猫又公司


小説・TPRG系サークル『猫又公司』のウェブサイトです。

小説:人災派遣のフレイムアップ

人災派遣RPG

人災派遣RPG

リプレイ 『人材派遣のCCC』

CCC

ドラマCD&同人誌

プロフィール

管理人:紫電改
アイコン
小説、TRPG、サウンドノベルを中心に創作活動を行う同人サークル『猫又公司』のWebサイトです。作成した小説、TRPGリプレイ、ドラマCDなどの情報を掲載しております。
twitter@Shidenkai_79



ぴあすねっとNAVI様

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリー:スポンサー広告 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | --年--月--日 (--)--時--分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 1

 暑い。
 視界の中を街路樹が急速に接近しては後方へと流れてゆく。じりじりと天に昇っていく太陽の下、遠近法のお手本のような風景を次々と突っ切りながら、おれは必死に自転車のペダルをこぎ続けた。
 暑い。
 八月に突入すると、東京に居を構えている己の迂闊さというモノを時々深刻に呪いたくもなってくる。毎日毎日丹念に、アスファルトとコンクリに塗りこめられていく赤外線の波動。それは毎夜の放熱量を徐々に上回り、次第にこの世界をもんわりとした湿気と、縦横に交叉する熱線で築かれた狂気の檻じみたものへと変えていくのである。特に今年は例年にない異常気象……なんか毎年そんな事を言っているような気もするが……とのことらしく、もはや沸き立つ熱気が視覚に捉えられるほどである。そうここはまさに牢獄。地獄巡りナンバー4、焦熱地獄。リングのロープも蛇の皮で出来ていようってもんである。
 暑い。
 ……いかん。少し気を抜くと思考がどんどん横道に逸れていく。おれは自転車の籠に放り込んであるペットボトルを取り出し、少量口に含んだ。一応防熱カバーをかぶせてあるはずなのにすっかり温くなってしまっている。ただいまおれに携帯が許された水分はこのペットボトル250ml一本のみ。それももはや過半を使いきり残りはごくわずか。必死に自転車を漕ぐおれの背中に、近頃の環境汚染で色々とヤバイ種類の波長を含んでいそうな太陽光線がざすざすと突き刺さってゆく。Tシャツに覆われた胴にはひたすらに熱が篭り、覆われていない二の腕から先はむしろ塩を擦りこまれているがごとき痛みだった。
 暑い。
 街道沿いにいくつも見かけるコンビニが、涼んでいけよ、冷たい飲み物もここにあるぞ?と脳内のエセ天使どものごとき誘惑を投げかけてくるのを必死に振り払いペダルを踏み込んでゆく。一度コンビニに入ってしまったら再び気力を奮って自転車に跨れる自信はまったくなかった。それにどのみち、コンビニで飲み物を買えるほど財政に余裕があるなら、最初から私鉄に乗って悠々と冷房の効いた車内を満喫している。目下のおれの所持金は六十五円。あと十五円あれば小ぶりの紙パックのジュースが買えると言うのに、そんな思考すらも振り捨てて、必死に新宿は高田馬場を目指して自転車を進めてゆく。
 暑い……。
 体内物質の残量を把握することは、おれにとっては容易い。しかし忌々しいことに、把握できているからこそ、今体内に残された水分が深刻な状況に陥りつつある、という事態が極めてリアルに理解できてしまう。忌々しくも猶予は無い。そして何よりも、あの忌々しい事務所にたどり着けなければ生き延びることが出来ないという状況こそが最も忌々しい。そんな思考を神経に巡らせる脳内放電すら惜しみ、おれは疾走した。
 ――そもそもの事の起こりは八月の頭。ちょっとした個人的な事件に遭遇し、その際に(おれにとっては)大量の経費を支払ったのが発端である。そのうえ後遺症のひどい頭痛で寝込むはめになり、アパートの自室で食事もままならない状態に陥ったりしていた。横になっていれば体調も良くなるだろうとタカをくくっていたが、じりじりと上昇しつづける真夏の室温はおれの体力をむしろ奪っていった(ちなみにエアコン付きの部屋などというものは、おれの入居時の選択肢にそもそも存在していなかった)。
 そうして三日後。事ここに至ってようやく、これは援軍が来ない篭城戦に過ぎないという事態を認識した。そして死力を振り絞ってどうにか起き上がってみれば、元々乏しかった財布の中身はエンプティ、冷蔵庫の中身はスティンキィ、おれの腹はハングリィ、と綺麗に韻を踏んだ状態だったのである。とにもかくにも、生命活動を維持しなければならない。これでも死んでしまうと色々と彼方此方から文句を言われる身である(文句を言う奴ほどおれの生活を援助してくれないのだが)。そうしてふらつきながらようようアパートの扉を開き――周囲に広がっているこの焦熱地獄を改めて認識した、とまあこういうワケである。このまま資金もなく外に出ては半日も立たずに物理的に死亡が確定するだろう。熱波という兵力にぐるりと包囲されての兵糧攻め。ついでにいうなら保険証は学友に借金のカタに貸し出し中のため病院も不可。進退窮まったおれに、まだ止められていなかった携帯電話からメールの受信音が鳴り響いたのだった。
『仕事。即日。前金。』
 差出人は言うまでもないがウチの所長である。たった六文字三単語は、まるでこちらのシチュエーションを全て把握しているかのような三点バーストで的確におれを貫いた。おれは時計を見やる。電車に乗るカネもない。しかし残された僅かな余力をかき集めればなんとかここから高田馬場までの自転車通勤は可能だった。
 そんなワケで、おれに選択権は無かったのである。……いや、まあ。いっつも無いんだけどね。
 
 
「で、丸一時間かけてこの炎天下を走ってきた、と」
 今日もサマースーツを颯爽と着込んだ所長が、呆れ顔で見下ろしている。
「君って間抜けなようで計算高いようで、時々とんでもなく間抜けよねぇ」
 電話くれれば迎えに行くぐらいはしたわよ?と所長は述べる。
「……」
 事務所の床に大の字にひっくり返っているおれにはもはやコメントを返す気力も無い。そもそもこんな行動を選択する時点で充分に脳がやられていたと思われる。
「ホント、熱中症を甘く見ると痛い目にあうわよ?脳細胞が物理的に煮えちゃうんだからね。君の唯一の資本なんでしょ」
「面目ないっす……」
「っていうか、よくこんなになるまで部屋で寝てられたよね」
 炊事場から戻ってきた真凛が、水で濡らしたタオルをおれの顔に乗せる。ここにいるという事は、今回もこ奴とコンビを組むはめになったようだ。
「……鼻と口を……塞ぐな……それから……タオルはちゃんと絞れ……」
 などと言いつつ、タオルごしに吸い込む水蒸気でも今のおれにはありがたい。
「スポーツドリンクも買ってきたんだけど、文句言えるくらいなら要らないかな」
「……嘘ですゴメンナサイ……申し訳アリマセンでした真凛サマ……」
 はいはい、と手渡された缶飲料を少しずつ口に含み(すでに一気に摂取すると逆に危険な状態だった)、おれは全身の調節機能を徐々に回復させ、水分を体内に染み渡らせていく。真凛がしょうがないなあと言いつつ、机にあった下敷きでおれを扇ぐ。首もとを撫でる風が心地よかった。
「でもさ。いくら何でももうちょっと早く誰かに連絡するなりしなかったの?」
「そう言わないであげなさい真凛ちゃん。男の一人暮らしなんて一歩間違えれば、それはもう都会の孤島、コンクリートジャングルの哀れな被捕食動物に過ぎないんだから」
 亘理君は友達もいないしねえ、とつけ加える所長。
「……ひどい言われようですが、概ね正しいですよ」
 半身を起こし、真凛から再度缶を受け取って今度は一気にあおる。脳内の化学物質をちょいちょいといじって血流を増加。血管に急速に水分を補充してゆく。一瞬視界がブラックアウトしかけたが、それを乗り切ると見違えるように気分が良くなってきた。
「頭痛はどう?亘理君」
「おかげさんで吹っ飛びましたよ」
 三日も経てばそろそろ収まってくれないと困る。
「ついでにその、カロリーの類も補給させていただけると誠にありがたいのですが」
「じゃあ頑張って仕事しようね!」
 鬼。
「一人暮らしって大変なんだねえ」
「ウム。自宅通学のお前にはこの苦労はわかるまい」
「今度なんか作りにいってあげよっか?」
「……おれお前に殺されなきゃならないほど恨まれてたっけ?」
 致死劇物を食わされてたまるか。ぐあっ、下敷きで縦に殴るな、っていうかお前が振り下ろすとむしろ斬撃だ。
「して。そのまあなんというか」
 おれは携帯を弄び、言葉を濁す。
「安心しなさい。寛大な依頼人に感謝することね」
 用意していたのだろう、所長は内ポケットから封筒を抜き出すと、おれにぽん、と手渡した。
「おっおおうっおおおぅっ」
 何だかあんまり他人には聞かせられないような喘ぎ声を漏らしてしまったが勘弁して欲しい。久しぶりの諭吉先生はおれのココロを絶頂に導くに充分であったのだ。
「今日のお昼はちゃんと食べなさいよ?まずは体力をつけないとね」
「あっありがとうございます所長ぅっ」
 力士宜しく手刀を切って封筒を押し頂くおれ。ああ何とでも言うがいい、貧乏の前には誇りなど二束三文で売ってみせるともさ。
「じゃ、亘理君。オーダーよろしく!夜から直樹君も合流するから頑張って!」
 所長はおれが前金を受け取るや否や、さっさとジャガーのキーを引っ掛けて上機嫌で外に出て行こうとする。そのあまりの上機嫌っぷりに、おれの心にふと疑念の黒雲が沸いた。
「あのう、所長。またなんか企んでたり、しませんよね?」
 弊方の質問事項に対する我らが嵯峨野浅葱所長の回答は以下の通り。
「なんか企んでたら前金返す?」
「まさか」
 じゃあどっちでもいいでしょう、と言い残して、所長はとっとと去っていった。おれに残されたのは前金と、そしてその封筒から出てきたオーダーシートと、何かのカギのみ。
 時に思う。超能力やら格闘技やら人間外の遺伝子やらがあるだけで白飯が食っていけるのなら、世の中苦労はしないよなあ、と。
スポンサーサイト
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月04日 (日)01時28分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 2

 涼しい。
 『涼』、なんていい言葉だろう。だいたい字面からして良い。水と京という清爽なイメージがまた素敵だ。清涼、涼風、涼雨。女性の名前でも涼子ってのがあるし。おれは前金を崩して買い込んだハーゲンダッツのアイスクリームの裏ぶたを舐めまわしつつそんなことを思考した。ただいまエアコンの設定温度は18℃。節電重視のこのご時世、電力会社のマスコットキャラクターに怒られそうな最大出力である。
「なんかビンボーくさいなあ」
 そんなおれの様子を眺めやって呟く真凛。いやまて、みんなやるだろう?ショートケーキの周囲を覆っているフィルムに付いてるクリームを舐めたりとかさ。
「やんないと思うなあ」
 馬鹿な。人としてのごく自然な所作のはずなのに。
「じゃあせめてフタをスプーンで掬ったりとかは」
「五十歩百歩だと思うなあ」
 そんな会話を応酬しながらフローリングの床に座り込み、ハーゲンダッツのバニラをひょいひょいと口の中に放り込む。胡座をかくおれとは対照的に、対面の真凛はフローリングに直に正座している。さすがに夏休みにまで制服は着ていないようで、本日の服装はサイズの一回り大きいワンポイント入りTシャツとショートパンツ。ストリートバスケに向かう中学生のような出で立ちはますます性別の判定を困難に……うん、視線がなんか冷たいので省略。ともあれ、体内に残留している熱気をアイスクリームが次々と討伐してゆく様を味わいながら、おれは至極幸せな気分に浸っていた。近場の学生向けの食堂でがっちり巨大メンチカツセットを平らげてきた今、エネルギー充填も完璧である。
「で。とりあえずはこの快適な部屋の中で居座っていればいいってわけだな」
 おれは周囲、つまりは千代田区内のとあるマンションの一室を見回した。
「快適な部屋、って言っていいのかなあ」
 こちらはハーゲンダッツのチョコレートを口に運びつつ、真凛が呟く。
「まあいいんじゃないか。少なくともこいつらのおかげで冷房つけっぱなしが許されてるわけだし」
 おれは手元にあった丸いものをぽむぽむ、と叩く。
 それは、バスケットボールほどの緑の玉に黒いスジが入った果物だった。言わずと知れた夏の名物、スイカである。夏の部屋にスイカ。珍しくも何とも無い光景である。本来は。
 問題が二つ。
 一つは、それが冷蔵庫に入っているのでもテーブルに乗っているのでもなく――床に無数に置かれたプランターから『生えて』いるということ。
 二つ目は、その数であった。
「七十はあると思うけど。ちょっと数えられないよ」
 空になったアイスクリームのカップを、持参したコンビニの袋にしまいこんで一つ息を継ぐ真凛。そう言うのもムリは無い。煌々と照らされるライトの下、おれの手前にはスイカ。右にもスイカ。左にもスイカ。真凛の周りにもスイカスイカスイカ。視界上下左右、全てスイカ。床一面を埋め尽くし、さらに層をなして山となっている無数の大玉のスイカたち。おれ達は今、マンションの一室の中ではなく、スイカの海の中に居るのだった。
「なんていうか。こう現実離れしてると好き嫌い以前の話って気がする」
 確かに。おれは空カップをコンビニ袋に放りつつ頷く。至近距離からのシュートだったのだがあっさり外れて、隣のスイカにぺこん、とぶつかった。シュール極まりない光景を見るにつれ、改めて何でこんなことになったのやら、と思い返さざるを得ない。
 
