業の合間に
研究費の補填がてら調査の手伝いをしている。

【スキル】
『金言俚諺』
 己の言葉通りに相手を操る強力な暗示。
 とはいえ発動までのハードルは高く、「相手がきちんとこちらの言葉を聞いてくれる」うえで、
「四字熟語」や「ことわざ」「引用」などを用いた言葉を述べ、
相手に『うまいこと言ったなあ』と『感心』させることで発動する。

 『感心』をトリガーに発動する暗示のため、
古典からの引用に気づけるだけの知識が豊富な人、
言葉遊びを理解できる粋な人には極めて強力な効果を発揮する。
 反面、難しい言葉を知らない脳筋系の人には通じにくく、
また当然ながら日本語が通じない人、動物や無機物には全く効果がない。
 
 戦闘ではほとんど使えないが、容疑者への尋問、
参考人からの情報収集には極めて強力な威力を発揮する。

by 双葉様
カテゴリー:設定資料_キャラ名鑑 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月28日 (土)18時49分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 12

 地下鉄が駅に到着すると、おれは一人改札を抜けマンションへと急いだ。駅前でぐるりと敵に取り囲まれるかとも思ったが、幸か不幸かそういったものはなく、おれは至極あっさりと地上に出ることが出来た。すでに日は落ちており、蒸し暑い夜の空気の中、おれはひたすら走ってゆく。と。
「!!」
 全く反応は出来なかった。それでもその攻撃が当たらなかったのは、向こうがあえて外していたからに他ならない。おれの目の前を槍のように何かが通り過ぎかすめていったのだ。攻撃のあった方を振り向くと、そこには脇道が口を開けている。しかし、その『何か』を飛ばしてきた相手の影は無い。
「ご招待、ってわけか……」
 ヘタに断ったら背中からぶっすりやられかねない。おれはしぶしぶ、そちらの道に向かった。道なりに二回も角を曲がれば、まだ建設中なのだろうか、絶望的なまでに静かな工事現場が広がっている。お盆休みだからかどうかは知らないが、駅前に程近いと言うのに通行人は絶無だった。さながら絶壁のごとく両側に聳えるビルの隙間から、騒音を撒き散らしながら走り往く総武線が視界の端によぎる。上空には満月から下弦に傾きつつある月。蒸し暑い夏の夜だと言うのに、その男は黒いハーフコートを着込んでいた。
「どうもこんばんわ。あんたと会うのは二度目、いいや三度目だったかな」
 おれは男の顔を見やる。初老とも言えるその顔は、確かにあの時おれ達の部屋を訪れた宅配便のオジサンであった。
「変装も潜入も偽装も一人でこなす、と。まったく人手不足だと大変ですねえ」
「ご心配痛み入ります。されどそういう事が生業ですのでお構いなく」
 ほほ、と男が丁寧に一礼する。その姿からは、威勢のよい宅配便業者のイメージを思い出すのは難しかった。
「んで、何の用かな?悪いけどおっさんとお茶を飲む趣味は無いんだけどね」
「いえいえ。そろそろお互い膠着状態にも飽きが来たのではないかと思いましてな。決着をつけようかと思い立ちまして、ハイ。ああ、ワタクシこういう者です」
 男の手から放たれた紙をおれは受け取る。そこに記載されていた社名は、
「国際人材派遣会社海鋼馬(ハイガンマー)公司……別名『傭兵ギルド』だったかね」
「ご存知のようで光栄です。皆からは『蛭(リーチャー)』と呼ばれております。前職では主に政府筋で人事関係の仕事をしておりました」
「やだやだ。公務員が民間に再就職すると、ろくなことがないね」
「そういう物言いは物議を醸すのではないですかな?」
「なあに、お役所のやり方を持ち込むと、って意味さ」
「人事はなるべく公平を心がけておるつもりなのですがねえ」
 はん。おれは嘲笑する。
「テロリストへの内通者が潜伏している村の人間を、「疑わしい」という理由だけで全員殲滅して回るのも平等主義ってワケだね」
 『蛭』の雰囲気がわずかに変わる。
「ほほ、お若いのに博識でいらっしゃる」
「幸か不幸か、この業界長いもんでねぇ」
 おれは投げやりにコメントすると、わずかに足を引いた。
 国際人材派遣会社海鋼馬公司。中国を拠点とする企業で、社名だけならまっとうな会社に見えなくも無いが、その実態は冷戦終了後の政治崩壊で職を失った各国のエージェントを雇い、世界各国へ派遣する、いわばおれ達の同業者だ。だが問題が一つある。この雇われる連中というのは、大概が政治崩壊後、まともな職に就けなかった政府、軍隊関係の連中なのだ。敗走した政府軍、旧特殊部隊くずれ、元秘密警察。そんな連中が得意とする仕事と来れば、どうしても拉致、拷問、脅迫、爆破と言った後ろ暗いジャンルに偏らざるを得ない。結果として、海鋼馬のエージェントと言えば各国の犯罪組織を幇助する用心棒を指すようになる。『傭兵ギルド』の異名を取るのはそのためだ。おれも関わり合いになったことが何度かあるが、『なるべく犯罪行為にひっかからないように』仕事をするおれ達と、『なるべく犯罪行為がバレないように』の連中とはハッキリ言って反りが合わなかった。
「さて。あらためて交渉をお願いしたいところですが」
「スイカの新種登録申請のデータだったら完成したぜ」
 『蛭』の目が細まる。
「あんたらの狙いはあのスイカだってことは誰だって判ることなんだが。理由がどうしても見つからなくて困ってたんだよ。知的財産権や特許に詳しい人に情報を集めてもらって、ようやく判った」
「……」
 ギリギリ間に合った。来音さんに知り合いの弁理士に問い合わせてもらった成果である。
「つい最近成立した、『新種作物の創作権の保護』って奴だろ。あれに登録申請をされることだけは、あんたらは阻止しなければならなかった」
 本やソフトウェアに著作権が存在するように、農産物も品種改良によって創り出されたものには、創作者に一定の権利が存在すべきである、という考え方だ。とはいえ、これまではあまり徹底されておらず、日本の農家が苦労して開発した新種の苗が海外に持ち込まれ、数年後には大量に安価に逆輸入されて却って首を絞める事になった、などという事もあったとか。バイオ技術が進んでいる日本が、いわば海賊版の横行への対策として打ち出したのが『新種作物の創作権』である。これにより、先ほどのような状況に対しても特許使用料のようなものを発生させることで、創作者に利益を還元させることが出来るのだ。
「想像力のたくましい方ですね。それではまさか我々の雇い主まで見当が付いているとでも?」
 『蛭』の値踏みするような視線を、真っ向から受けて立つ。帰りの電車で大急ぎで組み立てた推理だが、それなりに自信はあった。
「憶測しかないけどね。どっかのお国直営の外資企業。それも実際はお国の命令で、大使館のバックアップまでついてます、って所じゃないか?」
「……どうしてそう思われるのですかな?」
「最初は新種登録の妨害なんてのは企業同士の諍いだと思ってたんだがね。どうにもしっくりこなかった。そろったデータを見る限り、味としては従来種とそう大きく変わりは無い。ただでさえ不確定な要素が多い農作物の特許にそこまでリスクを払うものか、ってな」
 しかし、笹村さんの話を聞いて納得がいったのだ。営利目的ではなくボランティア、それも国際貢献となればまた別の利害が色々と話が変わってくる。
「砂漠の緑化と言えば良いことづくめのように思えるが、現実問題としてはそれで損害を被る連中も存在する。例えば、その砂漠地帯の食糧事情が大幅に改善されると、そこに今まで食料を支援することで実質的に支配していた大国の立場はどうなるのか、とか。ひいてはそれが独立運動の機運に結びついたりしたらどうなるのか、とかね。それは大げさではあっても決して笑い話じゃない」
 馬鹿馬鹿しいようで、まったく笑えない話だ。食物のため。人類にとって恐らく最も原始的で切実な闘争理由だろう。
「そして、日本で公式に登録されてしまえば安易にコピー商品を作り出すわけにもいかない。ならば、登録をさせなければいい。いや。苗さえ手に入れることが出来れば、むしろ自分達が大きなアドバンテージを握ることにもなる。そう判断したからこそ、その国のお偉方は――」
「……それから先はあまり口にされない方がよろしいかと」
「ああ。おれもこれ以上くだらない内部事情に足突っ込むつもりはないよ」
「賢明ですね」
「飛行機を落とされちゃかなわないからな」
 『蛭』の目が若干の驚きに見開かれる。おれはと言えば、当たりたくも無い推理がまた当たって反吐でも吐きたい気分になった。
「彼女の場合は特別だったのですよ。それ以外にも色々と公式な影響を持つようになっていて……」
「ンな話はどうでもいい」
 要するに、だ。
「テメェをこの場できっちりノして帰ればそれでOK、ってことだろ?」
 おれは二人称と共に、脳内のモードを切り替える。
「そういう事になります。そしてそれは我々にも当て嵌まる。そこまで妄想を逞しくされては、隠密に物事が済む段階ではなくなってしまった。貴方を消してしまえば無力な依頼人などどうとでもなる」
「街中でドンパチやらかすつもりかい?」
「いやいや。二十一世紀は怖いですなあ。平和な日本で無差別テロ発生とは」
 『蛭』の気配が、ハッキリと変わる。それは一昨日の夜、おれ達を襲撃したあの怪人とまさしく同じものだった。その両腕がすい、と持ち上げられる。
「そういえば、まだあなたの二つ名を伺っておりませんでしたな」
「ああ。聞かないほうがいいと思うよ。多分後悔するだろうし」
「……おやおや。名乗りを上げる度胸も無いとは残念。では、参りますよ」
 『蛭』の姿が一瞬にして視界から消える。瞬間移動、の類じゃない。
 ――下!
 その姿は蛭というより砂漠を波打つ蛇の如く。
 地面を這うかのように『蛭』が疾走する。その両手から漲る殺気。
 空気を切り裂く二つの音。攻撃個所を予測した上で、事前に十二分に回避の用意をしていてなお、おれの皮膚に赤い筋が二本走った。更に後退。しかし学生の後退と戦闘のプロの突進の速度を比べようという考え自体がそもそも無謀だ。たちまちのうちに間合いを詰められる。必殺を期してか、目前に掌がかざされる。今度こそ見た。その五指がぐにゃり、と捻じ曲がったのを。そして、五本の指が五つの点となり、おれの視界に閃く。咄嗟に膝の力を抜いて仰向けに倒れこむおれの視界に移ったのは、鼻先をかすめて空を貫く、一メートルの長さにも延びた奴の五指だった。
 『蛭』の名は、おそらくその指にある。武術ではありえない、自在に伸縮、屈折する指。何某かの肉体改造でもしているのか。一見無手の状態から、関節構造を無視し、指一本分の隙間を潜りぬけて長剣並みの間合いで刺突を仕掛けられるとなれば、暗殺には打ってつけの能力だ。一昨日に直樹の胸板を貫いたのも、郵便受けに潜ませた五指による刺突だったのだろう。
 ――そんな思考は、背中に突き抜けた地面からの衝撃に遮断された。ピンチが迫るほど思考が加速するのはありがたい体質だが、加減を誤ると本当に機を逸しかねない。見上げるおれの視線と、見下ろす『蛭』の視線。交錯は一瞬だが永遠にも感じられた。その掌から五本の毒矢が打ち出される。それは等間隔におれの頭を貫こうとして――横合いから突き込まれたはためく布に弾かれ、逸らされていた。そこには。
「貴様の相手は俺だろう」
 このクソ暑いのにコートを着込んだ直樹が立っていた。
「……いいタイミングで出てくるじゃないか」
「何。この台詞は一度言ってみたかったのだ」
 まさか狙ってたんじゃないだろうな?
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月24日 (火)22時34分