『東京都千代田区のマンションの一室にて、依頼人『笹村周造』氏が帰宅するまで留守を預かるべし』
 オーダーシートにはその一文と、依頼人の名前とマンションの詳細な住所、そして合鍵が同封されていた。おれ達は昼を高田馬場で済ませたあと、高田馬場から地下鉄を使って指定の住所にやってきたのだ。そこは秋葉原に程近い、千代田区外神田にあるオートロック式の新築高級マンションだった。外壁はぴかぴか。塗料の匂いが漂ってくるほど真新しい。
 今回おれ達が受けた仕事は『留守番』である。その仕事は文字通りの『留守番』。つまりは人が家や部屋を空ける時に代わりに居座って番をする、というものだ。何をしょうもないことを、と仰る向きもおられるかと思うが、おれ達の業界ではこれがなかなかどうして需要が多い。一番良くあるのは、ペットを室内で飼っているのに長期に部屋を空けなければならない一人暮らしの方の代理。この場合はペットの散歩や餌やりなどの仕事も必要となる(そう言えば、クロコダイルに毎日生肉をあげるハメになった奴もいた)。そして次に多いのが防犯。長期不在の間に空き巣が入らないよう、適度に明かりをつけたり部屋の雨戸を開けたりして、『人が住んでいる感』を演出するというもの(当然、こちらが信頼されていることが絶対条件となるが)。時には空き巣と遭遇し、犯人をとっちめる、という展開もありえる。そして、その次に多いのが、アリバイ作り。
「アリバイ、ってもしかして、犯罪に使われたりとかするわけ?」
「いやあ。単身赴任の旦那さんが浮気で外に出ている間、ご近所に部屋にいるように見せかけたりとか。ウソの住所を彼氏に教えてる女の子の兄貴の役を演じたりとか」
「……殺人事件でウソの証言するのとどっちがいいか迷うよね、そういうの……」
 道中、真凛が心底情けなさそうな表情で感想を述べたものだ。いい加減おれ達の仕事がそうそう格好良いモノではないという事がわかってきた模様。ザマを見さらせ。
「まっ。数ある仕事の中でもダントツに楽な部類に入るのは確かなことだぜ」
 何せ部屋の中でごろごろしてれば金がもらえるわけだからな。健康体であろうが熱中症でぶっ倒れていようが、部屋の中でやることと言えばごろごろするだけ、というおれのような人間としては願ったりかなったりの仕事である。間取り図によれば室内は1DK、ダイニングと部屋が引き戸で区切られており、おれと真凛が手足を伸ばしても充分過ぎるスペースがあるはずだった。その上新築で冷暖房完備とあれば言う事は無い。所長もたまにはいい仕事を回してくれるものである。そんなことを考えつつ、おれは鼻歌交じりで渡された合鍵でドアを開け――そして、絶句したのだった。おれ達を出迎える、ダイニングと部屋にあふれる生い茂ったスイカの山、山、山。ごろごろするどころか、ごろごろしている。
「……何これ?」
 真凛の率直極まりない疑問にもおれは返す言葉がない。最初は本気でここは八百屋かと思ったほどだ。もしくは野菜冷蔵室か。ところがここは都内の高級マンションの一室に相違なく、部屋にあるのはただ無数のスイカと、それを冷やすためだろうか、全開で稼動しているエアコンのみ、だった。
 それでも、こんな異様な光景も三十分ほど過ぎるとそれなりに慣れてしまったりするあたり、自分が怖い。文字通りのハウス栽培のせいか、スイカの蔓には虫などもついていないようだ。で、今おれ達は周囲のスイカどもをかき分けてスペースを作り、どうにか居場所を確保しているというわけである。アイスクリームを片付けてしまったおれはザックを枕にして横になった。
「良くこんな所で寝れるよね」
「タフだと言ってくれタマエ」
「いつもごちゃごちゃした部屋に住んでるからじゃないの?」
「失礼な。おれの部屋は結構キレイだぞ?」
 これはそれなりに自信がある。意外に思われるが、おれは割と部屋は片付いているほうだったりする。もっとも、ごちゃごちゃモノがあるのは好きな方ではないので、散らかっていないというよりは不要なものはさっさと捨ててしまう、という方が正しいのだが。
「むしろお前の部屋の方が散らかったりしてるんじゃないか?」
 日ごろのガサツっぷりを拝見するに。
「えっと。お手伝いさんが時々掃除に来てくれるから」
 このお子様に世間の荒波を今すぐ叩き込んでやりてぇ。
「で。この部屋の持ち主、ええっと。笹村さんってどんな人なの?」
「どっかの会社の研究員らしいけど」
「ってことは。このスイカと関係が?」
「さあ。知らね」
 率直過ぎるおれの返答を受けた真凛がのけぞる。
「し、知らないって、いくらアンタでも無責任すぎない?」
「無責任も何も。『依頼人の素性には関与しないこと』ってのがこの依頼の条件だからな。むしろおれは立派に責務を果たしているぜ?」
 事実である。この手の留守番の仕事にはとかく後ろめたい依頼人が多かったりするので、素性や依頼の理由については知らされない事の方がむしろ多いのだ。もちろん情報ゼロで契約を結ぶほどこの業界は阿呆ではない。『危険はない』事を示す高額の保証金を預かるかわりに、一切素性や理由に干渉しない、とか、依頼人と派遣会社の間でのみ守秘契約が結ばれており、おれ達のような下っ端実働部隊には詳細が知らされていない、なんてのが良くあるパターンだ。
「それって、実はすごく危険な任務だったりするんじゃない?」
 だからどうしてお前はそういう台詞を凄く嬉しそうに言うのか。
「スイカの番をするのが?」
「うぐ」
 とはいえ、確かに異常な状況ではあるのだが。
「高級マンションの室内で野菜を栽培。室内菜園は今日び珍しくない趣味だしな」
「趣味、なのかなあ」
「数が桁違いに多いことを除けば、な」
 とはいえおれ自身も本当にそれで納得したわけでは無いが。
「まあ、本当にリスクがあるんだったら、留守をどこの馬の骨とも知れない派遣社員なんかにゃ任せんよ。警備なら警備で、こないだ会った門宮さん達の仕事になるさ」
 例え何か途方も無い陰謀があったとしても、『何かをしなければいけない』のではなく、『何もなければそれでいい』のだ。そういう意味でも『楽な仕事』ということ。おれは寝そべったまま、ザックから雑誌や文庫を取り出す。これもハーゲンダッツと一緒にコンビニで買った物だ。何冊かと事務所から持ち出してきたクッションを真凛に放りやると、おれはこの間門宮さんから教えてもらったファンタジー小説を読み始めた。ジュースやスナック菓子も引っ張り出して完全にカウチポテトを決め込む。ちなみに水や電気は常識的な範囲内では自由に使ってよいとのお触れも頂いており、周囲から無言のプレッシャーを加えてくるスイカ君たちとその甘い香りにさえ慣れてしまえば、まったく天国のような仕事だった。
「うーうーうぅ。でもなあ、それだとあんまり意味がないって言うか」
 ところが真凛はお悩みのご様子。そんなにこないだみたいなバケモノとガチやりたいのかねこのお子様は。
「それはそうだよ。フレイムアップと関わって、自分が今までいた世界よりはるかに強い人たちがいる領域を知ったからこそ、このお仕事を始めたんだから」
 それまでは新宿ストリートでも実家の交流試合でもほとんど負けなしだったのだから、真凛にとってはそれは人生を一変するほどの一大事だったのだろう。かくて『ボクより強い奴に会いに行く』理論のもと、七瀬真凛はウェイトレスもレジ打ちもやらず、はたまたショッピングや部活動に明け暮れることもなく、女子高生としての夏休みをこんな所でスイカに埋もれて過ごしている。金に困っているわけではないのに。そういう屈託のなさが、少しばかりおれには好ましく、そして羨ましい。
「そう言えばさ」
 難儀な顔をして文庫版『ガラスの仮面』を読んでいた真凛が顔を上げる。
「あんたは何でこんな仕事始めたの?」
 あれ?言ってなかったっけか。
「よくあるだろ?社会勉強を通じた自分探しの旅だよ」
 は?と真凛が呆け面をする。
「『おれがこの世に生まれてきた理由』を見定める、って奴さ」
「……冗談だよね?」
「冗談だよ」
 カッコつけすぎ、と真凛は文庫本に視線を落とす。実際、仕送り無しの学生は何かにつけて金がいる。花の東京一人暮らし、全く金銭的には楽ではないのだ。と、真凛が文庫を読み進めながら、でもそれならわざわざこの仕事でなくてもよかったんじゃない?などと問いかけてきた。
「まあ、出来ることから逆算してったらこうなったんだよ」
 おれは素っ気無く答えてチョコレートに手を伸ばそうとして、その手は空中に止まることになった。
 部屋の電話が、鳴り出したからだ。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月04日 (日)21時50分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 3

「ふむ」
 規則正しく鳴りひびく電子音は、携帯電話の着信音に囲まれて暮らしている学生からすると随分と新鮮に感じる。電話はおれ達が今いるベランダ側とは反対、入口側にあった。直線距離で大股三歩だが、このスイカの海を掻い潜ってたどり着くのは容易なことではない。
「こういう場合はどうすればいいの?」
「依頼人の希望に従うとするさ」
 おれは焦らずオーダーシートを取り出す。留守番任務なのだから当然、来客や電話があった時の対応の仕方は依頼人に確認している。
「電話があった場合は出て、必要なら伝言を受けておくこと、だとさ」
 よっこらせ、とおれはスイカの海を踏まないよう慎重に歩を進め、受話器をとりあげる。ふと、今この部屋で地震が起きたらおれ達は間違いなくスイカで圧死できる事に気が付いて愕然とした。
「もしもーし」
 いかんいかん、ついつい自宅の調子になっちまう。
『…………』
 受話器の向こうから返ってきたのはステキな沈黙。
「もしもし。ちょっとお電話遠いようですが?」
『…………』
 どうやら電話機のトラブルではないらしい。しかたない。こちらから話しかけてみるとするか。
「やあハニー。シャイなハートが君のチャームなポイントだが、エニイタイムシークレットもミーにはノットソーグドですヨ?サムタイムにはアグレッシブなパッションでメルティナイトをエンジョイハッスルで如何ですカ?トゥデイのアンダーウェアはレッドオアブラック?ハァハァ」
『…………』
 ぶつ、と回線が切られ、あとは無機質なトーン音へと切り替わった。
「……」
 発信は当然非通知だった。
「誰からだったの?」
「三つ編みお下げが似合う純朴女子中学三年生。好きな人の前では上がっちゃって声が出せない性格なんだろうなあ」
 投げやりに答えて受話器を置く。モジュラージャックに高速逆探知システム『追ッギーくん』でもかましてやろうかとも考えたが止めた。そこまでの金はもらっていないはずだ。この手の任務で脅迫電話や無言電話にいちいち取り合っていたらキリがない。社長がヤミ金融に金を借りて遁走した会社の留守番を勤めたときなんぞ、脅迫電話の度に受話器を取っていたらやっていられないので、車載用のハンズフリー器具をセットしたものだ。おれは再び元の位置に戻り、何事もなく再び文庫本を広げた。
 
「ちょっと冷房強すぎないかな」
 おれは顔を上げた。物語は佳境に入っており、クトルゥフ神話張りのバッドエンドに向けて主人公達が次々と非業の死を迎えているところだった。ふと時計を見れば、もう夕方に差し掛かっている。さすがにいつまでも18℃でエアコンを回していると肌寒さを感じる。おれは温度設定を25℃まで引き揚げてやった。
「むう。困ったな」
「どうしたの?」
「いや。実はな。オーダーシートに明記してあるんだ。『エアコンは決して切らない事』、ってな。温度は25℃以下に保たなければいかんそうだ」
 つまり、エアコンをつけっぱなしで数日過ごさねばならないわけだ。涼しいのは大好きだが、寒いとなるとまたちょっと話は別である。
「結局、依頼人が帰ってくるのは明後日なんだよね?」
「ああ」
 オーダーシートにはきっちりその旨が明文化されている。おれ達の仕事はそこまで。仮にその時刻まで依頼人が戻ってこなくても知ったことではない。あるいは別料金で延長分を引き受けるか、だ。
「ん~。じゃあしょうがないか」
 真凛はすい、と立ち上がる。と呼吸を整え、
「へえ……」
 七瀬の流派だろう、武術の型を演じ始めた。別に真凛が急におれに踊りを見せたくなったわけではない。古武術ではウェイトトレーニングで局所的に筋肉を鍛えるより、己の理想とする動きをイメージしつつ地道に型を繰り返すほうが、その動きに必要な筋肉を効率よく鍛錬出来る、とかどこかで聞いたことがある。ヒマを持て余した真凛が鍛錬を始めたということだろう。その証拠に、冷涼な室内にも関わらず五分もするとたちまちその額に汗が浮き始めた。その型は極めて緩やかだったのだが、迂闊に間合いに踏み込んだらどんな体勢からでも反撃を繰り出してきそうな雰囲気を醸し出している。
 その様を何となく眺めていると、ひとつ大きなくしゃみが飛び出て身震いした。いかん。さすがにこのまま夜を過ごすとなると、今度は風邪を引くハメになりかねん。一度自宅に着替えを取りに戻るか。そんな事を考えたとき、
 ぴんぽん、と間抜けな音共に今度はインターホンが鳴った。
「はい」
 ちなみにこういう場合はあまり不必要なことを喋る必要はない。相手が依頼人の知人だった場合に、変に誤解されて警察でも呼ばれると何かと対応がやっかいだ。さすが高級マンション、新聞勧誘や訪問販売の類はホールでシャットアウトしてくれる。先ほど同様にスイカの海を泳ぎインターホンにたどり着く。ホールの監視カメラが捕らえた映像がそこに映し出される。カメラの向こうに居るのは荷物を小脇に抱えた宅配便のおっちゃんであった。カメラの向こう側でごくメジャーな宅配便会社の名前を名乗る。
『お荷物をお届けに伺いましたっ!』
「ありがとうございます」
 それにしても宅配便の人というのはどうしてこうヤケっぱち気味にテンションが高いのか。やっぱりテンションを上げていかないと務まらないほど辛い業務……いや、それはいい。ともあれ、おれは手元のオーダーシートをめくった。しがない派遣社員はマニュアルに従いますともさ。
『玄関を開けていただけますか?』
「すみませんが本日特に荷物が届く予定はありませんが?」
 おっちゃんはちょっと面食らったようだった。
『特急便ですので。まだ御宅に連絡が行っていないのかもしれません』
「申し訳ありませんが後日改めて連絡させていただきますので、本日はお引取りお願いできますか」
『は。しかし特急便ですのでお早い方が……』
「いえ。特急便を遅く受け取ったことによる損害はこちらの責任です。そちらにはご迷惑はおかけしませんので」
 一瞬の沈黙があった。
『わかりました。それではまた後日お伺いいたします。お騒がせしました!』
 映像の向こう、宅配便のおっちゃんは去っていった。おれはポケット手帳にオーダーシートを仕舞いこむ。
「まあ、ナマモノでもなかろうし気にすることもないだろ」
 おれは特に気にも留めなかった。損害は依頼人のせいなわけだし。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月07日 (水)23時11分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 4

 時刻も午後七時を回ると、真夏とはいえ辺りは暗い。散々日本全土に熱線をばら撒いた太陽が退場しても、熱気どもは相変わらず傍若無人の限りを尽くしている模様だ。
「さて。そろそろ交代だな。直樹の野郎が来るはずだ」
 おれは呟く。もともとこんな留守番の任務を一人二人で延々とこなしていては気が詰まってしまう。昼夜交代しつつ張り込むというのが典型的なパターンだ。もっとも、おれのように自室より居心地が良かったりする場合はまた別なのだが。
「もうそんな時間かぁ」
 ようやく『ガラスの仮面』を読み終えた真凛が肩をまわす。この部屋に入ったのは午後三時ごろだから、おれ達は他愛ない話と文庫本で四時間をつぶしたことになる。
「おなかすいたなあ」
「夕飯は実家だったか?」
「そうだよ。陽司の麻婆豆腐が食べられないのはザンネンだけど」
「抜かせ。お前の家なら豪華和食がてんこ盛りじゃないか」
 一度事務所の冷蔵庫の残りもんを処分するために麻婆豆腐を作ったことがあるのだが、どうもウチの連中には好評だった模様。中華は一人暮らしの強い味方です。炒めれば多少食材が古くたってわからないしね。それはさておき、未成年を泊り込みで働かせるのは何かと不味いので、真凛はここで交代。明日の朝に再合流ということになる。
「最近は変なのが多いからな。気をつけて帰れよ」
「心配しなくても大丈夫だよ。ここからなら地下鉄で一本だし」
「そうか。もし変なのにからまれても、病院送りまでに留めとけよ」
「ボクは今リアルタイムでからまれてるわけだけど、病院送りでいいのかな?」
 おれ達がそんなくだらないやり取りをしていると、玄関のインターホンが再度鳴った。どうやら交代要員が到着したらしい。
 
「で、だ。当然予想は出来たことだが。いい加減に何とかならんのか、それ」
 おれは部屋に入ってきた男を一瞥するなり、初弾を放って迎撃した。
「ふむ。雅を解さぬ貴様には到底理解は出来ぬであろうな」
 腹の立つ男だ。歳の頃は二十歳前後。一応戸籍上は十九歳だったはずだ。すらりとした長身、一見華奢に見えるがバレエダンサーのように絞られた体格。そしてモデルのような小さな顔にシャープな輪郭と白い肌。なにより印象を決定付けるのが、星が流れるかのような長い銀髪と、インペリアルトパーズを思わせるやや吊り気味の茶色の瞳。ついでに鼻に乗せてるメガネが理知的なイメージをより強化している。要するに非の打ち所のない色男というわけだ。っていうかムカツク。服装はというと、薄手とはいえこのクソ暑いのに長袖のタートルネックなんぞを着込んでいる。
 笠桐《かさきり》・R《リッチモンド》・直樹《なおき》。自称日英ハーフのこの男が、おれ達『フレイムアップ』のメンバーの一員にして、今回のミッションの三人目のメンバーなのであった。十人近く居る事務所のメンバーの中でも、こいつとおれは特に昔から因縁が深い。とにかく一緒に並んで街を歩きたくない男なのである。老若の女性をひきつけてやまない顔立ちもそうだが、主だった原因は、
「それにしても何なんだその馬鹿でかい箱は。というかてめえ、そんなものをどこから持ち込んできやがったんだ」
 玄関口からスイカの海を乗り越えてきた直樹が右手にぶら下げているのは、長期海外旅行用のスーツケースに匹敵するほどの馬鹿でかい箱である。大手電気店兼サブカルチャー品取扱店の包装紙で厳重に梱包されており、『そういった類』のものであることを雄弁に物語っている。
「同時に二つの質問をするとは、相変わらず性急な男だな貴様は。順番に答えよう。まず一つ目、この箱の中身だが――」
「あ、いいやっぱ聞きたくねえ」
「――明日発売、『サイバー堕天使えるみかスクランブル』ブルーレイBOXと、初回特典のコンプリートフィギュア十三体コレクションだ。ブルーレイの方は放送時にカットされた映像の完全版と監督および声優陣によるオーディオコメンタリーを収録。フィギュアは長いこと立体化が望まれていたサリっちこと第十一堕天使サリエルとナス美こと第十二堕天使サルガタナスがついに出揃っている。当然ながら凄まじい人気でな。予約を逃したために本日開店前から並ぶ羽目になった」
 ワケの解らない単語を並べるな。っていうかサリっちだのナス美というのは誰がつけた愛称なんだ。そもそもどこが当然なんだ。
「で、てめえはそれを買うために夏の朝っぱらから秋葉原の店頭に並んでいた、と」
「朝ではない。昨夜からだ。さすがに日差しがきつくなってくると堪えたが、何、苦労に見合うだけの成果はあった」
 阿呆だ。阿呆がここにいる。
「そして二つ目の質問だが――。包装紙から判るように秋葉原の某大手電気店ということになる。そしてここは同じ千代田区。購入後ここまで歩いてくることなど造作も無い」
「物理的には造作も無いだろうよ。で、お前はそんなもんぶら下げて天下の公道を歩いてきたというわけだ」
「正確には日没まで一日中秋葉原を散策していたわけだがな。戦利品も中々のものだぞ」
 良く見れば左肩に下げた鞄はみっちりと膨れている。おれには良くわからんが本やらポスターやらをまたぞろ大量に買い込んだのだろう。そう、これがコイツと並んで街を歩きたく無い理由。ほとんどの女性が嘆息する外見とは裏腹に、コイツはアニメや漫画、ゲームの美少女にしか興味がないのであった。
 おれ以上に稼いでいるくせに、こいつの生活レベルはおれより低い。稼いだ給料をこいつは惜しげもなくこの手のグッズに投入しているせいだ。
「お前の戦果報告なんぞどうでもいい。そんなもん職場に持ち込むなよてめえ」
「留守番任務に関しては、私物の持ち込みは認められているだろう。始終小物を事務所に置きっぱなしにしている貴様には言われたくないな」
「おれが持ち込んでいるのはせいぜいが健康グッズの類だ。ちゃんと職場にだって貢献しているだろうが」
 しがない貧乏人たるおれのささやかな趣味は健康グッズの収集である。足のツボを刺激するサンダルとか、目元を冷やすジェル型のシートとか、そういったものをときどき買い込んでは事務所に並べている。人間健康第一ですよ?小うるさいコイツや、もともと健康馬鹿の真凛あたりには事務所が散らかると不評なのだが、他の連中には概ね好評なのだった。ちなみに「腕の引き締め」「肌をキレイに」などとサブタイトルがついているグッズはだいたい一週間を過ぎた辺りで行方不明になる。現場をつかんではいないが、所長あたりが持ち帰っているだろう事は想像に難くない。
「とにかく。次の交代の時には自分の部屋に持って帰れよ」
 このスイカの海にそんなクソでかい箱と何かがみっちり詰まったバッグを置かれては、ますます足の踏み場も無い。ていうかそんな密室状態でこいつと同じ部屋に居たくねえ。
「了解した。俺としても大切な姫君たちをこのようなスイカの海に眠らせておくのは忍びない」
 うげ。姫君ってまさかその人形の事か。
「直樹さん、お久しぶりです」
 帰り支度をしていた真凛がおれ達のほうにやってくる。
「やあ真凛君。先日貸した『決戦竜虎』は読み終わったかい?」
「うん。凄く面白かったですよ~。ボクはやっぱり竜の英俊さんですね。虎の涯もかっこいいけど」
 スイマセン、君らの使う単語が理解デキマセン。
「あ、『サイバー堕天使』のブルーレイ買ったんですね。これってひょっとしてラファエルの最終奥義発動のシーンも入ってます?」
「無論。この話だけちゃんと延長されているそうだ」
「わかってるなあスタッフ」
「……あの。それってそんなにメジャーなアニメのか?」
 おれは恐る恐る尋ねる。
「「常識だ(だよ)」」
 ソウナンデスカ。何時の間におれは世間の常識人から外れてしまったのだろう。ちなみにそれから四十分ほど、真凛と直樹の二人がかりで『サイバー堕天使』のシナリオとキャラクターの魅力について懇々と諭されてしまった。結果、そのアニメに登場する十三体のロボットの形をした堕天使と、それぞれを守護天使に持つ女の子の名前を覚えた事が、本日唯一のおれの成果であった。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月10日 (土)21時54分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 5

 あれやこれやで真凛が帰ってしまうと、あたりはすっかり夜になってしまった。この部屋にはテレビがないので、おれは違法改造携帯『アル話ルド君』にぶちこんだ音楽を鑑賞しつつ、相変わらずエアコンの稼動する部屋の中で小説を読みふけっている。直樹はといえば買い込んだ本を読み漁るのに忙しいらしく、こちらの方を見向きもしない。典型的な学生が友人宅でまったりする時のモードだった。直樹はすでに夕飯を済ませていたので、おれだけがコンビニで買い込んであった弁当を、部屋にあった電子レンジで加熱して食べた。侘しい食事だが、一人暮らしなんて所詮はこんなものである。ああ、どこかにおれに夕ご飯を作ってくれる優しいお姉さんは落ちてないかしら。出来れば黒髪ロングのストレートで細面だとなお良し。
「お前のところはいいよなあ。美人のお姉さんと二人暮しでよぉ」
 こいつにはお姉さんが一人いて、名を笠桐・R・来音《らいね》さんという。こちらは弟以上の超美人、しかも頭も良くて気立ても良し、さりげなく男を立てるという、おれ的に嫁にしたい度数ぶっちぎりトップのステキな女性なのだ。ちなみにここ最近は別件で席を外しているが、普段は浅葱所長の秘書として事務所で辣腕を振るっておられる。
「貴様はアレの本性を知らないからそういうことが言える」
「身内だからといって不当に評価するのは良くないぜ?」
「そういう事ではなくてだな」
 そんな会話を続けながら、さらに時間は過ぎてゆく。部屋に帰るまで待ちきれなくなったのか、直樹が大ぶりなノートPCを引っ張り出してきて、『サイバー堕天使』を再生し始めた。おれは最初は横目に見つつ小説を読んでいたのだが、だんだんそっちの方に興味が移ってきて、結局二人して各所にツッコミを入れつつ鑑賞してしまった。気がついてみれば、すでに時計の針は午前1時を周っていた。
「さあて」
 事ここに到るまで先送りにしていた問題を解決せねばならない。つまるところどうやって寝るか、という事である。交代制とは言え三日間も続く任務となれば、仮眠を取ることを考えざるを得ない。一応アウトドア用の防寒シートを持参しており、床で寝るくらいは大した労ではないのだが、このスイカの海の中ではろくにそれを広げる場所も無い。
「というか、貴様と添い寝なぞ死んでも嫌だぞ」
「そういう思考が湧き出てくるてめえと一緒の部屋に居ること自体おれは嫌だ。だいたいてめえはもともと夜型だろうが。なんで夜寝るんだよ」
「つい昼ぶかしをしてしまうのでな。学生生活の悲しいサガというものよ」
 こいつは某PC関係の専門学校生でもある。卒業の暁には晴れて姉と共にフレイムアップの正社員に就職するのだとか。
「知ったことか。だいたいおれは朝から調子が良くないんだ。さっさと寝させてもらうぞ」
「たわけめ。どうせ今日一日部屋の中で呆けていたのだろう。たまには働け」
 おれ達があーだのこーだの騒いでいると。
 とんとん、と。
 間抜けなノック音が、深夜のマンションに響き渡った。
 
「…………」
 おれ達は顔を見合わせると、声を消した。おれは抜き足差し足でインターホンまで移動し、画面を確認する。エントランスに人影は……なし。直樹に合図を送る。直樹は一つ頷くと、玄関に向かって歩を進めた。
 オートロックマンションとはいえ、本気で忍び込もうとすればエントランスを潜り抜ける方法はいくらでもある。今も昔も防犯装置の真の役目は『その気にさせない』事にあるのだ。という事は、この玄関までたどり着くこと自体、明確な意図を以ってなされたことになる。直樹、気をつけ――
 鈍い音がひとつ。ドアに接近するまで、直樹とて充分に警戒していたはずだ。いきなりドア越しに消音銃を叩き込んでくるような輩もいないわけではない。その直樹にして、完全に不意をつかれた。
「……ちぃっ!!」
 直樹が飛び退る。いや、あれは飛び退ったのではない。半ば吹き飛ばされたのだ。細身とはいえ、長身の直樹を吹き飛ばすなど並大抵の衝撃では不可能のはず。それに妙だ。扉そのものには何の衝撃も音も無かったというのに!たたらを踏んで留まる直樹。スイカの海にダイブすることだけは辛うじて避けたようだ。硬質の音を立ててドアが開く。これも、扉の向こう側からカギをこじ開けたのではない。例えて言うなら自然に開いたかのような。しかしその時はそれを気にとめる余裕も無かった。何しろドアが開き、侵入者が姿を露わにしたので。
 明かりの元に踏み込んできたその姿は、このクソ暑い熱帯夜にも関わらず、黒いハーフコートを羽織っていやがった。ズボンも黒。ついでに目深に被ったハンチング帽、両手にはめた皮手袋も黒。顔は陰になって確認できないが、恐らくは何がしかの覆面を被っているだろう、とおれは当たりをつけた。体格は間違いなく男。長身の直樹にも勝るとも劣らない上背も相まって、異様な迫力を醸し出していた。
 男が歩を詰める。突進先は言うまでもなく直樹だ。恐らくは、先ほどのドア越しの先制攻撃で手ごたえに不足を感じたのだろう。トドメを刺す気だ。男が手袋に包まれた右手を振り上げる。
「注意一秒怪我一生」
 おれの声に男は一瞬気を取られた。事前にあれだけ騒いでいたのだ、二人目が居る事は奴も当然予想していただろう。問題はおれの声の方向にあった。すでにその時、おれはとっくにインターホンの前から移動し、ドアの脇に回りこんでいたのである。金と力が無いのは抜け目の無さでカバー。玄関口に掃除用具が収納されていたのは確認済みですよ?
 おれの得意コース、内角低目から三遊間をぶち抜くライナーの要領でフローリング用のモップをフルスイング。ステキな音を立てて男の胴に打撃が叩き込まれた。が、
「……頑丈なお体ですこと」
 おれの手に返ってきたのは、プラスチックの柄がへし折れる音と、電信柱をぶったたいたような硬質の手ごたえだった。ダメージが通ったとは到底思えない。男はおれに振り向き、今度は左手を掲げる。――ちっとこれは、ヤバイかな?自分でも顔が引きつるのが判る。帽子の奥から男の視線がこちらの眉間の辺りを捉えているのが感じられた。男が左の指先をこちらに向ける。その時、素人のおれでもはっきりと感じとれた。男の掌から、何か異様な殺気が放射されるのを。男は素手ではない。なにか、この体勢から『放つ』武器を持っている……?
 が。
「全身が鋼鉄などという人間はな。この世に俺が知る限り一人しか居ない」
 強弓から放たれた矢のような一撃が、横合いから男の喉に突き込まれ、そのまま部屋の隅へと弾き飛ばした。男の横合いから攻撃をしかけたのはもちろん直樹。ベランダ掃除用のブラシを構え、一歩前に進み出る。こちらもプラスチックの柄だが、人体の急所を狙った突きであればその破壊力はあなどれないという事だ。
「さっさとしやがれ、ビビッたじゃないか」
 おれは憎まれ口をたたき、折れたモップを放り捨てて直樹の後ろに周る。
「精神年齢を若く保つコツは、刺激のある毎日を送ることだそうだぞ」
 言いつつも、倒れた男から目を離さない。
「……大丈夫かよ」
「かすり傷、というには少々きついがな。致命傷ではない」
 シャツの一部が破れ、赤いものがにじんでいるのが認められた。だが今はそんなことにかまっている暇は無かった。男が恐ろしい勢いで腹筋を収縮させ跳ね起きると、直樹に向かって右手を振りぬいたのだ。先ほど扉越しに直樹を打ち抜いたあの技か。だが一撃目と異なり、今度は直樹の方にも準備が十分出来ている。何かはわからないが、右手から一直線に放たれた攻撃をかわし、すでに懐に入り込んでいた。両手に短く握ったブラシの柄が、男の鳩尾に深々と食い込む。そして開いた間合いにねじ込むように逆手を振りぬくと、ブラシがさながら槍の石突のごとく撥ね上げられ、男の顎に叩き込まれた。さらに開く間合い。すでにその時、直樹は魔法のようにモップを旋回させ、サーベルのごとく持ち替えている。長く構えられたブラシが一閃。再び刺突が男の喉を抉る。ど派手な音がして、男がキッチンになだれ込んだ。深夜のマンションで騒ぐと近隣からの苦情が怖いんだがなあ。
「お前いつのまにそんな技マスターしてたんだよ」
「杖術など紳士の嗜みの一つに過ぎん」
 男が再び起き上がった。強烈な突きを二発喉に喰らってなお、呻き声一つ上げない。こいつ本当に人間か。そう思う間もなく、男の左手が空を切った。その狙いはおれ達ではなく……天井の照明!けたたましい音と共にガラスが砕け、あっという間に周囲に闇が満ちる。
「気をつけろ、来るぞ」
 直樹の押し殺した声とほぼ同時に、じゃ、と風が闇を裂く。かろうじて間に合ったのか、直樹のブラシと何かが衝突する音が響く。攻撃が来た方向に直樹がブラシを振るうが、すでに相手はそこには居ない。またしても攻撃。男は暗闇の中の戦闘に慣れているのか、音も立てず移動しこちらの死角から攻撃をしかけてくる。流石の直樹も、相手が攻撃をしかけてくる方向が読めない以上、一拍以上の遅れが出ることになる。カウンターを取るどころの話ではない。四度、五度と攻撃が繰り返されるうち、次第に直樹が劣勢になってきた。六度目の攻撃を捌ききれず、直樹の右手がブラシから弾き飛ばされる。がら空きになった直樹の胴に迫る七撃目!
 ずるん、べったん。
 擬音で表現するとこんなところか。男が派手な音を立ててスッ転んだ。
「もう少し早く出来んのか。流石に焦ったぞ」
 ブラシをたぐりよせつつ直樹がぼやく。
「精神年齢を若く保つコツなんだろ?」
 おれは空になったフローリング用のワックスの缶を放り投げた。男は慌てて起き上がろうとして手をつくが、すでにそこもワックス塗れ。無様にもう一度地面に這った。闇の中とはいえ、その隙はあまりに致命的だった。インペリアルトパーズの瞳孔が開き、微かな明かりを増幅し金色に煌めく。
「……!!」
 鈍い音が一つ。闇の中、共用廊下の僅かな明かりでも直樹の刺突は正確無比だった。男は今度は玄関まで吹き飛ぶ。
「裏事情をきりきり吐いてもらわんとな」
「この床もきっちり後始末してもらわねえとな」
 ここが勝機。逃すわけにはいかない。おれ達は間合いを詰める。男はすでに起き上がっていた。にらみ合いが三秒ほど続く。だが、三度目の突きを喰らい、流石に体力も限界に達していたのか。男はくるりと踵を返すと、共用廊下の向こうに姿を消した。
「待てっ!」
 直樹が追う。しかしそこで奴が見たのは、廊下の手すりを軽々と飛び越え、五階の高さから真っ逆さまに落ちてゆく男の姿だった。その時にはおれも直樹に追いつき、二人そろって下を覗き込む。男はまるで、何事も無かったかのようにマンション前の道路を走り、闇夜の中に消えていった。
 十秒ほど間抜けな顔をしておれ達は階下を見詰めた後、どちらともなく口を開いた。
「「知ってたか?」」
 そして互いの顔を見やり、深々とため息をつく。
「ああ、結局こうなるのかよ!今回こそは冷房の効いた部屋で寝て金が貰えると思ったのに!」
「『あの所長が持ってくる仕事はまともだったためしがない』か。一体何時までこの言葉は継続されるのやら」
「おれ達の任務達成率が百パーセントを割るときじゃないのか?」
「何はともあれ、だ」
「ああ」
 おれ達は後ろを振り返った。そこに広がるは、照明を砕かれて闇に満ちた室内と、ぶちまけられた大量のワックスであった。
「一体どうしたものやら」
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月12日 (月)22時23分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 6