派遣会社概要:013 『人材派遣会社モノクローム』

【社名】
 人材派遣会社モノクローム

【代表】
 ゲオルグ・クレイン
【日本法人代表】
 真行寺 憲正(しんぎょうじ のりまさ)

【概要】
 世界の物流の数割を管轄する海運王にして、
『錬金術師』の異名を取る著名な投資家、
ゲオルグ・クレインによって創設された派遣会社。
 その方針は徹底した異能力優位主義で、
強力な、あるいは特異な能力を持つ者が、
人格や思想、実際の任務遂行能力にすら優先して採用される。
 
 当然の結果として、所属メンバーはいずれも
桁外れの能力を持つかわりに協調性や調整能力に乏しく、
敵への過剰な攻撃や、依頼主の意図を越えた暴走が多発するため、
強大な力を持つ割に派遣会社としての成績はイマイチ。
 経営面でも赤字とされるが、ゲオルグが全面的に補填を買ってでており、
業界では『趣味の会社』『カネモチの能力者コレクション』と揶揄されることもしばしば。
 だがその分、現場で遭遇すれば極めて厄介な相手となるだろう。

【所在】
 米国本社:アリゾナ州の砂漠のど真ん中に不自然にそびえ立つ巨大な本社ビル
 日本法人:新宿西口駅前、某オフィスビルの一画に先日新設されたばかり。

【業務】
 良くも悪くも『能力が絡む』案件を担当する。
 強大な能力が必要とされる任務、あるいは特異な能力者が
関与していると思われる案件等に絞って営業をかけており、
利益とは別に、社として他の目的があるのでは、と推測する者もいる。
カテゴリー:_設定資料_派遣会社紹介 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月24日 (火)00時42分

人災派遣のフレイムアップ 第7話 『壱番街サーベイヤー』 16-b

「亘理さん、彼らはいったい、誰ですか……?」
 皇女の息が僅かに上がっている。おれはそれに年長者の余裕を持って、
「ああ、アーバン、ジョブ、ネットワーク、つってね……!」
 答えたつもりだったのだが、どうも呼吸器系は過剰労働に文句を言いたい模様。こないだの山中走破といい、やっぱり基礎訓練って大事なんだなァ。
「……お手軽な、兵隊調達、手段さ!」
 アーバンジョブネットワーク。近頃口コミで広がっている、暴力団にも所属できない程度の中途半端なチンピラ、タチの悪い不良学生、借金を抱えた社会人……裏の世界に「片足とは言わないが半歩踏み出しているような」しょうもない連中を対象にしたSNSだ。今日では男女の出会いもお手軽なバイト探しもSNS上で行われるが、こと裏の世界もそれは例外ではない。ヤバくても割のいいバイトを求める連中がアドレスを登録しておき、そこにヤバい仕事をしたいが自分の手は汚したくない連中が携帯のメール一本で依頼を……例えば「銀髪の女を攫ってこい」とでも持ちかければ、即座に私兵集団を作り上げる事が出来るといういわけだ。ちなみに報酬は駅前のコインロッカーの位置と暗証番号という形で支払われ、アドレスを辿っても依頼人に辿り着くことは不可能という寸法。ってな事を解説してたら袋小路である。
「追い込んだぞ!行き止まりだ!」
「手こずらせやがって、ぶっ殺してやるからなガキが!」
 はん、どうせ新宿あたりから出張ってきた連中だろうが、こちとらホームだ。安い昼飯を食わせてくれる店を探して日々街を彷徨ってる学生ナメんなよ?行き止まり近くの中華料理屋のドアを無造作にオープン。
「ちいっす大将、ちょっと通りまっす!」
「あの、すみません、お邪魔します……」
 目を丸くする店長に目で詫びながら店内を突っ切る。この店は確か旧いビルのフロアを間仕切りして四つの店舗にしたものだから、確か奥で一杯飲み屋とつながっていて、そこを抜ければ――
「抜けた!」
 おれの叫びに、早上がりのサラリーマン達がぎょっとした視線を向ける。そう、おれ達は今、一杯飲み屋ののれんをくぐって、事務所の裏口へと続く通りへと抜け出ていたのだった。あとはここを直線ダッシュすれば、
「逃がすかよオラァ!女をつれてきゃ十万円、テメェは全殺しだ!」
 どやどやと店を突っ切り追いかけてくるチンピラ共。あああご主人すみません。今度メンツ集めてここで飲み会させてもらいますんで。
「つうかお前ら、十万で誘拐罪を背負うつもりかよ」
 言っておくが社会的信用はいざ失ってみると取り戻すのに十万や百万ではきかないんだぞ、これだから本当の意味で頭の悪い連中は――などと思考を逸らしたのがいけなかったのかも知れない。次の瞬間、おれは足をもつらせ盛大にすっころんでいた。
「大丈夫ですかっ!?」
「立ち止まるなっ!」
 ああもう泣きそう。怪我ならともかく、運動不足で足がつったのである。いざ一般人が映画のようなシチュエーションに巻き込まれても、ヒーローのようには行動出来ないという見本になってしまった。
「早く行けっ!」
「でも――」
 ここでファリスが躊躇したのは、判断を誤ったのではなく、迷ったからだ。己が標的という事は彼女も判っている。だが散々挑発されて頭に血が上った連中が、おれを無傷でスルーするはずはなかった。
「気にすんな、給料のうちさ」
 まあ腕と前歯くらいは仕方ない。
 そう、腹は括ったつもりだったのだが。
「……だから、行けってのに」
 皇女は、踵を返していた。紫水晶の瞳がおれを見つめる。桜色の唇が微かに動き、声なき声でルーナライナの言葉を紡いだ。
 ”アルク”と。
 そして腕を取って立ち上がらせる。
「……ごめんなさい」
 時間としてはわずか。だが、チンピラ達がおれ達に追いつくには十分な時間だった。背後から風。とっさに皇女を庇う。振り返りざまに顔面に一発いいのを貰った。
「……っ痛ぅ」
 視界がぶれる。口の肉が歯に当たって裂けた。こりゃしばらく口内炎は確定だ。両腕を上げてなんとか二発目をブロック。だがガードが上がったところにボディ。今度は入った。腕の隙間から怒り狂ったチンピラの顔が覗く。よく見れば最初におれが顔面パンチを入れた奴だ。嘔吐感をこらえる。口先三寸も通用しそうにない。あーもう。ここで玉砕するっきゃねえかな!
 