「ああ~。ボクもその場に居合せればなあ!」
 昨夜の襲撃から明けて午前8時。一晩休んで鋭気を養いしきりにテンション高く口惜しがる真凛とは対照的に、おれと直樹は目の下にどんよりとした雰囲気をたっぷりと湛えて沈み込んでいた。結局あの後、暗闇の中二人がかりでモップがけしたのである。どうにか元通りになった頃にはすっかり夜が明けており、オマケに朝一番で管理人さんから電話で懇々と注意されたりして殆ど寝られなかった。ちなみに今朝も爽やかな夏空ががっつり広がっており、すでに辺りはセミの大合唱で満たされている。
「はいこれ。頼まれた朝ご飯と、電球。型番これでいい?」
「サンキュー。じゃあさっそく取り付け手伝ってくれ」
「あいあい、さー」
 おれと真凛が昨夜砕かれた電灯を応急処置している間に、直樹はスイカに水をくれている。ゆうべのドタバタ騒ぎも我関せずとばかりに、今日もスイカ君たちはひたすらすくすくと育っているようだった。
「何はともあれ、だ」
 おれはよどんだ頭を二、三度振ってどうにか正気を保つと、昨日の出来事を改めて真凛に説明する。
「物騒になってきたね」
 そういうセリフはもっと深刻そうに喋れ。
「原因はやはりこのスイカ、か?」
 直樹が大玉のスイカを一つ、撫でて一人ごちる。
「今のところそれ以外に心当たりはないわけだが」
 おれは一つ首を捻る。
「取り得る選択肢は二つだ。何はともあれこのまま留守番を続けるか」
「襲ってきた敵の正体を調べるか、でしょ?」
「やっぱりそうなるよなあ」
 おれは肩をすくめる。やる気満々の真凛はもとより、昨夜不意打ちを受けた直樹もこのまま黙って済ますつもりは毛頭無いようだ。昨日まで儚く抱いていた、ごろごろ寝ていてオカネがもらえるという甘い夢想はこれで完璧に潰えることとなったわけだ。まあいくらごろごろ出来ても、夜のうちにあの黒い男に寝首を掻かれてしまったりするとさすがに楽しすぎるので、ここはおれとしても腹を括るしかない。ちなみに直樹の傷の方は朝がくるまでにはほとんど良くなっていた。服には何かを穿ったような小さな穴が開いていて、野郎は散々文句を言っていたが、結局このまま着続けることにしたようだ。
「とにかく。もう一度所長にかけあって今回の依頼の詳しい情報を聞かせてもらおう。そこから少しずつ、こちらの背景を探っていくとしようや」
 おれは一つ手を打ち鳴らした。それならそれで、まずは朝飯だ。真凛が持ってきてくれたコンビニのパンを並べてゆく。ささやかな朝食を始めようとしたその時、おれの携帯が鳴った。相手は所長だった。丁度いい、改めて今回の依頼の経緯を問いただしてくれよう。そう思いつつ交わされる二言三言の他愛の無いやり取り。だが、先制攻撃は向こうから来た。
「依頼人が消えたぁ!?」
 朝飯がわりのパンを危なく噴出しそうになりながら、おれは携帯に向かって怒鳴った。
『うーん。ちょっと困っちゃったわねえ』
 電話向こうの所長の声は呑気極まりない。おれ達が事の顛末を報告し、調査を行いたいと提案した事に対する回答がこれである。
「どういうことっすか、それ」
『任務の都合上、依頼人とは定期的に連絡を取らせてもらってるんだけどね。今日の朝から連絡がつかないのよ』
 職場の方に問い合わせても今日は不在だという。おれは深々とため息をついた。
「改めて話してもらえませんかね、所長。今回の依頼について」
『わかったわ。こうなった以上、守秘契約の特記事項に該当するしね』

 そもそも今回の依頼人は『笹村周造』氏である。これは間違いない。所長の話によれば、彼は三十後半のいかにも技術者と言った雰囲気の男性であったそうだ。彼は唐突に事務所を訪れてこう告げたのだという。『これから四日間、自宅を不在にするので、留守番をお願いしたい。誰が来ても、何が届いても、決して部屋には入れないでくれ』と。
 彼が指定したのは保証金コース。つまり『事前に充分な依頼料を払うかわりに、一切素性や理由に干渉しない』というモノである。彼はここ数日全く自宅に戻っておらず、かつ今後もしばらくは戻らない予定だとの事だった。所長は前金と保証金を受け取ること、定期的に携帯電話で連絡を取り合うことを条件として契約を締結したのだそうだが――
「結局ほとんど何も調べないまま引き受けちまったワケですか」
『充分ワケアリだとは思ってたけどね。まあ亘理君と直樹君なら大丈夫だろうし』
 からからと笑う所長に殺意を覚えたおれは許されると思う。
『それでももちろんウラは取ったわよ。笹村氏の個人的なデータも調べさせてもらったけど、特に財政上……借金や投資の点では全く問題は無かったわね』
 家族関係や職場での人間関係もまず良好で、トラブルに巻き込まれる理由はなかったという。
「となると。残る理由としては」
 おれは部屋に鎮座ましましているスイカ殿の群れを見やる。
『そういうことになるわね。笹村さんの職場はご存知、クランビール株式会社。スイカの栽培とくれば、清涼飲料かデザートがらみ、と考えるべきかしら』
 クランビール。こりゃまたメジャーな名前が出てきたものだ。
 
 クランビール株式会社。世界的にも著名な企業である。日本人にもっとも愛飲されるブランドの一つ『クランビール』を主軸とし、ワイン、ウィスキー各種も販売する大手飲料メーカー。取り扱うのはアルコール類だけにとどまらず、炭酸飲料やジュース、はたまたその原料でもあるフルーツの輸入や栽培も行っている。一部ではそれらの食材を使ってレストランのチェーン店の経営まで手がけている。ちなみになぜおれがこんなに詳しいかといえば、クランビールは大学生(とくに女性)にとっては人気の高い企業であり、一年生の頃、就職活動中の先輩に頼まれて昼飯と引き換えに色々と調べて周ったことがあったからだったりする。
『クランビールは日本と世界の各地に工場を持っているんだけどね。農場や果樹園も企業として所有して、お酒やジュースの原料となる麦や果物そのものの品種改良にも力を入れているの。都内にも研究所を建てていて、彼はそこで技術者として採用されているわ』
 ふうむ。おれは独りごちた。
「所長。うちって知財の方に伝手ありますよね」
 もちろん見えるわけも無いが、電話口の向こうで所長がにやりと笑った気がする。
『当然。今、来音ちゃんに当たってもらってるわ。何か判ったらすぐ知らせてくれるはずよ』
「了解です。となると、やはり研究所が怪しいかな?」
 とは言いつつもおれは首を捻る。新種のスイカを巡って争いがある。それはわからんでもないが、殺し屋までやって来るというのはいくら何でもしっくりこない。それで殺されてやらねばならんほどおれの命は安くない、と思う……のだが。最近おれのブランド相場が下がっているからなあ。
『研究所に関してのデータもそれなりに集めてあるわ。だけど、正直な話これと言って面白い話は無かったわねえ』
「なんか変な研究をしてたとか。他人には言えない秘密があったとかは?」
『さっきも言ったけど、職場での彼の評価はごく上々よ。仕事もいくつかのプロジェクトを兼任していたみたいだけど、いずれも内容はともかく、主旨はハッキリしたものだったわ』
 内容が明かせないのは企業秘密なのだから当然だろう。その反面、主旨がハッキリしているのはまっとうな仕事なのだからこれも当然だ。特に不審な点は無い、か。おれが電話越しにしばし考えていると、所長が言う。
『どうせそこに居たって落ち着かないんでしょ?こっちでも可能な限りデータを集めてるから、まずは事務所に戻ってきなさい』
 それもそうか。おれは珈琲をすすり、直樹と真凛にその旨を告げる。二人とも頷いた。
「部屋の留守番はどうしましょうかね」
『話を聞く限りでは、おおっぴらに昼間から暴れられる手合いでもないみたいだし。直樹君一人でも大丈夫でしょう』
「直樹さん、いいですか?」
「俺は一向に構わんよ」
 おれも流石に少し外に出たかったので異存はなかった。何しろエアコン効かせ過ぎ、かつ野郎と同室ではゆっくりごろ寝も出来ないというもの。おれと真凛は荷物をまとめて部屋を出ることにした。と、直樹が声をかけてきた。
「亘理」
「何だよ」
 琥珀の瞳が異様な真剣味を帯びている。どうもコイツのこういう顔は苦手だ。
「貴様に一つ、頼みがある」
「……わかったよ。聞いてやる」
 こう言わざるを得ないあたり、腐れ縁も極まれりというものだ。と、直樹はおもむろに自分のカバンと、あの大箱をスイカの海から掘り出してきやがった。
「いつ乱戦になるとも知れぬ場所だ。我が姫君達の護衛を頼むぞ」
「……今度昼飯オゴれよ」
「ああ。先日オープンしたばかりのいい店を知っている。貴様も連れて行ってやろう」
 結局異存ありまくりのまま、部屋を引き揚げるハメになった。ちなみに後日、奴の紹介で秋葉原の某ビルにオープンした某メイド喫茶を訪問し、そこでまた神経が磨り減るような思いをすることになるのだが。それはまた機会があれば語ることもあるだろう。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月13日 (火)23時24分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 7

「それで、そんなものを引きずってここまで戻ってきたわけ?」
 何か昨日も所長のこんな呆れ顔を見た気がする。 
「……あまり深く突っ込まないでおいてくださると助かります」
 こめかみの辺りを押さえつつ、おれは事務所の冷蔵庫から引っ張り出してきた麦茶を三人分注ぐ。ここまでやってくる間の地下鉄で、美少女フィギュア十三体を背負った男に注がれる視線は痛いというのも生易しいものであった。おれはとっとと直樹のグッズをロッカーに放り込み厳重に扉を閉めた。ところが共に電車に乗ってきた真凛はといえば、意外にもけろりとした表情。
「そんなに恥ずかしいかなあ?」
 などと抜かしている。
「だって。可愛いじゃない?こういうの」
 いや、まあ確かに可愛いといえば可愛いのだろうが。こういうモノをいい年をした男が持ち歩くというのはその、おれの感覚からすると極めて容認しがたい気がする。
「いいんじゃないのかな。自分が好きでお金を払って買ったものなんだから。堂々と持って帰ればいいのに」
「おれが買ったんじゃない!」
 そうだったね、などと真凛はからからと笑った。
 
 余談だが、いわゆるキャラクターグッズを集めたりしたがる感覚は、おれには全く理解が出来ない。物語を読むのは好きだ。そして物語にキャラクターが存在するのは当然だし、マンガやアニメのようなダイレクトに映像が把握できるという利点はすばらしいと思う。だがそれは、あくまでキャラクターと言う物語上の記号を修飾するための存在であるに過ぎないはずだ。個々の物語上に生きる存在が、その物語から分離されてフィギュアやイラストになったとして一体何の価値があるのか。そう思ってしまうのだ。そんな話を直樹にすると、だから貴様は病気なのだ、と言われる。おれから見れば奴のほうがよっぽど病気なのだが。決まって最後には、奴はおれの事を、事象を記号としてしか類別出来ぬつまらぬ奴、と抜かし、おれは奴のことを無意味な抽象物に財を投じる愚か者、と罵り大喧嘩になる。
 ちなみにこんなワケで、おれは絵画や彫刻にもまったく興味が無い。そこにあっても何の役にもたたないものに無理やり意味付けをするというあの感覚が理解できないのだ。機械やソフトウェアの方がよほど製作者の意図、改心の点や力及ばなかった点などを汲み取れるというものだ。……そんな話をするおれが文系で、直樹が理系というのも、世の中奇妙なものではあるが。
「とにかく今回の依頼の件なんですがね」
 おれは麦茶を飲み干した。
「まずは依頼人を見つけださないことには始まらないと思うんですが」
 なにしろ最終的に報酬を払ってくれる人がいないのだ。最悪の場合は事前に支払ってもらっている保証金で補填することになる。それはそれで確かに魅力的なプランではある……が、一応任務達成率百パーセントなんてカンバンを掲げている以上、あんまりあっさり退く訳にはいかない。そんなことをついつい思ってしまう辺りが、経理の桜庭さんに「お若い」と呼ばれる所以だろう。
 しかし、いくら蛇の道は同じ穴の狢で皮算用なウチとは言え、都内で失踪した人間をそうそう簡単に見つけ出す事は出来ないだろう。どうしたものやら。おれは腕を組む。と、
「それに関しては心配ないわ」
 何だかやたら自信たっぷりに所長が言う。あ、なんかイヤーナ予感。
「今日は、羽美ちゃんが来てくれているから」
 その時のおれの表情を音声で表現するなら、げぇっ、だろうか。声は出ずともまさしく声帯はそれを形作っていた。もしかしたら思わず声も出ていたのかも知れないが、それは誰の耳にも届くことは無かった。なぜなら。
「いやぁ亘理氏(うじ)!!息災であったかねッ!」
 事務所の奥の扉が開くとともに、事務所内を圧倒する大音量の怒声が響き渡ったからである。
 振り返れば、そこにマッドサイエンティストが居た。
 うむ。文章で表現すれば一行で過不足無くまとまる。以上解説終わり。
「亘理氏ッ!!あまり最適化されていない脳での思考を周囲に垂れ流すのはよくないッ!」」
 せっかく一行で解説を終了したというのに、そのマッドサイエンティストはつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
「亘理氏。嘆かわしきは書き込み不全な貴公の脳。小生はマッドサイエンティストではなく純朴な一学徒に過ぎぬと常日頃指摘しているだろう。二十三度目の指摘なのだから、いかに分裂頻度が下り坂にある貴公の脳神経でもそろそろシナプスをつないでは貰えんかねッ」
「何としたことか、歩み寄りつつそのマッドサイエンティストは、こちらの思考を読んだかのごとく奇態な台詞を吐き散らしながらなおも近づいてくる」
「さっきから台詞がもれてるよ、陽司」
「ぬはぁしまった」
 冗談はさておいて。
「いやあ羽美さん。相変わらずトばしてますねえ」
「うむッ。夏は良い。成層圏からの電波を受信しやすいからなッ」
 さいですか。
 この御人の名前は、石動(いするぎ)羽美(うみ)さんという。ここまで来れば想像はついていると思うが、彼女もおれ達『人材派遣会社フレイムアップ』のメンバーの一人だ。以前どこかで話したことがあるかも知れないが、おれ達が仕事で使うしょーもない小道具の発明と、主に電子面での情報収集、技術的なバックアップを主な役割としている。おれがいつも胡乱なアプリや音楽を詰めて持ち歩いている違法改造携帯『アル話ルド君』も彼女の手によるものだ。現在はうちの事務所に事実上就職しているが、それ以前は(よくは知らないが)アメリカの某工科大学でもちょっとは名の知れた俊英だったのだとか。
 年のころは所長と同年か若干上ではないだろうか。伸ばし放題のぼさぼさの髪。どこのメーカーのものかわからない怪しげな瓶底眼鏡を、まるで戦場に向かうハイテク兵士のゴーグルのようにがっつり装備しているその風貌だけでも十二分に怪しげだ。いかにも学者、と全身で主張するかのごとき白衣を着込んではいる。だが、地面にまで届く長い裾をずるずると引きずっているせいで、すでに下半分は白衣なのか茶衣なのか判別不能になっている。ちなみにうちの女性陣の中ではもっとも長身だったりする。ひょっとしたら直樹に匹敵するような脚長外人体型なのではないだろうか。いつも白衣に包まれている上、PCの前に座っているときは常に妖しい笑みを浮かべつつ猫背、反面、歩くときは無意味に笑いながらそっくりかえっているので今ひとつ判断がつけがたいのだが……。
「時に亘理氏ッ。困っているそうだなッ」
「イヤ別ニ困ッテイマセンヨ」
「遠慮せずとも良いッ。安心せよ。科学が無知蒙昧な徒を差別したのは十九世紀までだッ」
 あんまり根拠の無い発言をしないで欲しいなあ。とはいえ、このままではあまりにも話が進まないので、おれは今までの状況を羽美さんに話してのけた。
「そういうわけでね。ここは羽美ちゃん頼みってわけなのよ」
「石動さん。お願いします」
 さりげなくテーブルの下で真凛がおれを小突く。ヘイヘイ。ワカリマシタヨ。
「ああ、神様仏様石動大明神様っ。この卑小な知識しか持たぬ哀れな凡俗をその偉大な叡智でお救いください~」
 あまりにも見え透いたおだてにいくら何でも怒るかと思ったものだが。
「ふむぅ。ふむぅ!ふむぅ!!人探しとな!容易いッ!!小生に任せておきタマエッ!」
 この辺り、いかに知能指数が高かろうが、うちの事務所の構成メンバーたる資格は充分だと、おれは思う。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月17日 (土)10時35分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 8

「……と言っても、実際にやることはネット上の検索なわけですか」
 おれは事務所の奥にある石動研究所(和室六畳間。ちなみに隣には洋室六畳の仮眠室がある)に通された。和室と言いつつ無数の配線と機材のジャングルに埋もれ、畳なんか一平方センチメートルだって見えやしない。羽美さんが巨大バイスの上にノートPCを乗っけてソフトを起動させる。おれはと言えば座るところも無いので、立ってPCを覗き込むしかない。
「まあな。来音のように紙媒体の資料を地道に漁ると言う手もあるが、今回はそこまで悠長に調べている時間は無いのだろう?」
 おれは頷く。うちの事務所の情報は、ほとんどが羽美さんがネット上で集めてくるデータと、来音さんが官公庁や図書館、各種年鑑から調べ上げてくる書類、所長の人脈に拠っている。今回は来音さんにも動いてもらっているが、今夜にもあの黒いコートの怪人が再度襲ってくるかもしれないとなれば、情報は出来るだけ早いうちに揃えておきたいものだ。
「そこで、コイツの出番となる。石動研究所謹製、機能拡張型検索ソフト『カー趣夫人』であるぞ」
「……ただの検索エンジンじゃないっすか」
 起動されたのはごく一般的なブラウザソフト。そこには検索エンジンと思しき、キーワードを入力するだテキストボックスが一つあるだけのシンプルなページが表示されている。どうやら羽美さんのオリジナルのようだが。
「如何にも検索エンジンよ。だが、『ただの』ではないぞ」
 羽美さんは『笹村周造』と打ち込むと検索ボタンを押した。たちまち表示される『笹村周造』の文字を含むページ。そこには同姓同名かと思われる『笹村周造』氏の情報がいくつかと、無数の『笹村』さんと『周造』さんの情報が含まれている。
「つうか。ここまでならおれでもすぐ出来るんですが」
 というか、中学生でも思いつくぞ。初恋の人の名前を何となく入れてみたりとかな。
「そんなことをやっていたのかね?」
 いやまて、みんなやるだろう?少なくとも自分の名前を入れてみたりとか。
「まあ待つがよい。亘理氏。貴公の調べたい『笹村周造』はこの中に居るか?」
 無数に表示された検索結果を眺める。クランビールの研究所のページの社員名簿一覧の中に『笹村周造』と確かにあった。
「この人で間違いないでしょうね」
「そうか。ではこの人物についての情報を集めるとしよう」
 羽美さんは手際よく、そのページの『笹村周造』のテキストをダブルクリックした。
 瞬間。
 ブラウザソフトが猛烈な勢いで情報を吐き出し始めた。並行して無数のファイルがノートPCのデスクトップ上に積み上げられてはフォルダに格納されてゆく。
「な、何をやってるんですか?こいつ」
「いやあ。実際の所片手間に作ったものであまりたいした事はしておらんのだ。クラウド上に放牧している人工知能と連動させた検索システムでな。文面からこの『笹村周造』氏の周辺情報、例えば三十台男性であるとか、クランビール社員であるとか、大学はどこか、などを読み取り、それ自身をキーワードとして再検索。結果を元に『笹村周造』の情報を再強化。今度はそれによって得られた学生時代の研究所名や入社年度をキーにさらに再検索……と繰り返していく。人間がネット上で個人の情報を追跡する時と基本的には同じだが、これを人工知能の速度で、徹底的にやりつくす。SNS上に泳がせている人間に擬態させたbotも使用して、対象が使用していると思わしきアカウントを絞り込む。キーワードを選択するセンスと、紛らわしい情報や嘘を見分けるカンにはまだまだ改良の余地があるが……ま。五分も検索すればそれなりに成果が出るはずであるよ」
 それは結構凄いことなのではないだろうか?
「たいしたものではない。大手検索会社はすでに着手しているしな。小生がこれを作ったのはひとえに我が終生の目標の為よ」
「ああ、美少年アンドロイドを作るのが夢なんでしたっけね」
 ここらへんは深く突っ込まないでおいてやって欲しい。
「ハッキングとウィルスを連動させて、よりプライベートなデータベースからも情報を奪ってくるように強化してみるのも一興かも知れんな」
「そ、それはいくらなんでも犯罪ゾーンぶっちぎりかと」
「おう、そんなことを言っているうちに出来上がったぞ」
 チーン、と一昔前の電子レンジのような間抜けた音がして、検索ソフト『カー趣夫人』は終了した。あとに残されたのは一つのフォルダのみ。おれはそれを開く。
「……凄い」
 中に入っていたのは一つのHTMLファイルだった。そこには、『笹村 周造』氏の生誕地、学歴、就職先、転居の履歴、健康状態、現時点の身長体重。予想される趣味や好き嫌い。ネット上のハンドルネームや、頻繁にアクセスしているサイトまでがずらりと列挙されていた。しかもどこから手に入れたのか、学生時代の写真や子供の頃の写真まで添付されている。
「ふぅむ。やはり一流企業の優秀な研究者ともなれば、それなりにネット上に経歴や足跡を残している。ウェブ上の情報でも、力技のストーキングでそれなりには見られるようになると言うことだな」
 のほほんとのたまう羽美さんとは対照的に、おれは冷や汗を禁じえない。これでは個人のプライバシーなど丸裸も同然ではないか。
「なあに。ここに上げられているのは全て推測だ。鵜呑みにすれば痛い目にあうのは貴公の方だぞ?」
 言ってにやりと羽美さんは笑う。
「それを確かめるのが貴公らの仕事だろうが」
 それもそうか。おれは頷くと、羽美さんが助けてくれたこのファイルを丹念に見てゆく。クランビール勤務。それ以前は某大学の農学部の大学院に在籍していたのだそうだ。ここらへんは所長が事前に調べた情報とも合致する。その前は、と。おや。
「結婚してますね、この人」
「ふふん。それも婿養子に入っているようだな」
 ああ、なるほど。姓が変わっているわけだ。普通に検索しただけでは旧姓の情報は取りこぼしているかもしれない。おれは結婚前後の情報を集中的に調べてゆく。
「旧姓『吉村 周造』。大学農学部在席時に同大学国際学部の『笹村 瑞恵』氏と結婚。以後、笹村姓を名乗る。へぇー。学生結婚か」 
 おれにとってはまるで異星の出来事である。
「大学院生ならそう珍しいことでも無いとは思うがな」
「そういうものですかねえ、っと。ちょっと待った。奥さんが居る人が東京で一人暮らしってことは、単身赴任か?」
「いや。ここに書いてあるが、笹村瑞恵氏の実家は埼玉県の草加市だ。入り婿なら充分に通えるはずの距離だぞ」
「羽美さん、この瑞恵さんについて同様に調べることは可能ですか?」
「無論の事」
 言うや、羽美さんは再びPCを走らせ、猛烈な勢いで情報が吐き出される。ファイルが完成されるのを待っている間に、部屋に所長が入ってきた。
「三日見ないと新しい機材が増えてるってのはどういうわけかしらねぇ」
「何。必要経費だよ社長ッ。経営者は細かいことを気に病んではいかんッ!」
 ちなみに羽美さんはなぜか所長のことを『社長』と呼ぶ。
「こないだ回してくれた領収書。ソフトって書いてあったけどアレ、ファミコンのゲームでしょ?」
「イ、インスピレーションを養うのに必要なのだよッ」
 そういや地底大陸オルドーラなんて買ってたな、この人。
「さ、さあ亘理氏。待望のデータが完成したぞ。見てみタマエ」
 露骨な話題のすり替えだったが、このままでは何時までも話が進まないので乗ることにした。おれは眉を顰める。
「死別してますねえ」
 笹村瑞恵氏は大学時代に国際学部に所属していたとの事だが、どうにも日本の枠には収まらない人物だったようだ。結婚後は商社に就職し、学生時代に培った語学の知識を生かして各国で働くかたわら、ボランティア活動にも力を入れていたようである。まさしく国際派キャリアウーマンを地で行っていた、というあたりだろうか。
「死因は……飛行機事故、か。旦那さんもやりきれないわねえ」
 東欧の某国を移動中に飛行機が墜落して、奥さんは帰らぬ人となったのだそうだ。その後も笹村周造氏は『笹村』の名を変えず、現在も己の仕事を継続しているのだと言う。資料をしばらく見ていた所長がおもむろに口を開いた。
「亘理君。笹村氏って他に家族はいるの?特に都内に」
「えーと。実家は福島の方みたいですね。ご両親は学生時代にすでに他界されてるし、親しい親戚はここらへんにはいないみたいです」
 ふむ、と所長は形の良い顎に指を当てて考えた。
「じゃあ十中八九、笹村さんがいるのは奥さんの実家でしょうね」
「そんなことわかるんですか?」
「まあねえ。そういう人ってね。割と結婚するとき『家族』を求めるものだから。ただ好きな人と結婚するだけじゃなくて、その人の家族の一員になろうとすることが多いのよ。笹村さん、子供もいなかったんでしょう?何かトラブルに遭遇したのなら、戻るのは自分の『家』じゃないかしら」
 そんなものなのだろうか。
「さすが所長!感服しました。さすが不倫慣れしていらっしゃる。三十男の心理は手にとるようにわかるというわけですね!」
「殴るわよ?」
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月23日 (金)01時21分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 9

「はぁ~、お腹一杯だと幸せだよねえ」
「……奢りならなおさらな」
 途中の蕎麦屋で昼飯としてざる蕎麦六枚とカツ丼セットを平らげ、おれ達は千代田区のマンションに戻ってきた。ちなみにおれが食ったのはざる二枚な。なんていうかおれのバイト代の経費はほとんどコイツのメシ代に消えているんじゃないだろうか。別に年上の貫禄で奢ってやる、というわけでもなく、ただたんに毎回連続でジャンケンに負けているということなのだが。何故だか知らんがこいつ、ジャンケンが反則的なまでに強い。いちおうその凄まじい動体視力を使った反則はしていないらしいが、だとすればなおさらとてつもない強運ということにもなる。入った店が高田馬場の学生向けの店で助かったぜ。
「くそう。前金がほとんどパァだぜ。何としても成功報酬を貰わないといかんな」
 おれ達の任務には経費という概念が極めて希薄だ。おれ達には任務に従事する際、かなり自由な行動権が与えられる。かと言って、事務所としてもあまりに好き放題やられて費用が依頼料を上回るようなことになれば本末転倒である。特にウチの連中は派手な事をしたがる、せざるを得ない奴らが多いので尚更だ。結局、このような事情が相まって、現在のところは自己採算性ということに落ち着いている。つまり、報酬額は充分に支払われる代わりに、任務中に発生する諸々の費用は全て自分持ち、というわけ。高めの報酬を手に入れたければ、『なるべく安上がりに』解決せねばならない。反面、経費をケチって任務を失敗しては目も当てられないので、おれ達としては常に己の財布と相談しながらの任務遂行となる。中には己の能力を行使するのに特殊な媒介、例えば宝石や呪符など、を用いる奴もいて、そういう連中は媒介を通じて一段強力な力を行使できる反面、毎回収支を合わせるのが大変らしい。
 ともあれ、マンションの玄関を空けると、相も変わらない緑のスイカの海の中、これまた不景気な面でコンビニ弁当と向かい合っている直樹がいた。
「早かったな」
「羽美さんがいたからな」
「そうか……」
 その一言で大体の事情を察したらしい。直樹は黙々とチキンカツ弁当を平らげていく。
「なんだ、ジャンクフードは嫌いじゃなかったのかよ」
「嫌いだ」
「だからってそんなに仏頂面で食べるなよ。弁当に罪はないぞ?」
 こいつは貧乏人のくせにやたらと衣食住にこだわる。昔の羽振りが良かった頃の癖が抜けないのだろう。出来合いのコンビニ弁当やら二束三文の投売り衣料はこいつの嫌いな最たるものだ。とはいえ、いくら嫌ってみたところで財布が無ければ何も文句は言えないのがこの東京砂漠。結論としてこいつは現実と折り合いをつけつつ理想を追求していくことになる。その成果か、ここ数年でこいつはブランド品の特売やらスーパーの食材の相場やらにやたらと精通した。主婦もびっくり一家に一台、お買い物の達人に成長したのである。そうやって身を削りつつ見栄を張って、得た報酬は先ほどのような趣味の領域につぎ込んでいるのだから、やはりこやつの考えることはおれには理解できない。
「衣食住を満たして趣味にまで金を使えるのだ。これほど幸せな人生はないぞ」
 ああそうですか。お前に将来の夢って言葉は、ってまあ将来って言葉自体あんまり意味がなかったっけかな。食うか、と直樹が残りの弁当を押しやってきたのを断り、おれは今までの事情を説明した。直樹は眼鏡を押し上げ、
「では、これから埼玉のその死別した奥方の実家とやらを訪問するというわけだ」
「そういう事になるな。お前はどうする?」
「ふん。午前中はゆっくり居眠り出来たことだし、流石にそろそろ留守番も飽きてきたな。真凛君さえよければ、今度は俺が出よう」
 午前中から読みふけっていたらしいライトノベルを鞄に仕舞いこむと、一つ首を鳴らして立ち上がる。
「貴様はどうするのだ?」
「どうしようかね」
 正直なところ昨夜もゆっくり眠れていないので、真凛と直樹が出て行くというのならおれはここで今度こそごろ寝を決め込みたいところなのだが。
「ボクは直樹さんと一緒のほうがいいなあ。陽司と一緒だとこっちの品位も疑われるしね」
 などと抜かすお子様。犬ですらメシを奢ってやった恩を忘れぬというのにッ。だいたい街を特大フィギュアをぶら下げて歩く人間と共に歩いて品位が疑われないと言うのか。おれなんてせいぜい街を歩く美人のお姉さんを見つけると気になって一日後を追跡してみたりする程度だぞ。何がいかんのだ。顔か。顔なのか!?
「まあいい。とにかく。そっちは特に変わったことはなかったか?」
 おれは投げやり気味にザックをスイカの海の向こうのテーブルに放り投げた。狙いは外れたがどうにか片隅にひっかかった。
「ふむ、そうだな。しいて言えば宅配便の男が来たくらいか」
「宅配便?」
 真凛と思わず顔を見合わせてしまう。
「一応俺も貴様の話は聞いていたからな。ほれ」
 直樹がひょいと投げて寄越したのはうちの事務所の小道具の一つ。全体から突き出た無数のコネクタでありとあらゆる回線から貪欲に情報を吸い上げるマルチ録音録画システム『シャー録君』である。
「インターホンのジャックにかましておいたから、映像は撮れているはずだ。見るか?」
 そういうことなら異論は無い。おれはさっそくシャー録君内臓のUSBケーブルを引っ張り出すと、断り無しで直樹のノートPCに接続した。
「ああ。こりゃ昨日も来た宅配便のおじさんだな」
 録画されたインターホンの画像はまさしく昨日来た、やたらと元気のいいあのおっさんであった。これならば取り立てて騒ぐことでもない。
「昨日、また後日伺います、って言ってたからなあ。また今日来てみたんじゃないのか」
「それもそうだな。では我々も奥方の実家に赴くとしようか」
「ちょっと待ってくれませんか?」
 異議を申し立てたのは真凛だった。
「なんか気になるところでもあったか?」
「もう一回巻き戻してみてよ」
 おれが見た限りでは特に不審な動きはなかったが。ともあれおれは画像再生ソフトをクリックして映像を巻き戻した。それを食い入るように見やる真凛。そういや昨日はおれが応対に出たから、こいつは直接宅配便のおっさんを見てはいなかったな。
「この人、本当に宅配便の人かな」
「どういう意味だよ」
 真凛の頬が緩んでるということは、結果はだいたい想像できるが。
「軍人の歩き方をする宅配便の人って、日本にはそうは居ないと思うな」
「兵隊の歩き方って。お前そんなもんわかるのか」
「昔良く大会に飛び入りで参加してくる元軍人の外人さんたちがいて。そういう人に共通する歩方だった。歩幅がかっちりしてるからすぐわかるよ」
 ドコノ大会デスカ。
「ははあ。じゃあマシンガンでも持って攻め込んでくるとか?宅配便のおっちゃんが」
 冗談のつもりだったのだが。
「陸軍の人とはちょっと違うと思う。どっちかって言うと、もっと身軽な武装を前提にしてるかも」
「軽装と言うと、ナイフ、拳銃といった所かな」
 横から口を出す直樹。
「ええ。それとあんまり表に出てくる人じゃないみたいですね」
「と言うと?おい亘理、拡大して見ろ」
「へいへい」
 どうでもいいが三人いると狭くてしょうがない。
「……やっぱり。歩行に癖があります。意図的に隠しているんだろうけど、歩くたびに足の裏に重心が移動してる。これ、忍び足の要領ですよ」
「忍び足が日常化しているような生活を送っている、という事か」
「んで歩調は軍隊調、だろ。と言うと……」
 どっかの特殊部隊、というところだろうか。
「あるいはどこかの秘密警察とか、な」
 直樹が苦々しげに呟いた。どうもこいつはこの種の手合いと反りが合わないらしい。
「どこかの軍人が足を洗って宅配便会社に勤めてる、って線を期待したいところだがなあ。まあ無いだろうな。要注意人物、以後は来ても応対しない方が良いな」
「真凛君。一つ聞くが。その男の歩き方から、得意そうな間合いとかはわかるかい?」
 間合い、とくればこいつの得意領分だ。何と言っても相手の体勢から弾道すら見切る娘である。と、真凛の顔がふと曇る。
「どーした?」
「うん。この人の腰の入れ方だと明らかに一足一刀以上の遠間を想定した攻撃を繰り出してくるはずなのに。歩き方はほとんど武器を携行しないものに近いんだよ。癖をここまで消せるものなのかな、だとしたら相当な強者だけど」
 んー。よくわからん。ちょっと整理。
「つまりこういうことか。槍みたいな長い間合いで攻撃するのが得意のはずなのに、普段は槍なんて持ち歩いていない、ってわけか」
「うん。そんな長いものをぶら下げてれば必然的にどこかバランスが歪むはずなんだけど」
「そりゃ、誰だって昼日中から槍なんぞぶらさげて歩いている奴はいないよ」
「そう。忍び歩きが習性になっているような人だし。だからこそ、長い槍を扱うことが信じられないんだ」
 ふぅむ。
「何、そう悩むこともあるまい。事態はもう少し簡単なのではないかな」
「え、どういうことですか?」
「ンだよ、言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「そうだな。例えば、そいつの攻撃方法が『手から何かを槍のように伸ばす』だとかな」
 あ、とおれと真凛の声が重なった。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年10月31日 (土)17時34分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 10