「――おまたせっ!!」
 その声は頭上から聞こえた。
 後ろから助走をつけて跳躍。おれの頭を台にして跳び箱の容量でもう一段己の身を引き上げ空中で一回転――そしてその勢いを微塵も殺さず、我がアシスタント七瀬真凛は鉞(まさかり)のように踵を振り下ろした。
「はぎゃっ!?」
 異様に小気味の良い破裂音。助走と落下と回転の勢いを全部乗せた踵がチンピラの鎖骨を容赦なくへし折ったのだ。しかもそのまま体勢を崩すことなく、苦悶に反り返った胸を蹴って真横に跳躍。後続のチンピラ……おれが電撃をかました長髪ピアスに襲いかかる。空中から無造作に左手で長髪、右手でピアスをひっつかみ、そのまま背骨を軸として全身の筋肉をうねらせ、ぐるんっと一回転した。
「うっわ」
 おれは思わず声を漏らしてしまった。長髪とピアスをハンドル代わりにされて首を捻られ、ちょっと言及できないほど凄惨な状態になったチンピラ二号が顔を覆って悶絶する。残心しつつバックステップ、おれ達を背後にかばうその様はまさしくヒーローのそれであった。
「なんだテメェ!?」
「ガキか?今何しやがった?」
 後続のチンピラ達が呆気に取られ、足を止める。その一瞬、魔法の杖のように伸びた真凛のつま先がさらに一人の鳩尾を蹴込んでいた。これで三人。
「集団戦?いいよ」
 ぞっとするほど冷たい声。この娘の本質、刃物じみた美貌が垣間見える。
「そういうのは得意だから」
「真凛さん!!」
「遅くなりましたファリスさん!もう大丈夫ですよ!」
「もう腹痛はよくなったのか?」
「おかげさまで!休んだあと御礼言って一度事務所に戻ったんだよ。そしたらあんた達が来たから――」
「ああ。それでパンツも履き替えてたのか」
「…………な」
 うん、まあなんだ。いくら色気よりも食い気とは言え、スカート履いて飛んだり跳ねたりは、ちょっとな――って、
「痛ッてえじゃねぇか!?普通顔面蹴るか?」
 さっきのパンチよりよっぽど痛ぇぞ!?
「うっさいバカ!普通助けてもらってその台詞はないでしょ!?バカでしょアンタ!?あのまま死んでればよかったのに!バカ!」
「おいお前今バカって三回言いやがっただろ?」
「亘理さん、さすがに今のはどうかと」
「え………まずかったかな?」
「ルーナライナでしたらその場で射殺されても無罪判決のレベルです」
「……ま、まあそれよりアレだ。真凛、そいつらをやっつけてしまえ!」
 自分がダメな悪の幹部になった気がする。四天王最弱とかそういう奴。
「……あとできっちり話しよっか」
 猛獣めいた視線の女子高生。小娘一人、だが異様に喧嘩慣れしたその雰囲気と、何より三人を瞬殺してのけた技量。チンピラ達は明らかにひるんだ様子だった。

『あらあら、これは良くない状況ですわね』
 胸の下で腕を組んだ美玲が言う。暗闇を見通す彼女の視界の中では、七瀬真凛に突っかかっていった与太者達が、ほとんど鎧袖一触の状態で次々と戦闘不能に追い込まれている。
『当然だ。小銭をばらまいて雑魚を集めたところで所詮は雑魚。戦闘要員のエージェントが出てくればそれで終わり。自明の事だ』
 そう言って颯真が横目でビトールを睨んだのには当然、無断行動への非難もあるが――
『まさかこれで終わりか、とでも思っているのだろう?』
 陽が殆ど沈み、あたりを覆い尽くす夜の帳の向こうから、ビトールの声が響いた。
『違うのか?』
『当然、終わりではない。与太者どもをかき集めてけしかける程度ならば子供でも思いつく方法だ。本番はこれからよ』
 闇の中、その瞳のみが異様なぎらつきを放つ。金色の輝きの中で、瞳孔が縦に裂け、そして拡がった。筋肉質の大男の輪郭が黄昏ににじみ、ぼやける。陽炎のようにゆらいだそれは、やがて二足歩行のままに、全身の毛を炎のように逆立てた異形のけだもののそれとなった。
 闇の中、”それ”は己が歯を食いしばり、そのまま大きく呼気を吐きだした。口腔内で一度せき止められた呼気が圧をかけられ歯と歯の隙間から幾条も吹き出す――朦々たる黒煙となって。
『――”ルーナライナとトウキョウとでは条件が異なる?”』
 再び男の姿がかき消える。夜の闇よりなお暗い、光を呑む靄によって。
『――”兵隊もいないのに?”――いかにも人間が口にしそうな言い訳よな』
 しばらく黒い靄の中に眼を凝らしていた美玲が、やがて得心がいったように組んでいた腕を開いた。
『これはこれは――そういう筋の方でしたか。こう言っては何ですが、我々の反りが最初から合わなかったのは仕方のないことだったのかも知れませんね』
 闇の向こうで空気が震える。ぐつぐつと笑い声。
『そうさな。本来は俺は喰う側、お前達は喰われる側――だ。女、貴様のししむらを食い千切れなかった事は心残りだが、それはまたいつかの楽しみとしよう』
 轟、と突風が一つ。
 黒い靄が風に散る。美玲が風になぶられた髪をかき上げた時には、すでにルーナライナ軍大佐ビトールの姿は雑居ビルの屋上からかき消えていた。
「行ったか」
「追いますカ?」 
「それこそまさか、だ」
「一応確認ですケド、我々ビトール殿を止めに来たコトデスヨ?」
 己の忠臣の言葉に、若き暴君は鼻を一つだけならした。
「気が変わった。ビトールの奴、頭はともかく腕はそこそこ立つようだからな」
 先ほどビトールが凭れていた手すりに身を乗り出し、劉颯馬は言った。
「七瀬め。『竜殺し』、どこまでやるのか見せて貰おう」
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月21日 (土)23時17分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 11

「先ほどもご説明したとおり、侵入者騒ぎがあったわけですが」
 おれはお茶を飲み干し、口の中を潤した。
「我々としても依頼を受けた以上、スイカの番は責任を持って果させていただきます。そのためにもこのご依頼についての確認をしておく必要があると思うのです。改めて二つ質問があります。一つ。笹村さんが開発されたスイカの研究データは、今どちらにあるのですか?」
「研究データはここ、私の個人用のノートPCですね。いつもあの部屋に置きっぱなしだったんですが、作業に備えて持ってきました」
「了解しました。で、二つ目。これが肝心な質問なのですが」
 おれは一つ間を置いた。
「そもそもあのスイカには、いったいどんな秘密が隠されているのですか?差支えが無ければ教えていただけませんか」
 ついに核心に切り込んだ。しばしの沈黙が、辺りを満たす。おれが笹村氏の表情をみやると彼は――きょとんとしていた。ついで、堰を切ったように笑い出す。
「な、なんかヘンなこと聞いたっすかねおれ?」
 思わず口調が素に戻ってしまう。
「い、いえ別に。ただ、秘密なんて。そんな大真面目な顔をしておっしゃらなくても」
 ちょっと傷つくなあ。直樹が引き継ぐ。
「しかし、長い間の研究の成果でしょう?例えば凄く味が良いとか、色が赤くて通常の三倍収穫出来る等といったものではないのですかな」
 そんな便利なものじゃありませんよ、とのたまう笹村氏。笑いが落ち着いたのだろう、彼はお茶のお代わりと、煎餅が尽きたのか草餅をおれに勧めてくれた。とりあえず頂く。
「だいたい、そもそもがこのスイカは職務で作ったものではないんですよ。あくまで個人的な研究だったんです」
 草餅をほお張りながら笹村さんは述べた。だから、職場の方にもデータとかは持っていっていないんですよ、とも。
「……例えば、クランビールの時期主力商品の素材になるとか、ではないのですか?」
 そうなればちょっとした価値モノだ。産業スパイが然るべきルートで捌けばそこらの美術品並みの値になる。しかし、
「そんな大層なものではありませんよ」
 にこやかに笹村さんは笑う。
「これはね、まあ妻に頼まれたものですから」
「奥さんとの約束?しかし、奥さんはすでに……」
 っとと。我ながらつまらん事を言ったな。
「ご存知ですか。ええ、三年前に死別しましてね。ちょうど今ごろ、お盆の時期でしたよ。仕事先の西アジアから久しぶりに帰省して、みんなでお墓参りに行こうということになっていました」
 しかし、帰国時の飛行機は不幸な事故に遭い、笹村氏の奥方は生きて日本の土を踏むことは無かった。羽美さんと調べた情報はほぼ正鵠を得ていたことになる。当たっても大して嬉しくも無いが。
「妻はね。どうもあそこら辺の国が好きだったみたいです。商社の仕事も、どちらかと言えばあっちの国で働きたいために就職したようなところもありましてね」
「そういうものですか……」
 おれは一つ首を捻った。実はおれや直樹もそこらへんの国を訪れたことがあったりもするが、政情不安定な場所もあったりして、出来得るならば通らずに済ませたいところ、などといった印象しかない。
「実を言うと私たちが初めて出会ったのもそこだったんですよ」
 笹村さんが挙げた地名は、日本ではあまり有名ではない国の名だった。
「ああ、そこでしたか」
 直樹が言う。
「かなり北に位置しながら内陸の気候の都合上砂漠が多い土地柄ですな。ついでに言うならお世辞にも国土は豊かとはいえない」
 もうちっと言葉を選べよ、と思いつつもおれも同感だ。
「私は学生時代に農学部に所属していた、というお話はしましたよね。実は一年ほどそこの研究生達で、ボランティアとして各国へ技術協力をしにいったことがあるんです。そこは見渡す限りの砂漠でしてね。その過酷な条件でも作物を栽培出来るようにするのが私たちの仕事だったんです。そこで同じくボランティアの通訳として来ていたのが瑞恵……妻だったのですよ」
 同じ目的を持つ二人はたちまち意気投合したのだという。
「砂漠にもっとも適しているのはスイカ、メロンなどの瓜類なんです。そもそもがアフリカの砂漠のオアシスが原産地ですし。中国の内陸部なんかでは、売り物にもなるし、持ち運びが出来る手軽な水分としても非常に重要な役割を果している。経済と食糧事情の双方に改善効果があるわけです。どちらで行くか試行錯誤したのですが、我々はスイカを選ぶことにしました。過去、実績もありましたしね」
 笹村氏には自信も熱意もあった。そして後に奥方となる女性の支えもあったのだが、結果として、一年をかけたこの試みは失敗に終わったのだという。
「気温が低かったんです」
 とは、笹村氏の弁だ。
「砂漠ですから当然、日夜の温度差が激しいことは覚悟していました。しかし、肝心の日中の気温が、アフリカや中東の砂漠とは大きく異なっていたのです。結果として私たちの持ち込んだ品種は、ろくな実をつけることはありませんでした」
 口惜しかったですね、と笹村氏は言った。きっと本当に口惜しかったのだろう。今その言葉を口にした時も、その表情は苦かった。
「日本に引き揚げて妻と結ばれてからは私は外国に出ることはありませんでした。妻はあちこち飛び回っていましたがね。でも、あの時の悔しさは妻も同じだったのだと思います」
 いつかあの国に、もう一回スイカを作りに行こう。それが奥さんの口癖だったのだと言う。だからもっと低い気温でも実る強いスイカを生み出してくれ、私も手伝う。そんな事を言っていたのだそうだ。
「私もその思いは一緒でしたよ。でもやはり就職してからは忙しくて、正直それどころではなかった。気がつけば十年も経ってしまっていましたよ。あいつが死んで、ようやく本気で作る気になったなんて、馬鹿な話です」
 視線はおれに向けられてはいない。その先にあるものはまた、別の風景か、人物なのか。
「だから、このスイカは、味も収穫量も、現行の品種と大差はありません。しいて言えば、冷夏でも実る。それがこのスイカに隠された秘密です」
「冷夏でも実るスイカ、ねえ」
 おれは首を傾げた。んなもんあんなブッソウな奴を雇ってまで奪いに来るものかねえ?
と、そんな思考は背後からの声に遮られた。
「おい、亘理、携帯が鳴っているぞ」
「おっとと」
 慌てて携帯を取り出す。相手は……真凛か。
「真凛か。どうした?」
『陽司?あのねえ。たしかあの宅配便のおじさんの会社ってあそこだったよね?』
 真凛が大手の名前を挙げる。たしかにそのとおりだ。
『今、ここから外を見てるんだけど。荷物を配っているにしては不審な動きの人が、それぞれ三人。なんかここを取り囲んでるみたいだよ』
 ふむ。どうやらあちらさんもだんだん手段を選ばなくなってきたってことかな。どうやらあまりここに長居をしているわけにもいかないようだった。
「了解。おれ達もすぐにそっちに行く」
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登録社員名簿:056 『眠り亀』 十亀 達興

「僕らの仕事は足を引っ張ることだけだよ。……徹底的にね」

【名前】十亀 達興(そがめ たつおき)
【通り名】『眠り亀』(スリーピングトータス)

【所属】C.U.B.E.
【年齢】40
【容姿】いつも眠そうな目をしたエンジニア
【正業】C.U.B.E. 正社員(社外ネットワーク管理課長)
【経歴】
 本社勤務のC.U.B.E.正社員。
 普段は顧客のトラブルに対応するごく真っ当なヘルプマネージャーだが、
C.U.B.E.の要請に応じて裏の仕事にも対応する。
 いつも己の席で半分居眠りしており、新人からは
仕事をしているのか訝しまれることもしばしば。
 しかしそれは己の張り巡らせたイントラネットを
完璧に掌握・管理しているからこそ出来ることであり、
いざ有事の際には目を見張るほどの迅速な対応をなす。

【スキル】
『盤古の長城』
 十亀が張り巡らすセキュリティ。
 彼は 他のハッカー達のような「天才的なひらめき」は持たないが、
C.U.B.E.社の設備と人員を用い、厳密な相互チェック、
デジタルとアナログを組み合わせた認証システム、
機材の性能と回線の速度に物を言わせた、
愚直なまでに王道の物量作戦で鉄壁の防衛網を築く。
 一つ一つの壁はハッカーにとって決して破れないものではないが、
それを五個、十個と突破するためには倍々でリスクを負う羽目になるため、
企業に雇われたハッカーが、十亀が防衛についたと聞くと任務を降りる事もしばしば。
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人災派遣のフレイムアップ 第7話 『壱番街サーベイヤー』 16-a