 埼玉県草加市。埼玉でも特に南部に位置するこの街には、おれ達が居た千代田区のマンションからドアツードアで四十分とかからずに到着することが出来た。時刻は夕方。東武伊勢崎線の駅を出て、おれ達は羽美さんが打ち出してくれた地図を頼りに駅前の商店街を進んでゆく。草加といえば煎餅が有名なのだそうだ。帰りに余裕があれば事務所の面々にお茶受けでも買って行ってやるとしようか。
「んで、またお前とかよ。鬱陶しいからおれの側を歩くんじゃねえよ」
「他人の台詞を横取りするな。今日は真凛君と仕事がてらのんびり街を散策しようと考えていたのだぞ?何故貴様のようなリアルキュビズムと歩かなければいかん」
 何気にすげえこと言われてる気がするぞ。ちなみに真凛はと言えば、宅配便のおっさんがどうやら昨日攻め込んできた黒いコートの男だとわかった途端に『ボクが留守番します!』と猛烈に主張し出した。……まあ、動機はわかりすぎるほどわかるのだが。このため、おれとコイツとが外に出ることになったのである。
「はん、どーせ平面の女の子しか興味が無いんだろ?」
 それを耳にした直樹、やれやれ、なんて哀れみを込めた目でこちらを見やる。
「亘理。女性に好意を向けられた事の無い貴様には到底理解し得ない心情だろうがな。俺は世の少女達は全て愛しいと思うぞ。二次元三次元問わず。これは真実だ」
 だから『少女』って限定するなよ。そんなおれの言葉も届かないのか、奴は嘆かわしげに額に手をやる。
「しかし万物は移ろい往くもの。愛した少女も時が過ぎ行くほどに成長し、いつかは大人になり巣立ってゆくものよ。その度に俺が味わう身を斬られるかの如き辛さ、貴様ごときにはわかるまい」
 素直に○学生以下しか愛せませんって言えよこの××野郎。
「その点!ゲームやアニメの中の少女達は素晴らしい。彼女達は何と年を取らぬのだ!!常に永遠の無垢を持ってそこに在る。人類は二十世紀に到って性的衝動と浪漫を類別することについに成功したのだ!」
「おっ。あれが笹村さんの実家だな」
 おれは歩を進める。コイツと一緒に補導されるのは真っ平ゴメンだ。通路を曲がってすぐ、角の所にその家はあった。うぉっほん、ここからは営業モード。インターホンを押す。
「失礼します。当方笹村氏にご依頼頂きました『フレイムアップ』という会社のスタッフのものなのですが」
 生垣に囲まれたその家はちょっとしたものだった。門越しに見える庭園は純和風。坪数も大したものだ。石灯籠の側に掘られた池には間違いなく鯉が飼われていると見て良いだろう。インターホン越しのおれの問いかけは沈黙を持って報われた。仕方が無い、予想されたことだ。では次の行動に移ろうか、と考えていると、
『ああ、フレイムアップの方ですか。どうもご苦労様です。お入りください』
 そんな声がして、門のオートロックが外れた。思わず直樹と顔を見合わせてしまう。
「失礼ですが、笹村周造様はご在宅でしょうか?」
 やや警戒交じりのおれの声に対する回答は、
『ええ、私が笹村周造です』
 いともあっさりしたものだった。
 
「お暑い中よく来てくださいました。お茶菓子は煎餅で良かったですか?」
「いえ、お構いなく……」
 純和風の邸宅の居間の中、おれと直樹は座布団の上で正座して神妙にお茶など啜っている。縁側越しに先ほどの見事な庭が一望出来るのだが、どうもこう広いと落ち着かない。
「しかし、正直に言って驚きましたよ。僕の部屋に強盗が入り込むなんて。取るものなんて何にも無いのに。いくら最近ついてないって言ってもなあ……」
 おれの目の前にいるのが笹村周造氏。昨夜突如失踪した依頼人にして、あのスイカが大量に溢れるマンションの主である。所長から聞いていたとおり、確かに三十代後半の実直な技術者、といった雰囲気だ。やや薄くなった髪を後ろに流し、厚めの眼鏡をかけている。今はポロシャツを着ているが、仕事場で白衣を纏っている姿が容易に想像できた。つい先ほどまでおれは手短に、今回任務中に起こった事件の概要を説明していた。その上で相手の正体を確かめるために情報が欲しい、と。それに対する回答が、先ほどの台詞である。
「驚いたなあと申されましてもね。当然予想されていたからこそ我々を雇われたのでしょう?」
 意識して感情を押さえてはいるが、おれの語調は若干きつかっただろう。そもそもこの人が極秘案件でろくに情報も流さずに留守番任務を依頼してくれたおかげで、おれ達は深夜のドタバタ劇を演じる羽目になったのだから。すると笹村氏はやや細めの目を大きく見開いて、
「極秘案件?とんでもない。スイカの番をお願いしただけですよ?」
「は?」
 ちょっと待ってくれ。
「失礼ですが、貴方は何か身の危険を感じておられたのではないのですか?だからこそ我々に部屋の護衛役を任命し、あなた自身は奥さんのご実家に身を隠された」
 笹村さんはぽかんとおれを見詰めて、目を三度しばたかせた。
「……何のことです?」
 傍から見るとかなりアヤしげな光景だ。男が三人、和室の居間で阿呆面を並べて向かい合っているというのは。五秒ほど経過した時点でまずは直樹が正気に戻った。
「どうやら、お互いに誤解があるようですな。差し支えなければ、今回弊社にご依頼いただくに到った状況を教えていただけますかな」
「ええ。お安い御用ですよ」
 おれは眩暈がしてきた。どこが詮索無用の極秘任務だよ。
 
 大手飲料メーカー『クランビール』での笹村周造氏の仕事は原料の品種改良だった。つまりは、ビールに使用する麦やホップ、ワイン用の葡萄、デザートに使用する果物類といったものについて、交配や栽培条件を変更することにより、より良い味、より高い生産力を引き出す仕事だ。もともと笹村さんは農学部出身であり、その知識を買われてクランビールに就職したのだそうだ。
 事の起こりは二週間ほど前に遡る。笹村さんが手がけていた品種の一つに、あるスイカがあった。以前から地道に研究、品種改良を続けていたのだが、それがこの度、ついに完成にこぎつけたのだという。笹村さんは喜び勇んで完成の結果まとめに入るとともに、今まで協力してくれた友人たちにもメールでお礼を送った。
「協力してくれた友人?」
「ああ。学生時代の研究室仲間やフォーラムで知り合った研究機関の人たちと、定期的にメールをやりとりしてるんです。ほとんどは茶飲み話と大差ありませんが、時々かなり突っ込んだ質問やアドバイスを貰うこともありまして。彼らがいなければ今回の完成はなかったでしょうね」
 なんとも嬉しそうにのたまう笹村さん。ところがそこから急に運が悪くなったのだ、と言う。
「運が悪くなった?」
 おれと直樹と二人して鸚鵡返しに聞いてしまった。
「会社からの帰り道、駅を歩いていたらひったくりに合ってしまって。愛用していたカバン一式を取られちゃいました。まあ、仕事の資料はほとんど会社に置きっぱなしなので文房具くらいしか実害がなかったんですけどね。それからしばらくして、今度は会社のロッカーに置いてあった出張用カバンがどっかいっちゃったんですよ。緊急時に備えて着替えと歯磨きセットが入っていたんですけど」
「はあ……」
「それで、ついこの間起こったのが会社のシステムチェックですね。なんでも私たちの会社のLANにハッキング攻撃があったらしくて。幸い事前に突き止められたので実害は無かったんですが、結局その日は総点検だの追跡だののてんやわんやで仕事になりませんでしたよ。おかげで次の日徹夜をする羽目になりました」
 困ったものですよねえ、などとため息をつく笹村さん。おれと直樹はさっきから口を開けっ放しの阿呆面を継続中である。っていうか、いくらなんでも気付くだろうよ。
「そんなこんなで縁起の悪いことが立て続けに起こりました。だからちょっと気分を変えたくなりまして。会社も夏季休業に入ったことだし、妻の実家に厄介になって、スイカに関する論文を一気に終わらせてしまおうと思ったのです」
「……あのう、つかぬことを伺いますが」
「何ですか?」
「今回ついに完成され、その論文にまとめられているスイカって……あの部屋に大量に植わっていたアレですよね?」
 笹村さんは子供のように表情を輝かせた。
「そうなんですよ!だから実家にしばらく厄介になるにしても、アレを放っておくことは出来なかったんです。私の研究の集大成、誰かに面倒を見ていてもらわなければいけないですからね」
「ということは。そのために我々を雇われた、とそういうことですか?」
「ええ!こういう事をやってくれる便利屋さんをタウンページで探したら、フレイムアップさんが載ってたんですよ。一覧の中から適当に選んで直接訪問したんですけど、受付の女性の人かなあ、感じのいい人だったんで一発で決めちゃいましたよ」
 ず、頭痛が。
「それで所ちょ……いや、受付の女性とはどういった対応をされたのですか?」
「ええと。どういったお仕事ですかと聞かれたので、留守番をお願いって言ったんですね。その後、多少料金は張りますが事情を一切聞かずに対応するか、事情を聞いた上で通常料金で対応するプランがあるとか言ってましたね。細かい事情を説明するのがわずらわしかったから一切聞かない奴にしてくれ、って言いましたよ」
 ……さいですか。
「料金等の提示はなかったのですかな?」
 直樹が言う。たしかに、何と言うかその、うちは派手なことをやる分料金もちょっとお高いはずなのだが。
「ええ、料金表を渡されましたよ。忙しかったんで見ないでとりあえずOKで返事をしておきました。まあ、便利屋さんの相場ってそう劇的に変わるものでもないでしょうし」
 変わるんですよ。頼むから見てくださいよ。っていうか、この人絶対に近い将来クレジットカードとか通信販売とかでトラブル起こすぞ。金を支払いする前には必ず情報は確認しような!おれからのお願いだぜっ。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月09日 (月)22時02分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 11

「先ほどもご説明したとおり、侵入者騒ぎがあったわけですが」
 おれはお茶を飲み干し、口の中を潤した。
「我々としても依頼を受けた以上、スイカの番は責任を持って果させていただきます。そのためにもこのご依頼についての確認をしておく必要があると思うのです。改めて二つ質問があります。一つ。笹村さんが開発されたスイカの研究データは、今どちらにあるのですか?」
「研究データはここ、私の個人用のノートPCですね。いつもあの部屋に置きっぱなしだったんですが、作業に備えて持ってきました」
「了解しました。で、二つ目。これが肝心な質問なのですが」
 おれは一つ間を置いた。
「そもそもあのスイカには、いったいどんな秘密が隠されているのですか?差支えが無ければ教えていただけませんか」
 ついに核心に切り込んだ。しばしの沈黙が、辺りを満たす。おれが笹村氏の表情をみやると彼は――きょとんとしていた。ついで、堰を切ったように笑い出す。
「な、なんかヘンなこと聞いたっすかねおれ?」
 思わず口調が素に戻ってしまう。
「い、いえ別に。ただ、秘密なんて。そんな大真面目な顔をしておっしゃらなくても」
 ちょっと傷つくなあ。直樹が引き継ぐ。
「しかし、長い間の研究の成果でしょう?例えば凄く味が良いとか、色が赤くて通常の三倍収穫出来る等といったものではないのですかな」
 そんな便利なものじゃありませんよ、とのたまう笹村氏。笑いが落ち着いたのだろう、彼はお茶のお代わりと、煎餅が尽きたのか草餅をおれに勧めてくれた。とりあえず頂く。
「だいたい、そもそもがこのスイカは職務で作ったものではないんですよ。あくまで個人的な研究だったんです」
 草餅をほお張りながら笹村さんは述べた。だから、職場の方にもデータとかは持っていっていないんですよ、とも。
「……例えば、クランビールの時期主力商品の素材になるとか、ではないのですか?」
 そうなればちょっとした価値モノだ。産業スパイが然るべきルートで捌けばそこらの美術品並みの値になる。しかし、
「そんな大層なものではありませんよ」
 にこやかに笹村さんは笑う。
「これはね、まあ妻に頼まれたものですから」
「奥さんとの約束?しかし、奥さんはすでに……」
 っとと。我ながらつまらん事を言ったな。
「ご存知ですか。ええ、三年前に死別しましてね。ちょうど今ごろ、お盆の時期でしたよ。仕事先の西アジアから久しぶりに帰省して、みんなでお墓参りに行こうということになっていました」
 しかし、帰国時の飛行機は不幸な事故に遭い、笹村氏の奥方は生きて日本の土を踏むことは無かった。羽美さんと調べた情報はほぼ正鵠を得ていたことになる。当たっても大して嬉しくも無いが。
「妻はね。どうもあそこら辺の国が好きだったみたいです。商社の仕事も、どちらかと言えばあっちの国で働きたいために就職したようなところもありましてね」
「そういうものですか……」
 おれは一つ首を捻った。実はおれや直樹もそこらへんの国を訪れたことがあったりもするが、政情不安定な場所もあったりして、出来得るならば通らずに済ませたいところ、などといった印象しかない。
「実を言うと私たちが初めて出会ったのもそこだったんですよ」
 笹村さんが挙げた地名は、日本ではあまり有名ではない国の名だった。
「ああ、そこでしたか」
 直樹が言う。
「かなり北に位置しながら内陸の気候の都合上砂漠が多い土地柄ですな。ついでに言うならお世辞にも国土は豊かとはいえない」
 もうちっと言葉を選べよ、と思いつつもおれも同感だ。
「私は学生時代に農学部に所属していた、というお話はしましたよね。実は一年ほどそこの研究生達で、ボランティアとして各国へ技術協力をしにいったことがあるんです。そこは見渡す限りの砂漠でしてね。その過酷な条件でも作物を栽培出来るようにするのが私たちの仕事だったんです。そこで同じくボランティアの通訳として来ていたのが瑞恵……妻だったのですよ」
 同じ目的を持つ二人はたちまち意気投合したのだという。
「砂漠にもっとも適しているのはスイカ、メロンなどの瓜類なんです。そもそもがアフリカの砂漠のオアシスが原産地ですし。中国の内陸部なんかでは、売り物にもなるし、持ち運びが出来る手軽な水分としても非常に重要な役割を果している。経済と食糧事情の双方に改善効果があるわけです。どちらで行くか試行錯誤したのですが、我々はスイカを選ぶことにしました。過去、実績もありましたしね」
 笹村氏には自信も熱意もあった。そして後に奥方となる女性の支えもあったのだが、結果として、一年をかけたこの試みは失敗に終わったのだという。
「気温が低かったんです」
 とは、笹村氏の弁だ。
「砂漠ですから当然、日夜の温度差が激しいことは覚悟していました。しかし、肝心の日中の気温が、アフリカや中東の砂漠とは大きく異なっていたのです。結果として私たちの持ち込んだ品種は、ろくな実をつけることはありませんでした」
 口惜しかったですね、と笹村氏は言った。きっと本当に口惜しかったのだろう。今その言葉を口にした時も、その表情は苦かった。
「日本に引き揚げて妻と結ばれてからは私は外国に出ることはありませんでした。妻はあちこち飛び回っていましたがね。でも、あの時の悔しさは妻も同じだったのだと思います」
 いつかあの国に、もう一回スイカを作りに行こう。それが奥さんの口癖だったのだと言う。だからもっと低い気温でも実る強いスイカを生み出してくれ、私も手伝う。そんな事を言っていたのだそうだ。
「私もその思いは一緒でしたよ。でもやはり就職してからは忙しくて、正直それどころではなかった。気がつけば十年も経ってしまっていましたよ。あいつが死んで、ようやく本気で作る気になったなんて、馬鹿な話です」
 視線はおれに向けられてはいない。その先にあるものはまた、別の風景か、人物なのか。
「だから、このスイカは、味も収穫量も、現行の品種と大差はありません。しいて言えば、冷夏でも実る。それがこのスイカに隠された秘密です」
「冷夏でも実るスイカ、ねえ」
 おれは首を傾げた。んなもんあんなブッソウな奴を雇ってまで奪いに来るものかねえ?
と、そんな思考は背後からの声に遮られた。
「おい、亘理、携帯が鳴っているぞ」
「おっとと」
 慌てて携帯を取り出す。相手は……真凛か。
「真凛か。どうした?」
『陽司?あのねえ。たしかあの宅配便のおじさんの会社ってあそこだったよね?』
 真凛が大手の名前を挙げる。たしかにそのとおりだ。
『今、ここから外を見てるんだけど。荷物を配っているにしては不審な動きの人が、それぞれ三人。なんかここを取り囲んでるみたいだよ』
 ふむ。どうやらあちらさんもだんだん手段を選ばなくなってきたってことかな。どうやらあまりここに長居をしているわけにもいかないようだった。
「了解。おれ達もすぐにそっちに行く」
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月19日 (木)21時53分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 12