 留学生向けの寮を出たおれ達は、管理人さんに礼を言って鍵を返し、香雪達に電話で報告した。ようやく日が落ちたばかりだというのに、既に連中は出来上がっており、すでにおれに鍵を預けたことなど記憶の彼方に埋もれてしまっているらしい。友人達の防犯意識を不安に思いつつも、おれはファリスとともに相盟大学を後にした。キャンバスを離れ、事務所へ向けて歩く。ものの十五分も歩けばたどり着く――はずだったのだが。
「ねぇ、マジ?マジだろこれ、マジヤバイよな?」
 大通りを折れ、事務所に向かう細い道路に入り込んだ時だった。
「へぇマジかよ、銀髪なんてホントにいるんだな」
「ヤベー!マジだわコレ」
 おれ達の行く手を、八人ほどの男が塞いでいた。通路の両端に座り込みこちらにじろじろと無遠慮な視線を向けていたのだが、おれ達が通り過ぎようとするとにわかに立ち上がり、なれなれしい様子で近づいてきたのだった。タバコ臭い息を吐き散らし、先頭の一人が話しかけてくる。
「あ、あの、貴方たち……は?」
「うおーマジ?日本語わかんの?やっべオレお友達になっちゃう?なっちゃう?」
 下品な笑い声。いずれも二十代かそこら。染めた髪。異性の目を意識しているくせに、細部までは行き届いていないだらしのない服装。相盟大学の学生かとも思えたが、その顔に浮かんだにやにやとした笑み、そしてこちらに向けられる明確な悪意が、連中を典型的なチンピラの類いであるとはっきり示していた。その一人、タバコ臭い息の男が無遠慮に近寄ってくる。
「なあ姉ちゃん、日本はじめて?おれ達が色々案内してやるよ」
 台詞にまでコピペめいて独創性がない。連中の視線がおれとファリスどちらに向いているかを確認――悲しいかな、おれも恨みを買う相手にも理由にも不足しないのだ――し、視界の端で後背を捉えると、そこにもすでにチンピラ達が立ちふさがっていた。明らかな待ち伏せ。こちらがここを通ることを確信していなければ出来ない行動だ。合計十三人。おれはため息をひとつ、肩にかけていたザックを下ろす。
「まあ貴方たちにもヤベーくらい魅力的な女性に一声かける権利くらいはマジ認めて差し上げても構いませんが。マジ世界情勢と政治についてヤベー視点と二時間くらいは語れる知識はお持ちでしょうか?マジ僭越ながら現時点ではヤベーほど準備不足ではないかとマジ推察いたしますが」
「ア?何わけわかんねぇ事言ってんだよガキ。すっこんでろや」
 そういや二十代ってことは、こいつら一応年上になるんだよな。年長者には敬意を払いましょう――年月が知恵と人格に正しく蓄積されているならば。おれはすみやかに態度と二人称と切り替えることにした。
「すまんな。会話のレベルをお前達に合わせてやるべきだった。わかりやすく言うとこうだ。――今すぐ舌を噛んで死ね。そして生まれ変わって神様に顔面と脳ミソを作り直してもらってから出直してこい」
「喧嘩売ってんのかテメ――ぶっ!?」
 歯をむき出しにして威嚇するチンピラの顔面にザックを叩き付け、
「当たり前だ。それともいちいち確認しなければ理解できんほど残念なのか?」
 渾身の自己流右ストレートをたたき込んだ。真凛あたりなら「腰がぜんぜん入ってない」と評しただろうが、素人の喧嘩ならこんなものである。ザックを緩衝材代わりにしたのは、歯や鼻骨を殴って拳を傷めないためである。
「わた……あのっ!」
 おれの名前を叫ぼうとして思いとどまるファリス。大変賢くてよろしい。
「逃げるぞ!」
 先頭のチンピラがよろよろと後ろの仲間にもたれた。それによって崩れた包囲網の隙間に身体を割り込ませ、皇女の腕を強く引き寄せる。予期していたのだろう、ファリスは逆らわずにおれに身体を預けてきた。受け止めると同時にすばやく反転し、皇女の背中を通りの奥に押し出す。
「大通りまでまっすぐ走れ!」
「はい!」
 視線を一度だけ交わしたあと、躊躇せずに走り出す。聡明な娘だ。ここで変におれを心配して立ち止まったりしては、却って双方に危険が増す事を弁えている。
「ンだテメェなに邪魔くれて……ぶげあ!!」
 後続、長髪にピアスのチンピラがつぶれた蛙のような悲鳴を上げ、突如雷に撃たれた様にひっくり返る。いや、比喩ではなく雷に撃たれたのだ。違法改造携帯電話『アル話ルド君』裏機能の一つ、電針銃(テーザ―)モードである。過剰にコンデンサの電圧を高め、ガス圧でワイヤー付きの仕込み針を発射し電流を流し込む射撃型スタンガン。もちろんよい子が街中で持ち歩いて良い品物では決してない。
「てっめ……」
「死にたくなけりゃ近寄るんじゃねえぞ!!」
 おれは大声を張り上げ、チンピラ共に電針銃に変形させた携帯をつきつけた。自慢じゃないが喧嘩の腕はからっきしである。しかし喧嘩というものはレベルが低ければ低いほど、戦闘の技術よりも威嚇が重要になる。要は猿山の縄張り争いだ。そしてこれも自慢じゃないが、ハッタリには自信がある。何しろこの電針銃、弾数は一発のみだったりするのだ。大音声と威嚇に、相手が歩を止めたその一瞬に合わせ、おれも踵を返し通路の奥へと駆けだしていた。
「逃がすな!捕まえろ!!」
 背後から刺さる怒声を無視して、おれは走った。
 だが奥に向けてしばらく走ると、先に行ったはずのファリスが棒立ちで佇んでいた。
「何やって……」
 文句を言いかけて気づいた。大通りに通じる細い通の突き当たりに、ねじ込まれるように趣味の悪いワンボックス車が停車していたのだ。もちろん進入禁止である。あのチンピラどもの移動手段、兼即席の壁ということか。舌打ちを一つ。なかなか知恵が回るじゃないか。
「こっちだ!」
 ファリスの手を引いて左に折れる。背後からは「曲がったぞ!」だの「左だ!」だの声。おれ達は右に左に道を折れ、雑居ビルの裏へとまわった。ビルの通用口の前では、休憩中なのだろうか、くたびれたサラリーマンが数人、タバコをふかしているのが目に入った。ここを抜ければ大通りに抜けられる。日ごろの運動不足で上がりつつある息を抑えつけ、ファリスの手を引き走る――だが。
「亘理さん!」
「っと!」
 ファリスの悲鳴。反射的にザックを振るったのはおれの反射神経から考えれば上出来だった。舌打ちが聞こえた。見れば、さっきまでタバコをふかしていたはずのサラリーマンが、唐突にファリスに向けて腕を伸ばしてきていたのだった。ザックを叩き付けられた腕を引っ込め、おれをにらみつける。
「クソが……、大人しくしやがれよ」
 その焦燥感に駆られた濁った眼を見て、おれはだいたいの事情を理解した。
「『アーバンジョブネットワーク』」
「な……」
 男達の動きが止まった。図星か。
「どうせギャンブルで借金こさえて、ろくでもないバイトに手ぇ出したってとこだろ。アンタらの身元、メアドと住所くらいならすぐわかるぜ?」
「ま、待て……」
 男達はあきらかに狼狽したようだった。
「動画つきでネットにさらしてやってもいいんだぜ。クビになった上に前科がついちゃあ借金返せても割に合わんと思う――がねっ!!」
 口からなめらかに脅迫を垂れ流しつつヤクザ・キック。ダメージは最初から期待していない。腰が退けた相手を押しのけて突破口を開き、おれ達はさらに通路の奥へと身を躍らせた。遠ざかる男達の罵声を背にひた走る。

 
『ふん、ネズミも逃げ回るとなれば小知恵を効かすものらしい』
 とある雑居ビルの屋上から、それらの騒動を見下ろす無国籍な風貌の大男が一人。手すりに凭れ、軍用の双眼鏡を覗き込みながら独りごちる。手すりには持ち物なのだろうか、杖……と言うには太く長過ぎる、異形の鉄棒が立てかけてあった。軍から支給されたレーションを噛みちぎり、舌打ちを一つ。
『それにしても日本人はなぜこうも惰弱なのか?どいつもこいつも栄養の行き届いた体格をしていながら、ルーナライナの物盗りのガキより足が遅い』
 日本の晩秋、すでに冬の気配を漂わせており日は短い。すでに夕陽は高層ビルの隙間に半ば以上を沈めつつあった。それに抗うように家々の窓やネオンの看板が灯りだし、狭い通路の様子はそのコントラストの中に急速に埋もれてゆく。だが大男……ルーナライナ軍大佐ビトールの瞳は、宵闇の中を逃げ回る第三皇女の姿を見失うことはなかった。
『何をしている?』
 背後から英語での問い。驚きはなかった。
『『朝天吼』か』
「ほう、足りない脳でも俺の名前くらいは覚えていたか」
 振り返れば、仏頂面の少年……劉颯真がそこにいた。接近そのものにはとうに気づいていた。いかに気配を隠して近づこうとも、彼の体毛は空気の震えを捉える。もっともこの傲岸な少年にとって、隠れて近づくなどという考え自体が選択肢として存在しないようだが。
『ここは俺の作戦領域だ。貴様等が今さらその青いクチバシを突っ込む隙間はないぞ』
「なぜ勝手に動いた?しばらくは皇女を泳がせることで合意したはずだ」
 颯真の声が低く沈む。その声は激昂する少年のものではなく、己の領を犯した者へ罰を下す王のそれであったが、ビトールは鼻を一つ鳴らしたのみだった。
「閣下のご命令があったのだ。物事は迅速に為せ、とな」
 颯真の眉が急角度に跳ね上がる。
「ワンシム様はお忙しい方だ。貴様等の効率の悪いやり方につきあう必要などない。女など攫ってきて尋問で必要な事を吐かせればそれでよい」
『尋問?拷問の間違いではないでしょうか』
 少年の傍らに影のように従う女、『双睛』が言う。その魅惑的な肢体を眺めやり、小さく舌なめずりをする
『馬鹿を言うな。ルーナライナの軍人が民間人を傷つけるような恥ずべき真似をするものか』
『逮捕した市民を砂漠で一昼夜連れ回すのがお好きと聞いたのですけれど』
 ビトールの目尻が歪む。――おぞましい悦楽の記憶に。
『俺は慈悲深い男でな。怠けがちな市民の運動不足解消につきあってやっているのだ。健康のために裸足で砂漠の上を一日歩く。すると皆、なぜか俺に感謝して色々と喋りたくなる。人徳というものだな』
『熱砂の上を歩かせられればそうでしょうね。特に足の爪を剥がされた状態であれば』
『ふん、随分と些事を調べ上げているようだな?』
『くだらん問答はいい。今すぐ駆りだした雑魚共をまとめてここを去れ。そうすれば合意を反故にしたことは不問にしてやる』
『ハ!寝言を抜かすなよ小僧。取り違えるな、俺達がお前を雇っているのだ。俺達が予定を変更すれば、お前達がそれに合わせる。当然だろう?」
『ほう。――要求を呑む気はないということだな?』
 颯真が右足を一歩踏み出す。コンクリの屋上が、みしりと軋んだ。
『当たり前だろう。それから小僧。最初から目に余っていたが、貴様、雇用主に対する態度にだいぶ問題があるなア?』
 ビトールが向き直る。両腕を大きく開き、その唇から歯茎がむき出しになった。
『――お楽しみをお邪魔してすみませんが』
 激発寸前の空気は、狙い澄ましたタイミングで差し込まれた美玲の声で霧散した。屋上から路地裏を見下ろす彼女の瞳は、都会のネオン光を反射し、幽玄な淡い光を放っている。
『状況に動きがあったようですよ』
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月11日 (水)20時03分

文字サイズを調整しました。

機会があって他の人のPCの画面からこのページを覗いてみたら
かなり文字が小さい印象だったので、レイアウトをいじって文字サイズを大きくしました。

どのくらいの文字サイズがちょうど読みやすいのか、というのは悩みどころでして。
自分のPCの画面で一番読みやすいからと言って
他の方のPCでその通りに表示されるとは限らないのが難しいところです。

とりあえず、「文字が大きすぎる/小さすぎる」等のご意見は
お気軽にコメントででも寄せてやってくださいまし。
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人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 10

 埼玉県草加市。埼玉でも特に南部に位置するこの街には、おれ達が居た千代田区のマンションからドアツードアで四十分とかからずに到着することが出来た。時刻は夕方。東武伊勢崎線の駅を出て、おれ達は羽美さんが打ち出してくれた地図を頼りに駅前の商店街を進んでゆく。草加といえば煎餅が有名なのだそうだ。帰りに余裕があれば事務所の面々にお茶受けでも買って行ってやるとしようか。
「んで、またお前とかよ。鬱陶しいからおれの側を歩くんじゃねえよ」
「他人の台詞を横取りするな。今日は真凛君と仕事がてらのんびり街を散策しようと考えていたのだぞ?何故貴様のようなリアルキュビズムと歩かなければいかん」
 何気にすげえこと言われてる気がするぞ。ちなみに真凛はと言えば、宅配便のおっさんがどうやら昨日攻め込んできた黒いコートの男だとわかった途端に『ボクが留守番します!』と猛烈に主張し出した。……まあ、動機はわかりすぎるほどわかるのだが。このため、おれとコイツとが外に出ることになったのである。
「はん、どーせ平面の女の子しか興味が無いんだろ?」
 それを耳にした直樹、やれやれ、なんて哀れみを込めた目でこちらを見やる。
「亘理。女性に好意を向けられた事の無い貴様には到底理解し得ない心情だろうがな。俺は世の少女達は全て愛しいと思うぞ。二次元三次元問わず。これは真実だ」
 だから『少女』って限定するなよ。そんなおれの言葉も届かないのか、奴は嘆かわしげに額に手をやる。
「しかし万物は移ろい往くもの。愛した少女も時が過ぎ行くほどに成長し、いつかは大人になり巣立ってゆくものよ。その度に俺が味わう身を斬られるかの如き辛さ、貴様ごときにはわかるまい」
 素直に○学生以下しか愛せませんって言えよこの××野郎。
「その点!ゲームやアニメの中の少女達は素晴らしい。彼女達は何と年を取らぬのだ!!常に永遠の無垢を持ってそこに在る。人類は二十世紀に到って性的衝動と浪漫を類別することについに成功したのだ!」
「おっ。あれが笹村さんの実家だな」
 おれは歩を進める。コイツと一緒に補導されるのは真っ平ゴメンだ。通路を曲がってすぐ、角の所にその家はあった。うぉっほん、ここからは営業モード。インターホンを押す。
「失礼します。当方笹村氏にご依頼頂きました『フレイムアップ』という会社のスタッフのものなのですが」
 生垣に囲まれたその家はちょっとしたものだった。門越しに見える庭園は純和風。坪数も大したものだ。石灯籠の側に掘られた池には間違いなく鯉が飼われていると見て良いだろう。インターホン越しのおれの問いかけは沈黙を持って報われた。仕方が無い、予想されたことだ。では次の行動に移ろうか、と考えていると、
『ああ、フレイムアップの方ですか。どうもご苦労様です。お入りください』
 そんな声がして、門のオートロックが外れた。思わず直樹と顔を見合わせてしまう。
「失礼ですが、笹村周造様はご在宅でしょうか?」
 やや警戒交じりのおれの声に対する回答は、
『ええ、私が笹村周造です』
 いともあっさりしたものだった。
 
「お暑い中よく来てくださいました。お茶菓子は煎餅で良かったですか?」
「いえ、お構いなく……」
 純和風の邸宅の居間の中、おれと直樹は座布団の上で正座して神妙にお茶など啜っている。縁側越しに先ほどの見事な庭が一望出来るのだが、どうもこう広いと落ち着かない。
「しかし、正直に言って驚きましたよ。僕の部屋に強盗が入り込むなんて。取るものなんて何にも無いのに。いくら最近ついてないって言ってもなあ……」
 おれの目の前にいるのが笹村周造氏。昨夜突如失踪した依頼人にして、あのスイカが大量に溢れるマンションの主である。所長から聞いていたとおり、確かに三十代後半の実直な技術者、といった雰囲気だ。やや薄くなった髪を後ろに流し、厚めの眼鏡をかけている。今はポロシャツを着ているが、仕事場で白衣を纏っている姿が容易に想像できた。つい先ほどまでおれは手短に、今回任務中に起こった事件の概要を説明していた。その上で相手の正体を確かめるために情報が欲しい、と。それに対する回答が、先ほどの台詞である。
「驚いたなあと申されましてもね。当然予想されていたからこそ我々を雇われたのでしょう?」
 意識して感情を押さえてはいるが、おれの語調は若干きつかっただろう。そもそもこの人が極秘案件でろくに情報も流さずに留守番任務を依頼してくれたおかげで、おれ達は深夜のドタバタ劇を演じる羽目になったのだから。すると笹村氏はやや細めの目を大きく見開いて、
「極秘案件?とんでもない。スイカの番をお願いしただけですよ?」
「は?」
 ちょっと待ってくれ。
「失礼ですが、貴方は何か身の危険を感じておられたのではないのですか?だからこそ我々に部屋の護衛役を任命し、あなた自身は奥さんのご実家に身を隠された」
 笹村さんはぽかんとおれを見詰めて、目を三度しばたかせた。
「……何のことです?」
 傍から見るとかなりアヤしげな光景だ。男が三人、和室の居間で阿呆面を並べて向かい合っているというのは。五秒ほど経過した時点でまずは直樹が正気に戻った。
「どうやら、お互いに誤解があるようですな。差し支えなければ、今回弊社にご依頼いただくに到った状況を教えていただけますかな」
「ええ。お安い御用ですよ」
 おれは眩暈がしてきた。どこが詮索無用の極秘任務だよ。
 
 大手飲料メーカー『クランビール』での笹村周造氏の仕事は原料の品種改良だった。つまりは、ビールに使用する麦やホップ、ワイン用の葡萄、デザートに使用する果物類といったものについて、交配や栽培条件を変更することにより、より良い味、より高い生産力を引き出す仕事だ。もともと笹村さんは農学部出身であり、その知識を買われてクランビールに就職したのだそうだ。
 事の起こりは二週間ほど前に遡る。笹村さんが手がけていた品種の一つに、あるスイカがあった。以前から地道に研究、品種改良を続けていたのだが、それがこの度、ついに完成にこぎつけたのだという。笹村さんは喜び勇んで完成の結果まとめに入るとともに、今まで協力してくれた友人たちにもメールでお礼を送った。
「協力してくれた友人?」
「ああ。学生時代の研究室仲間やフォーラムで知り合った研究機関の人たちと、定期的にメールをやりとりしてるんです。ほとんどは茶飲み話と大差ありませんが、時々かなり突っ込んだ質問やアドバイスを貰うこともありまして。彼らがいなければ今回の完成はなかったでしょうね」
 なんとも嬉しそうにのたまう笹村さん。ところがそこから急に運が悪くなったのだ、と言う。
「運が悪くなった?」
 おれと直樹と二人して鸚鵡返しに聞いてしまった。
「会社からの帰り道、駅を歩いていたらひったくりに合ってしまって。愛用していたカバン一式を取られちゃいました。まあ、仕事の資料はほとんど会社に置きっぱなしなので文房具くらいしか実害がなかったんですけどね。それからしばらくして、今度は会社のロッカーに置いてあった出張用カバンがどっかいっちゃったんですよ。緊急時に備えて着替えと歯磨きセットが入っていたんですけど」
「はあ……」
「それで、ついこの間起こったのが会社のシステムチェックですね。なんでも私たちの会社のLANにハッキング攻撃があったらしくて。幸い事前に突き止められたので実害は無かったんですが、結局その日は総点検だの追跡だののてんやわんやで仕事になりませんでしたよ。おかげで次の日徹夜をする羽目になりました」
 困ったものですよねえ、などとため息をつく笹村さん。おれと直樹はさっきから口を開けっ放しの阿呆面を継続中である。っていうか、いくらなんでも気付くだろうよ。
「そんなこんなで縁起の悪いことが立て続けに起こりました。だからちょっと気分を変えたくなりまして。会社も夏季休業に入ったことだし、妻の実家に厄介になって、スイカに関する論文を一気に終わらせてしまおうと思ったのです」
「……あのう、つかぬことを伺いますが」
「何ですか?」
「今回ついに完成され、その論文にまとめられているスイカって……あの部屋に大量に植わっていたアレですよね?」
 笹村さんは子供のように表情を輝かせた。
「そうなんですよ!だから実家にしばらく厄介になるにしても、アレを放っておくことは出来なかったんです。私の研究の集大成、誰かに面倒を見ていてもらわなければいけないですからね」
「ということは。そのために我々を雇われた、とそういうことですか?」
「ええ!こういう事をやってくれる便利屋さんをタウンページで探したら、フレイムアップさんが載ってたんですよ。一覧の中から適当に選んで直接訪問したんですけど、受付の女性の人かなあ、感じのいい人だったんで一発で決めちゃいましたよ」
 ず、頭痛が。
「それで所ちょ……いや、受付の女性とはどういった対応をされたのですか?」
「ええと。どういったお仕事ですかと聞かれたので、留守番をお願いって言ったんですね。その後、多少料金は張りますが事情を一切聞かずに対応するか、事情を聞いた上で通常料金で対応するプランがあるとか言ってましたね。細かい事情を説明するのがわずらわしかったから一切聞かない奴にしてくれ、って言いましたよ」
 ……さいですか。
「料金等の提示はなかったのですかな?」
 直樹が言う。たしかに、何と言うかその、うちは派手なことをやる分料金もちょっとお高いはずなのだが。
「ええ、料金表を渡されましたよ。忙しかったんで見ないでとりあえずOKで返事をしておきました。まあ、便利屋さんの相場ってそう劇的に変わるものでもないでしょうし」
 変わるんですよ。頼むから見てくださいよ。っていうか、この人絶対に近い将来クレジットカードとか通信販売とかでトラブル起こすぞ。金を支払いする前には必ず情報は確認しような!おれからのお願いだぜっ。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月09日 (月)22時02分