 地下鉄が駅に到着すると、おれは一人改札を抜けマンションへと急いだ。駅前でぐるりと敵に取り囲まれるかとも思ったが、幸か不幸かそういったものはなく、おれは至極あっさりと地上に出ることが出来た。すでに日は落ちており、蒸し暑い夜の空気の中、おれはひたすら走ってゆく。と。
「!!」
 全く反応は出来なかった。それでもその攻撃が当たらなかったのは、向こうがあえて外していたからに他ならない。おれの目の前を槍のように何かが通り過ぎかすめていったのだ。攻撃のあった方を振り向くと、そこには脇道が口を開けている。しかし、その『何か』を飛ばしてきた相手の影は無い。
「ご招待、ってわけか……」
 ヘタに断ったら背中からぶっすりやられかねない。おれはしぶしぶ、そちらの道に向かった。道なりに二回も角を曲がれば、まだ建設中なのだろうか、絶望的なまでに静かな工事現場が広がっている。お盆休みだからかどうかは知らないが、駅前に程近いと言うのに通行人は絶無だった。さながら絶壁のごとく両側に聳えるビルの隙間から、騒音を撒き散らしながら走り往く総武線が視界の端によぎる。上空には満月から下弦に傾きつつある月。蒸し暑い夏の夜だと言うのに、その男は黒いハーフコートを着込んでいた。
「どうもこんばんわ。あんたと会うのは二度目、いいや三度目だったかな」
 おれは男の顔を見やる。初老とも言えるその顔は、確かにあの時おれ達の部屋を訪れた宅配便のオジサンであった。
「変装も潜入も偽装も一人でこなす、と。まったく人手不足だと大変ですねえ」
「ご心配痛み入ります。されどそういう事が生業ですのでお構いなく」
 ほほ、と男が丁寧に一礼する。その姿からは、威勢のよい宅配便業者のイメージを思い出すのは難しかった。
「んで、何の用かな?悪いけどおっさんとお茶を飲む趣味は無いんだけどね」
「いえいえ。そろそろお互い膠着状態にも飽きが来たのではないかと思いましてな。決着をつけようかと思い立ちまして、ハイ。ああ、ワタクシこういう者です」
 男の手から放たれた紙をおれは受け取る。そこに記載されていた社名は、
「国際人材派遣会社海鋼馬(ハイガンマー)公司……別名『傭兵ギルド』だったかね」
「ご存知のようで光栄です。皆からは『蛭(リーチャー)』と呼ばれております。前職では主に政府筋で人事関係の仕事をしておりました」
「やだやだ。公務員が民間に再就職すると、ろくなことがないね」
「そういう物言いは物議を醸すのではないですかな?」
「なあに、お役所のやり方を持ち込むと、って意味さ」
「人事はなるべく公平を心がけておるつもりなのですがねえ」
 はん。おれは嘲笑する。
「テロリストへの内通者が潜伏している村の人間を、「疑わしい」という理由だけで全員殲滅して回るのも平等主義ってワケだね」
 『蛭』の雰囲気がわずかに変わる。
「ほほ、お若いのに博識でいらっしゃる」
「幸か不幸か、この業界長いもんでねぇ」
 おれは投げやりにコメントすると、わずかに足を引いた。
 国際人材派遣会社海鋼馬公司。中国を拠点とする企業で、社名だけならまっとうな会社に見えなくも無いが、その実態は冷戦終了後の政治崩壊で職を失った各国のエージェントを雇い、世界各国へ派遣する、いわばおれ達の同業者だ。だが問題が一つある。この雇われる連中というのは、大概が政治崩壊後、まともな職に就けなかった政府、軍隊関係の連中なのだ。敗走した政府軍、旧特殊部隊くずれ、元秘密警察。そんな連中が得意とする仕事と来れば、どうしても拉致、拷問、脅迫、爆破と言った後ろ暗いジャンルに偏らざるを得ない。結果として、海鋼馬のエージェントと言えば各国の犯罪組織を幇助する用心棒を指すようになる。『傭兵ギルド』の異名を取るのはそのためだ。おれも関わり合いになったことが何度かあるが、『なるべく犯罪行為にひっかからないように』仕事をするおれ達と、『なるべく犯罪行為がバレないように』の連中とはハッキリ言って反りが合わなかった。
「さて。あらためて交渉をお願いしたいところですが」
「スイカの新種登録申請のデータだったら完成したぜ」
 『蛭』の目が細まる。
「あんたらの狙いはあのスイカだってことは誰だって判ることなんだが。理由がどうしても見つからなくて困ってたんだよ。知的財産権や特許に詳しい人に情報を集めてもらって、ようやく判った」
「……」
 ギリギリ間に合った。来音さんに知り合いの弁理士に問い合わせてもらった成果である。
「つい最近成立した、『新種作物の創作権の保護』って奴だろ。あれに登録申請をされることだけは、あんたらは阻止しなければならなかった」
 本やソフトウェアに著作権が存在するように、農産物も品種改良によって創り出されたものには、創作者に一定の権利が存在すべきである、という考え方だ。とはいえ、これまではあまり徹底されておらず、日本の農家が苦労して開発した新種の苗が海外に持ち込まれ、数年後には大量に安価に逆輸入されて却って首を絞める事になった、などという事もあったとか。バイオ技術が進んでいる日本が、いわば海賊版の横行への対策として打ち出したのが『新種作物の創作権』である。これにより、先ほどのような状況に対しても特許使用料のようなものを発生させることで、創作者に利益を還元させることが出来るのだ。
「想像力のたくましい方ですね。それではまさか我々の雇い主まで見当が付いているとでも?」
 『蛭』の値踏みするような視線を、真っ向から受けて立つ。帰りの電車で大急ぎで組み立てた推理だが、それなりに自信はあった。
「憶測しかないけどね。どっかのお国直営の外資企業。それも実際はお国の命令で、大使館のバックアップまでついてます、って所じゃないか?」
「……どうしてそう思われるのですかな?」
「最初は新種登録の妨害なんてのは企業同士の諍いだと思ってたんだがね。どうにもしっくりこなかった。そろったデータを見る限り、味としては従来種とそう大きく変わりは無い。ただでさえ不確定な要素が多い農作物の特許にそこまでリスクを払うものか、ってな」
 しかし、笹村さんの話を聞いて納得がいったのだ。営利目的ではなくボランティア、それも国際貢献となればまた別の利害が色々と話が変わってくる。
「砂漠の緑化と言えば良いことづくめのように思えるが、現実問題としてはそれで損害を被る連中も存在する。例えば、その砂漠地帯の食糧事情が大幅に改善されると、そこに今まで食料を支援することで実質的に支配していた大国の立場はどうなるのか、とか。ひいてはそれが独立運動の機運に結びついたりしたらどうなるのか、とかね。それは大げさではあっても決して笑い話じゃない」
 馬鹿馬鹿しいようで、まったく笑えない話だ。食物のため。人類にとって恐らく最も原始的で切実な闘争理由だろう。
「そして、日本で公式に登録されてしまえば安易にコピー商品を作り出すわけにもいかない。ならば、登録をさせなければいい。いや。苗さえ手に入れることが出来れば、むしろ自分達が大きなアドバンテージを握ることにもなる。そう判断したからこそ、その国のお偉方は――」
「……それから先はあまり口にされない方がよろしいかと」
「ああ。おれもこれ以上くだらない内部事情に足突っ込むつもりはないよ」
「賢明ですね」
「飛行機を落とされちゃかなわないからな」
 『蛭』の目が若干の驚きに見開かれる。おれはと言えば、当たりたくも無い推理がまた当たって反吐でも吐きたい気分になった。
「彼女の場合は特別だったのですよ。それ以外にも色々と公式な影響を持つようになっていて……」
「ンな話はどうでもいい」
 要するに、だ。
「テメェをこの場できっちりノして帰ればそれでOK、ってことだろ?」
 おれは二人称と共に、脳内のモードを切り替える。
「そういう事になります。そしてそれは我々にも当て嵌まる。そこまで妄想を逞しくされては、隠密に物事が済む段階ではなくなってしまった。貴方を消してしまえば無力な依頼人などどうとでもなる」
「街中でドンパチやらかすつもりかい?」
「いやいや。二十一世紀は怖いですなあ。平和な日本で無差別テロ発生とは」
 『蛭』の気配が、ハッキリと変わる。それは一昨日の夜、おれ達を襲撃したあの怪人とまさしく同じものだった。その両腕がすい、と持ち上げられる。
「そういえば、まだあなたの二つ名を伺っておりませんでしたな」
「ああ。聞かないほうがいいと思うよ。多分後悔するだろうし」
「……おやおや。名乗りを上げる度胸も無いとは残念。では、参りますよ」
 『蛭』の姿が一瞬にして視界から消える。瞬間移動、の類じゃない。
 ――下!
 その姿は蛭というより砂漠を波打つ蛇の如く。
 地面を這うかのように『蛭』が疾走する。その両手から漲る殺気。
 空気を切り裂く二つの音。攻撃個所を予測した上で、事前に十二分に回避の用意をしていてなお、おれの皮膚に赤い筋が二本走った。更に後退。しかし学生の後退と戦闘のプロの突進の速度を比べようという考え自体がそもそも無謀だ。たちまちのうちに間合いを詰められる。必殺を期してか、目前に掌がかざされる。今度こそ見た。その五指がぐにゃり、と捻じ曲がったのを。そして、五本の指が五つの点となり、おれの視界に閃く。咄嗟に膝の力を抜いて仰向けに倒れこむおれの視界に移ったのは、鼻先をかすめて空を貫く、一メートルの長さにも延びた奴の五指だった。
 『蛭』の名は、おそらくその指にある。武術ではありえない、自在に伸縮、屈折する指。何某かの肉体改造でもしているのか。一見無手の状態から、関節構造を無視し、指一本分の隙間を潜りぬけて長剣並みの間合いで刺突を仕掛けられるとなれば、暗殺には打ってつけの能力だ。一昨日に直樹の胸板を貫いたのも、郵便受けに潜ませた五指による刺突だったのだろう。
 ――そんな思考は、背中に突き抜けた地面からの衝撃に遮断された。ピンチが迫るほど思考が加速するのはありがたい体質だが、加減を誤ると本当に機を逸しかねない。見上げるおれの視線と、見下ろす『蛭』の視線。交錯は一瞬だが永遠にも感じられた。その掌から五本の毒矢が打ち出される。それは等間隔におれの頭を貫こうとして――横合いから突き込まれたはためく布に弾かれ、逸らされていた。そこには。
「貴様の相手は俺だろう」
 このクソ暑いのにコートを着込んだ直樹が立っていた。
「……いいタイミングで出てくるじゃないか」
「何。この台詞は一度言ってみたかったのだ」
 まさか狙ってたんじゃないだろうな?
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年11月24日 (火)22時34分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 13

 身を起こしたおれの事などもはや眼中に無く、直樹と『蛭』は静かに視線を交えていた。片や黒いハーフコートを着込んだ初老の男。片や、このクソ暑いと言うのにインバネスなぞ着込んだ直樹。カメラ越しに見れば十二月のシーンに見えなくも無いが、おれの周囲にまとわりつく熱気が、これは紛れも無く八月猛暑の夜なのだと訴えてくる。
「先ほど事務所に真凛君から再度電話があってな。突入してきた連中と戦闘を開始したそうだ。どうやら海鋼馬の連中らしい。第一波は問題なく撃退できたが、そろそろ第二波が来る頃だろう」
「お前なあ。毎度毎度の事ながら準備に時間かけすぎなんだよ」
 おれはぶつぶつと呟きながらズボンを払う。
 こいつは草加の笹村さんの家を出た後、一回準備をするとか言って、高田馬場の事務所まで戻っていたのだ。
「仕方があるまい。準備が必要なのは本来貴様も同様だろう」
 その出で立ちを見て、おれは一つ息をつく。
「本気ってことだな?」
「ああ。そういう事だから、貴様は早々に真凛君の所に駆けつけてやれ」
「あいつに援護が必要とは思えんがねえ」
「愛しい人を助けにゆくのは男の使命だぞ」
「そういうのを悪趣味な発言って言うんだぜ」
 おれは駆け出す。背を向けると同時に、待ちかねていたように直樹と『蛭』の戦闘が始まった。
 
 路地裏を抜けてダッシュすること三十秒。ここで息が上がって、そこから呼吸を整えつつさらに三十秒も歩き、ようやくマンションに戻ってきた。畜生、大学入ってからどんどん体がなまってきてやがるな。これで就職したらどうなることやら。
 エレベーターなんて怖くて使えない。オートロックを突破したらそのまま階段をかけあがる。ようやくお目当ての階にたどり着いた。
「真凛、大丈――」
 おれの声なんぞ遮って響き渡るけたたましい音。ドアを突破って吹っ飛んできた宅配便の制服の巨体がおれにぶつかってくる。受け止めてやる義理はないので身をかわすと、哀れ、その体は廊下の柵を越えて下へ落ちていった。ま、身体は頑丈そうだし、一階は植え込みだし。死にはしないだろう。
「戻ってくるまでもなかったかね」
 部屋の中を覗き込む。見事なものだった。スイカの生い茂る部屋の中、キレイにプランターを避けて八人ほどの男がノびている。本来三人居れば狭いはずの部屋に、パズルをはめ込むように倒れ方をしていた様は芸術的ですらあった。その中央に仁王立ちするのはうちのアシスタント。それにしても管理人さんには何と言えばいいのやら。
「とりあえず全員片付けたよ。でも、話に聞いていたコートの人はいないみたいだね」
「ああ。あいつは直樹と交戦中だ」
「えええっ!?何でこっちに回してくれないんだよお!」
「こっちに来る途中を襲われたんだ。おれに文句を言うな」
 真凛ががっくりと肩を落す。
「ううう。ボクは何をやっていたんだろう」
「なあに。きちんと任務を果したのだから全く問題は無い」
 おれはザックの中からガムテープを取り出した。ノされた連中を見やってため息をつく。男を縛り上げるのはあまり興が乗らないなあ。
「しかしま、連中時間が無いと踏んでなりふり構わなくなりやがったな」
「結局、相手の狙いはわかったの?」
「まあな」
 後でコイツにも話してやるとしよう。直樹が『蛭』に負けるとは思えんし、おれの仕事もとりあえずこれで終わりだ。思わぬ大事になったが、まあ大した仕事もせずにすんだし、結果としては良かったと言うコトにしておこう。真凛にもガムテープを放り、二人して縛り上げては玄関に放り出していく。
 
 と。視界の端に、小さな光がまたたいた。
 
 ――おれがそのマズルフラッシュに気付けたのは、完全に偶然だった。外が月夜でなければ、注視しても夜闇以外の何も見つけることは出来なかっただろう。向かいのビルのさらに奥、一際高いビル、こちらから見て丁度二階分ほど高い位置に潜んでいた海鋼馬のメンバーが、仲間を巻き添えにする覚悟で攻撃を仕掛けてきたのだ。わずかに弧を描きつつ降り注ぐ、かつて見たことのあるモノ。再び思考が加速する。それはつまり。
 
「HK69……グレネードランチャー!!」
 
 正気かよ。マンションごと吹き飛ばすつもりか!?
 すでに真凛も反応している。気付けばその反応はすぐにおれを追い抜く。今すぐ全力で脱出すれば自分は間に合うかもしれない。
 だが。
 ここは部屋、今から逃げても恐らく間に合わない。自分とおれだけなら何とかなるかもしれないが、ここにはノびた連中と、スイカがある。ましてや何も知らない隣の住民はどうなるというのか。そう考えたのだろう。そしてその迷いが、致命的な初動の遅れを招いた。
 もう、この部屋の人間は誰一人マトモにはすまない。
 
 ちっ。
 
 あーあ。結局こうなるのかよ。加速する思考。無限に引き延ばされてゆく時間の中、おれはしぶしぶ脳裏の引出しを開けて、『鍵』を引っ張り出す。刻まれたバイパスに思考の電流が弾け、灼けつく。おれは『鍵』を放る。意識はトーンダウン。俺は鍵を受け取り施錠。閉じた扉ごとその存在をバックヤードに押しやる。
 さて。
 闇夜の中、すでにその形状すら把握できるほどの距離に迫った榴弾を俺は一瞥する。
 始めるとするか。
 
『亘理陽司の』
 
 鍵を掛ける。
 イメージするのはそれである。
 
 誰でも考えることだ。
 あの時、ああしていれば。
 あの時、ああしなければ。
 あの時、あれさえなければ。
 あの時、あれがあったら。
 今はもっと違っていたのに。
 
 人は生まれたときより無数の判断を経て現在に到る。それらが全て正しい判断だったと断定できる人間はいない。何故ならば、選ばれることの無かった選択肢は永遠のブラックボックスと化して、二度とその結果を確かめることは出来ないからだ。
 