登録社員名簿:055 『星辰遣い』シャーンドル・ガルバレク

「神秘?くだらん。こんなものはただの計算だ」

【名前】シャーンドル・ガルバレク
【通り名】『星辰遣い』(スターテイマー)
【所属】シグマ・コーポレーション
【年齢】27
【容姿】「鬼畜メガネという言葉以外に思いつかない」(同僚談)
【正業】某大学客員教授
【経歴】
 アメリカ出身、現在日本の某大学に滞在する天文学者にして数学者、物理学者。
 宇宙に関する膨大な観測データ収集とその統計分析に長じ、27の若さですぐれた論文を数本記している。

 数年前に星々の力を用いる『星辰魔術』に偶然出会い、以後その究明を”趣味”として嗜むようになり、
その実績を評価され、フィールドワークも兼ねて時折シグマ社での依頼を請け負っている。
 常に理詰め、かつデータに裏付けされた正論を詰問口調で展開するため、
大学の教え子には恐れられ、シグマの同僚達からはウザがられている。

【スキル】
『星辰魔術』
 星々の力によって遠見や予知、解毒や念動など様々な奇跡を起こす神秘の魔術。

 日々刻々と変わる惑星や星々の位置とその相関によって効果が増減し、
時には一秒タイミングを間違えれば効果が真逆にすらなりうる難度の高い術だが、
シャーンドルはスパコンのバックアップを用いて己の得意とする”身も蓋もない”統計分析で
神秘のベールを引っぺがし、極めて高い精度と確度で魔術を行使することが出来る。

 敬うべき星々を飼い慣らすものとして扱い、
「魔術に神秘性などない、いずれすべて統計で解き明かせる」と豪語するシャーンドルは、
当然ながら同門の魔術師達からの評判はすこぶる悪いが、実力は確か。

 通常の魔術行使の計算は暗算でこなすが、計算を行う余地のないシビアな戦闘においては、
研究室のスパコンと連携したスマートウォッチ『ポモドーロ』がタイミングを補正する。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月05日 (木)23時25分

派遣会社概要:012 『合名会社ドリームホープ企画』

【社名】
 合名会社ドリームホープ企画 (過去に様々な名前で設立・逃亡を繰り返している)

【代表】
 宇留間 リューイ (うるま リューイ)

【概要】
 爽やかな若社長、宇留間リューイの率いる
小規模ながら家族のように絆に満ちた派遣会社……というのは表向きの話。

 実際には業界のことをよく知らない異能力に覚醒したばかりの若者や、
他社で実績を上げられずくすぶっている者や、どうしても高報酬が必要な者を
言葉巧みに引き入れ、過酷な業務に従事させ上前をピンハネする無認可のブラック企業である。
 仕事の依頼主に対しても、任務のためと称して機密情報を聞き出すと
一転して恐喝に回るなど、その業態は極めて悪質、派遣業界全体の信頼を失墜させるほど。

 外道や悪質な能力者はそもそも雇わなければよいし、もしくはそういう能力者を専門に雇う海鋼馬もあるが、
派遣会社そのものが悪質であるため対応が厄介。
 業界全体からお訪ね者として指名手配されているが、社名を変え所在を変え、
現在も都内のどこかに巣食っては能力者を食い物にせんとしている。

【所在】
 都内を転々としており不明。
 住所だけみたら23区内の立派な所だが、勧誘されて実際に行ってみたら
雑居ビルの一スペースやアパートの一室などだった、などの報告多数。

【業務】
 儲かるのなら基本的には何でも。相場を知らない依頼主からは多くむしり取り、
業界経験のない能力者の報酬は徹底して削減し、使い捨てにする。
 悪評が広まり信用が底をつくあたりで姿をくらまし、社名を変えてまたどこかに出現する。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月03日 (火)21時40分

人災派遣のフレイムアップ 第7話 『壱番街サーベイヤー』 15

「ここが留学生向けの部屋ですか……」
 物珍しげに部屋を見回すファリス。留学生向けの寮は二人相部屋となっており、八畳の部屋の両側にベッドと机が据え付けられていた。右側は香雪のものらしく、壁は某アイドルの特大ポスターで覆われ、机とベッドにはCDや本、紙袋やバッグ各種が雑然と積み上げられている。かたや対面のナターシャの机は整然と片付けられ、本棚には見ただけで陰鬱になりそうなロシアの分厚いブンガクショがずらりと鎮座ましましていた。
『んじゃアタシ達はみんなで池袋に飲みに行ってくるからサ。その間この部屋をゆっくり下見してってよファリスちゃん」
『急な話ですみません、香雪さん』
『いいっていいってー。アタシもナターシャが抜けた後次に入ってくるのがファリスちゃんだったら嬉しいしね。あっ、陽司は三和土から一歩でも上がったらコロすからね』
『ふふん、おれは用もないのに女性の私室に上がり込むほど不埒ではないぜ?』
『へぇー、じゃあ用があれば上がり込むんだ』
『ま、長居はしないがね』
『それでは亘理さん、終わったら鍵は管理人さんに電話して預かってもらってくださいな』
『おー、ありがとさん』
 ナターシャ達にお礼を言って送り出す。他人が自室へ出入りすることへの気楽さは、さすが毎晩部屋飲みをやっている寮生といったところか。ちなみに直樹あたりは例え姉の来音さんであろうと部屋に寸毫たりとも立ち入ることを絶対に許さないらしい。
 扉が閉まると、ファリスは玄関を上がり、部屋の中を確認する。
「机とかベッドは、新しいものみたいですね」
 その様子は、どことなく落ち着かないように見えた。
「残っているわけ、ないですよね……」
 無意識の呟きには、かすかな失望と、安堵が含まれていた。そこに、おれは一つ言葉を放り込んだ。
「――『鍵』の手がかりは、ここにはなさそうだね」
「えっ……」
 反応を観察する。その一瞬、瞠(みは)られた彼女の紫の瞳に走った驚きは、『何を訳のわからないことを言っているのか』ではなく、『なぜ知っているのか』だった。
「ああ、やっぱりそうなのか」
「亘理さん、貴方は……」
「ごめん、カマをかけるような真似をしちゃってさ」
 おれは一つため息をつくと、玄関の横に据え付けられた鏡を見た。映り込んだ、誰とも知れぬ他人の顔。
「いくらセゼル大帝の遺言だとしたって”日本にある”なんて曖昧すぎる話だけじゃ君だって動けるはずがない。情報はないにしても、多少の目星くらいはつけていたんじゃないか、ってね。……この部屋に手がかりがあると思ったんだろう?」
 しかし、ここに至ってそんな手がかりを彼女がおれ達に隠すメリットはない。となれば、考えられる今の彼女の心情は。
「な、何を言っているんですか、ここに来たのは、ただの部屋の下見ですよ?」
 その手がかりが、当たりであって欲しくない――とか。
 
「アルセス・ビィ・カラーティ」
 
 その単語に、ファリスはまるで雷に打たれたように身を震わせた。
「なぜ、その、名前を」
「……おれなりに『鍵』のヒントを探ろうと思ってさ。実は今回の依頼を受けてから、片っ端からルーナライナと日本をつなぐ記事を検索してたんだ」
 そう言っておれは自分のこめかみを小突く。
「検索……新聞記事が頭に入ってるとでも?」
「ここ数年分の日経とニューヨークタイムズだけだけどね。あとは近所の図書館の書庫で一ヶ月かけて流し読みさせてもらったトピックスをプラス十年ほど」
 おれの言葉をタチの悪い冗談と受け取ったのだろう、ファリスは怒りよりもむしろ、悲しげな瞳でおれを見つめた。その憂えるアメジストにおれは一秒で降参。くだらない特技自慢はやめにして話を進めることにする。
「まあ、日本とルーナライナの繋がりといえば、技術交流と留学くらいしかない。『鍵』に繋がりそうな情報は思い出せなかった。……『相盟大学』というキーワードが手に入るまでは。過去にルーナライナから相盟大学に留学した人物は一人しか居ない」
 唯一の留学生。つまりは、この部屋のかつての主。
「アルセス・ビィ・カラーティ。相盟大学理工学部への留学生にして、大帝セゼルの曾孫。君にとっては、お互いの父親が従兄弟同士。いわゆる、”はとこ”だね」
 だが、アルセス氏をただのいち留学生と呼ぶには、いささか無理があった。
「存在に気づけば、彼と『鍵』の関係を結びつけるのは難しくない。何しろ彼は、」
「――”ルーナライナの売国奴”、でしょう?」
「……ファリス?」
 涼しげな声。美しい発音には何も変わりはないのに、それはまるで新月の砂漠のように、どこまでも乾き澄み渡った虚ろな闇を思わせ、おれの背筋をかすかに震わせた。
 
 血を絶やさぬ事が義務とされ、十代で子供を設けることが当たり前とされるルーナライナ王家にあっては、大祖父と成人した曾孫が同じ時代に存在することも決して珍しくない。アルセスは第二王子の血筋で、当時の王位継承権は十位以内。孫や曾孫達の中でも抜きんでて聰明であり、セゼルの後継者として最も期待されていた王子だったという。
「今でこそ第三皇女、なんて肩書きですけど」
 どこか他人事のようにファリスは呟いた。
「元々私は、領地も持たない傍流の王族。それに正妻の子でもありませんでしたから、子供の頃は、王宮で他のはとこ達の小間使いみたいな仕事をしていました」
「……なんか本当に、ファンタジー世界の話を聞いている気になるよ」
「でも、そんな中でもアルセス王子は、私や他の子達にも、分け隔てなく接してくれる人でした。私も物心つく前から、しょっちゅう彼の後をついて回っていたそうです」
「だけど。アルセス王子は、日本への留学が決まったんだよな?」
「はい。その頃は既に、アルセス王子はセゼル大帝の右腕となるべく、国の仕事を幾つも担うようになっていました。そして、その仕事の一環として日本へ留学することとなりました」
 モラトリアム延長のために『語学の勉強』と称して海外に留学するようなおれの友人どもとは異なり、開発途上の国から国費で留学してくる学生は、政治や経済のシステム、技術を学び、あるいは人脈を構築し、国に還元するという使命がある。アルセスもおそらくは、日本の技術を学び、あるいは将来のジャーナリストや政治家、起業家の卵達と交流をするという目的があったのだろう。だが。
「そこでアルセス王子は……彼は、とある日本の企業と接触を持ちました。ルーナライナの、金脈の情報を、渡そうとしたのです」
「ファリス?」
 最初に感じた、新聞記事を読み上げるような口調。失われていく抑揚。
「ルーナライナの金脈の情報を漏らす。当然それは、セゼル大帝が敷いた鉄の掟に違反するものでした。発覚した後、アルセス王子は直ちに拘束。国元に召還され裁判を受ける身となりました」
「ファリス、」
「当時、もっとも信を置いていた皇族の裏切りは、セゼル大帝を激怒させるに十分たるものでした。結果、アルセス王子はルーナライナの国益を大きく損ねた売国奴として、見せしめを兼ねて、他の皇族立ち会いのもと、郊外の砂漠にて斬首の刑に――」
「ファリス、もういい!」
 彼女の肩を強く揺さぶる。淡々と流れていた言葉は、スイッチを落としたように止まった。
「すまん、おれの考えが足りなかった」
 他の皇族の立ち会いもと斬首。彼女はそう言った。つまり。おそらく、彼女は――自分が子供の頃大好きだった人の、首が切り落とされる光景を目の当たりにしたのだ。
「無理をするな、今日はいったん引き上げよう」
「いいえ、大丈夫です……」
 皇女は力なく笑った。
「亘理さん、こう考えていたんでしょう?セゼル大帝の隠した金脈とは、アセルス王子が売り渡そうとしていた金脈のことじゃないか、って」
 おれは頷いた。そもそも徹底して金脈の情報を管理し、『漏らしたら死刑』を実践までしたセゼル大帝が、金脈の情報をわざわざ日本に隠す理由などないし、ましてや意地の悪い宝探しゲームを仕掛ける理由は全くない。だが、『信頼できる親族に、後継者として預けた』のであればどうだろうか。『アルセス王子だけが知る大金脈の情報』があれば、彼が後に王位を継承する時に当然発生するであろう、他の親族との権力争いに強力な武器となったはずなのである。そしてそれを他国に売り渡そうとしたのであれば……セゼルにとっては、二重に許せない裏切り行為だっただろう。
「当時、アルセス王子が接触していた企業が、その後金の採掘に着手したという事実はない。とすれば、アセルス王子が持ち出した金脈の情報は、セゼルの元に回収されたか――あるいは、行方不明になった」
 だからこそ『見つけることができれば、金脈の情報がわかる』という形になった。そう考えれば、辻褄は合う。だからこそ、アセルス王子の滞在した部屋に、何かの手がかりがあるだろうと踏んだのだが。
「そう、ですよね。アセルス王子の盗み出した情報。やっぱり、それしか考えられませんよね」
 皇女は深く息をついた。
「滑稽な話ですよね、国を救うため『鍵』を手に入れたいなんて言って、その手がかりも持っていながら、……こうして実際に日本に来るまで、その事実になるべく目を向けないようにしていたのですから」
「本当に目を向けようとしていなかったのなら、そもそもこの部屋を見てみよう、なんて気にはならなかったんじゃないかな」
「え?」
「ひとつ疑問があるんだ。アセルス王子は、なぜリスクを冒してまで、日本の企業に情報を売り渡そうとしたんだい?」
「それは……採掘を進めるにあたって、日本の企業の力を借りようとしたのでは」
「確かに、そうとも思えるけどねぇ」
 おれは首を傾げた。
「まあいいや。とにかく、留学生だったアセルス王子が何か大事なものを隠せた場所は、決して多くはないはずだ。自分の部屋、心を許せた友人、研究室。この三つに絞って進めてみよう」
「……はい。でもやっぱり、この部屋にはアセルス王子が使っていた頃の私物は残っていないようです」
「そりゃあそうだな。でも手がないわけじゃない」
 おれは軽薄に言うと、『アル話ルド君』を取り出し、先ほど聞いた番号にコール。
「あ、どうも管理人さんですか。――ええ、鍵を返す前にちょっと教えて欲しいんですが。留学生が寮を出る時、いらなくなった荷物はどう処分するんですか?――ええ。ええ。いや実は十年近く前に、ルーナライナの留学生が荷物を残したまま国元に急遽帰らなくてはならなくなった事がありまして。たまたま親戚の子が来日してその行方を――引き取った?――ええ。ええ。――わかりました、ええ。ありがとうございます」
「荷物は捨てられていなかったのですか!?」
 おれが通話を切ると同時に、視界に切羽詰まった皇女の顔が飛び込んできて、思わずのけぞってしまった。
「あ、ああ。アセルス王子の私物は、彼が所属していた研究室の人たちが、資料や書籍と一緒に引き取ったらしい。急に国元に帰って、戻ってくることもなかったなんて事態は珍しいんで、管理人さんもはっきり覚えていたみたいだよ」
「では、そこに行けば、何か手がかりが……」
「あるかも知れないな。とりあえず理工学部の教授どもには、アポを取っておくとするよ」
 昔ちょっとした雑用を片付けた事があり、多少の顔は利くのである。
「今日はさすがに無理だろうが、明日、日を改めて出向くとしよう」
「亘理さん、……ありがとうございます」
 喜びと、だがそれ以上に不安を抱えた紫の瞳。おれはそんな皇女の肩を軽く叩いた。
「まあなんだ。あれこれ悩むのは、まずフタを開けてからにしようぜ」
 彼女は小さく頷いた。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月01日 (日)23時33分
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