 雨の日に、駅へ行くときに右の道を行ったら車に水を引っ掛けられた。これは不幸かもしれない。しかし左の道を行っていたらどうだったのか。何事もなく駅にたどり着けたのか。あるいは車にはねられて重症を負っていたのか?同じ日を二度経験することの無い人間には確認のしようが無い事象だ。
 
 それを運命、と言う人もいる。個々人の選択、外的な要因によって一瞬から無限に分岐し、無限からさらにまた無限の選択肢が広がる果てしの無いツリー構造。その中から選び取られるたった一つの選択肢こそが、運命なのだと。
 
 しかし、その中で与えられる選択肢にはすべて『因果』が存在する。
 世界には『原因』によって『行動』がなされ『結果』が生まれる。『結果』は新たな『原因』となり、次の『行動』を産む。雨の日に右の道を選んだのは、アスファルト舗装の右の方が砂利道の左より歩きやすいと判断したから。歩きやすい方を選択した理由は、前日に足に小さなケガをしていたから。人間の『判断』などその瞬間の外的な要因と己の現在の状態を引数として、答えを出力する一つの関数に過ぎず、それは選択ではなくて必然なのだ。
 
『視界において』
 
 鍵を掛ける。
 イメージするのはそれである。
 
 ならば。
 この世全ての『原因』を把握することが出来れば、次の『結果』を完璧に導き出すことが出来る。ならばそれは次の『原因』となり……。これを繰り返すことで未来を導き出す事が可能なのではないか。かつてそんな思想が流行したことがあった。
 これが『ラプラスの悪魔』だ。人間の脳にめぐらされたニューロンとその中を流れる電流すら計算し尽くし、感情や精神すらも式に置換し結果を予測せん。
 それは、果てしの無い無駄な作業なのだと思う。仮にもし。その行為が実ったとして。計算者に与えられるのは変化など起こり様の無い未来なのだ。それでは意味は無い。研究とは実益をもたらすものでなければならない。結局、後の世では混沌と揺らぎが生み出す事実上予測不能の世界がラプラスの悪魔を追い払った。だが、そんなものは人々は最初からあり得ないと判っていたし、彼らとてとっくに気付いてはいたのだ。
 彼らは思った。ラプラスの悪魔が存在しない以上、『結果』とは無数の選択肢から無数に派生する予測不可能なものである。選択肢が二つあれば、二つの未来が存在する。無限の選択肢があれば、無限の未来が存在する。当然のことだ。だからこそ人は欲望や目標に向かい足掻くのだ。
 しかし。それでは望むものにたどり着けないかもしれない。それもまた当然のことだ。

 ならば。

 無限の未来の中から、己の望むものへ突き進むのではなく。
 無限の未来の中から、己の気に入らないものを切り捨ててしまえばどうだろう?

『あらゆる類の』

 鍵を掛ける。
 イメージするのはそれである。

 望み得る事象を実現するために、無限の分岐へ鍵をかけてまわる。ハズレの道がすべてふさがれてしまったのなら、あとはどんなに複雑な分岐でも、開いている扉だけを選んでゆけば必ず正解にたどり着くのだ。手持ちの鍵の数はそんなに多くは無い。あまりに広すぎる事象、長すぎる時間を留めるのは亘理陽司に過度の負担がかかる。乗せられる単語の数は、限定性の高いものを十がやっと、というところか。我が師より受け継ぎしはただ一つの鍵。これによりて亘理陽司は世界すべての干渉を無価値とし、己の意に適う回答が出るまで物理法則を切り捨て続ける。

『爆発を禁ずる』

 割れた窓から飛び込んできた榴弾は、重い音を一つ立てて床に転がった。
「愚か者め。近代兵器など不発を前提として戦闘するものだ」
 俺は悪意を込めて、そびえる塔の向こう、兵士に声をかけてやった。当然聞こえるはずも無いが、明らかに兵士はうろたえていた。それはそうだ。戦争ならまだしも、入念に準備を行った初弾が不発等という確率は、
「~~ああ痛え。『あらゆる』、なんて景気のいい単語を乗せるなよなっとに」
 ぼやくおれの横を、疾風と化した真凛が走り抜ける。突進の速度をまったく殺さず掬い上げた榴弾を、ホレボレするほど力感溢れるオーバースローで振りぬく。報復の弾丸は五十メート以上の距離を先ほどとは逆の軌道を描いて見事、射手に命中した。たまらず崩れ落ちる射手。
「よっし、当たり!」
「当てるのは得意なんだよな、お前」
 ってかさっきは、『爆発しない』と定義しただけで、完全に不発になったかどうかはわからなかったのだが。まあ、言わぬが花と言うものだろう。
 おれはガラスの割れたベランダに歩み寄り、千代田区の町を見下ろす。そう遠く離れてはいないところで、もう一組の戦いは続いているはずだった。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月06日 (日)20時34分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 14

 月が翳り、辺りを闇が満たしてゆく。
 鉄骨の林の中、限られた空間を無数の線が貫き埋め尽くす。今やそこは、『蛭』の五指両手が織り成す蜘蛛の巣と化していた。その指はどれほど長く、迅く伸びるというのか。変幻自在に放たれ捻じ曲がる無数の槍衾の渦を、直樹はコートをなびかせながらひたすらに避ける。
「なかなか素早い。しかし、所詮人間の動きでは避け切れませんよ」
 『蛭』が言うや、さらにその攻撃の速度は上昇。もはや刺突ではなく銃弾に匹敵する速度で打ち出される攻撃を、それでも直樹はかわし続ける。
 真凛と異なり、奴には弾道を見切るなどと行った超人的な芸当は不可能だ。それでも奴が避けきれているのは奴自身の戦闘能力と、それなりに培った戦闘経験によるところが大きい。だが、それにも限度がある。
「……ちぃっ!」
 肩口を貫かんと閃いた薬指の一撃は、かわしきれるものではなかった。咄嗟にコートの裾をはねあげ、捌くようにその軌道を逸らす。胸板をすれすれにかすめていく薬指。危機が一転して好機となる。逃すものかとそのままコートの布地を巻きつけ、自由を奪い引き抜いた。力が拮抗したのは一瞬。
「何と!?」
 『蛭』が驚愕するのも無理は無い。直樹は奴の指を掴んだ左腕一本だけで、成人男性としても大柄の部類に入るはずの『蛭』の体を引っこ抜き宙に舞わせたのだ。体勢を崩したのを見逃すはずも無い。間髪居れず、こちらに飛んでくる『蛭』に向けてパンチを繰り出す直樹。だが。
「ぐうっ……」
 交差の後、吹き飛んだのは直樹の方だった。路地のゴミを舞い上げ、剥き出しの鉄骨にたたき付けられる。
「……ふん、そんなところからも出せるとはな。大した大道芸だ」
「困りますねえ。物価高のこの国では靴を調達するのも大変だと言うのに」
 それは、あまり正視したくない光景だった。『蛭』の右の革靴が破れ、さらに中から一メートル余りも延びた五本の足指が、獲物を狙う海洋生物のようにゆらゆらと直立して蠢いている。片や直樹はといえば、その新たな五指に貫かれたのであろう、腹部に幾つかの穴が穿たれ、そこから血を流していた。
「ふふ。貴方の能力は『怪力』でしょうかね。いずれにしてもその貫通創ではまともに戦えますまい」
 直樹は興味なさげに己の腹に開いた穴をみやる。それほどの負傷を追い、かつ今まであれほどの激闘を演じていたと言うのに、その額には汗一つ浮いていない。一つ小鼻を鳴らすと、インバネスのコートのボタンを外し、懐に左手を突っ込む。
「そろそろ本気で行くぞ」
 そんなコメントともに、ぞろり、とコートから何かを抜き出した。
「!?」
 『蛭』の表情が変わる。直樹がコートの中から抜き出したのは、サーベル。
 月明かりをその白刃に反射して冴え冴えと輝く、抜き身の一本の騎兵刀だった。その長さ、その大きさ。明らかにコートの中に隠しおおせるものではない。鞘も無く、剥き出しの刀身から柄まで銀一色の片手剣を、奇術師よろしく抜いた左手に構える。右手はコートの袖の中に隠したまま。先ほどの怪力に斬撃の威力が加わればどうなるか。直樹が間合いを詰める。『蛭』は咄嗟に後退。そのまま右の五指で直樹の心臓を貫きに掛かる。
 ――ずんばらりん。
 安易に擬音で表現すればそんなところか。高速で振るわれた騎兵刀の一閃は、肉をも貫く鋼の指を、五本まとめて両断していた。怯む『蛭』。追う直樹。『蛭』の左の革靴が爆ぜ、新たな五指が走る。しかし二度目の奇手は直樹には通じない。余裕を持って回避、なおかつロングコートの裾をその一指に絡める暇さえあった。捕らえられ、刀で断たれる指。しかし、それは囮に過ぎなかった。『蛭』はその一指を犠牲にして跳躍。仮組の鉄骨にその指を巻きつけ、あっという間に上へ上へと登ってゆく。たちまちその姿は月の隠れた夜の闇に隠れて見えなくなった。
「ふん。卑劣な振る舞いが身上の秘密警察崩れか。逃げの一手は常套手段よな」
 直樹の痛罵が届いたか、闇の向こうから『蛭』の声がする。
「おや。貴方のようなお若い方とは前職の時にはそれほど関わり合いになったことはございませんが」
 余裕を装っているが、自慢の両手両足の二十指のうち、六指を使い物にならなくされているのだ。指に痛覚が通っているのかどうかはわからないが、ダメージが無いとは思えない。とはいえそれも、腹に大穴が開いている直樹に比べればさしたる事は無いはずなのだが。
「ごく一般的な心情だ。人の庭先で詰まらぬ真似をされれば懲らしめてやりたくもなる」
「はて。東欧にお住まいでしたかな?」
 言葉はそこで途切れた。続けて上がる、無数の鈍い音。
「……!!」
 前後左右、そして上方から延びた十四本の『指』に、直樹が貫かれていた。

 鉄骨の塔から『蛭』が降りてくる。
「私の指は特別製でしてね。一度血の味を覚えれば、あとは臭いで追尾出来ます。視線の通らぬ暗闇であろうと問題はございません」
 切断された右の五指が蠢く。指先を切り落とされて怒っているのか。その掌を慈しむように見やり、
「ああ。安心しろ。お前達もすぐに元通りになるぞ。今度は男だが、若い人間の血だ。さあ、たっぷり飲んで育つがいい」
 あまり考えたくは無いが……この指は生きている。それも、まさしく『蛭』のようなものだ。直樹の全身に突き立てられた蛭どもが、その血を啜ろうというのか、一斉に身を歓喜を表現するかのごとく身をよじらせる。だが。
「……?」
 『蛭』の表情が曇る。
「ああ、つくづく嘆かわしい。かの偉大な詩人が吸血を愛の交歓にまで高めてくれたと言うのに。貴様のような奴が居るから我が品格まで疑われるのだ」
 唐突に、『蛭』の指どもが身をよじり始めた。だがそれは先ほどのような歓喜によるものではない。明らかに苦悶によるためだ。慌てて指を引き戻そうとする『蛭』。しかしその指たちは、まるで張り付いてしまったかのように直樹から離れることが出来ない。
「時間の流れと言うものは残酷なものだ。我が愛でし者、愛でし人、愛でし土地を次々と色褪せた『古き良き時代』とやら言うものに飲み込んでいってしまう。干渉をすれば互いに不幸を呼ぶだけ。止めれば止めたで、貴様らのような下衆共が我が領民の末裔を害して回る始末」
 いまや『蛭』にもはっきりと判るほど、その異変は現れていた。『蛭』が黒いハーフコートを来ていたのは、ただ隠密性を高めるためだけの理由だ。夏の暑さなど、訓練を積んだ者には不快感を催す程度のものでしかない。ところが、それが今。『蛭』は快適さを感じていた。まるで、今がこのコートを着て外出するに相応しい季節の如く。いや。むしろ、肌寒さを感じるほど。
 一際、指の蠕動が激しくなり……そして、止まった。愕然として見やるその視線の先で、直樹を貫いたはずの無数の蛭たちが、すべて、凍っていた。夜闇の向こう、十四の刺突に貫かれた男がいるはずの場所に浮かぶのは、瞳。紅玉を溶かし込んだような真紅にして、まるで溶鉱炉で燃える炎の如く、燦然と輝く黄金だった。その時、雲が去り、月明かりが再び周囲を鮮やかに蒼に染め上げる。
 
 そこに、それは存た。
 
 己の体内から吹き昇る膨大な冷気に、纏ったコートをまるで戦に望む王侯の外套のごとく靡かせ、逆巻く銀髪の元、眼鏡に覆われていないその瞳は紅き竜眼。手にし騎兵刀の正体は、その魔力で誂た氷の一片。その身に触れしものはたちまち凍てつき、無垢なる白へと存在を昇華させられ破滅する。
「吸血鬼……ですと!?」
 『蛭』が絶句する。それは彼の故郷でも、そしてこの業界でも御伽噺として一笑に付されるべき存在のはずだった。少なくとも、この業界で吸血鬼と言えば、数次感染を繰り返し、人間を多少上回る運動能力といくつかの異能、無数の弱点を引き継いだ存在に過ぎないはずだ。たしかに脅威だが、この業界では突出した存在ではない。だが、
「馬鹿な……!!『原種』が、この現代に生き残っているはずが無い!!」
 ましてや、大都会とは言えこんな東洋の一角に。そんな『蛭』の混乱など知ったことかと、直樹がどこか物憂げに、『蛭』を一瞥する。今まで袖の中に隠していたその右腕が振るわれる。全ての水分を凍結させられたおぞましい指どもは、直樹の体に傷一つつけることが出来ずに霧散した。いつのまにか、先ほど貫かれたはずの傷も拭ったように消えている。
「ぬぅっ……」
「ふん。種としての分を弁え、静かに眠りについていた我らを追い出しておいて言い草はそれか。確かに千年一日の管理者としての暮らしなど元から誰かにくれてやるつもりだった。それは許そう。しかし」
 直樹が左腕を掲げる。その腕に掲げられた騎兵刀が、恐ろしいほどの白に輝く。東京の真夏の空気が反発して嵐を引き起こす様は、異界から突如出現した絶対零度の暴君を押し返さんとする自然の抵抗にも思えた。
「仮にもこの『深紅の魔人』の領民を故なく害したとなれば、相応の罰を与えねばならん」
「ふ……ふふ」
 『蛭』が不敵に笑みを浮かべる。
「大言はほどほどにしなさい、旧種。もはや貴方達の時代は終わり。所詮は狩られる側の立場に過ぎないのですよ」
 一歩足を進める。微動だにしない直樹。
「吸血鬼の血。面白いですな。原種の血を飲めば不老不死も夢ではありません!!」
 ハーフコートが裂ける。その腹の中から飛び出してきたのは――人間の脚ほどの太さもある巨大な蛭だった。最後の一匹。これであれば凍結する前に奴の皮膚を食い破ることが出来る、と。だが。
「何度も言わせるな。吸血とは愛の交歓。貴様のような下衆な陵辱は見るに耐えぬ」
 時間にして一秒も無い。いや、触れたその瞬間には、長大な蛭はその全身を凍結されていた。愕然とする『蛭』。ありえない。いかなる理由かはわからないが、この男が冷気を操れるとしても、ここまで一方的に対象を凍らせることなど出来るものなのか。時間を止めでもしない限り――時間?
「貴様から奪って楽しいものなど一つも無い。その不快な時計を削るだけだ」
 直樹の右腕が一閃した。……そうか。局所的に時間を停止する能力……分子運動を完全に停止させられれば、全ての熱は存在し得ない。奴は冷気を操るのではなく、時間を操るのだ。思考がそこまで弾けた時点で『蛭』の下半身は吹き飛んだ。
 
 再び月は翳り、辺りは闇に沈む。無数の氷の欠片が大地に溶けてゆき、先ほどの光景はまさしく夢に過ぎなかったのではないかとさえ思える。
「逃げたか」
「逃がしたんだろ?」
 ようやく現場に到着したおれは、皮肉たっぷりにコメントした。直樹といえばそ知らぬ面をして、
「最近近眼でな。狙いを誤ったようだ」
 などとのたまった。ちなみにその眼は、いつものとおり黄玉のそれに戻っている。
「いいのか?能力ばらしちまってもよ。今後大変だぜ」
「何を今更。貴様と違って、俺の方はバラされる分には一向に構わんよ」
「名前が売れてると便利でいいねえ」
「貴様ほどではない」
 へいへい。しかしまあ、先ほどの寒気がウソのように、今では再び、夏の蒸し暑い空気がこの周囲を支配していた。っと。そうか、それもそのはずだ。
「夜明けだぜ。任務終了、だな!」
 おれは奴の背中を叩いた。直樹はと言えば、
「そういえば一昨日もここで日の出を見たような気がする……」
 などとこれまたのんきにのたまった。
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年12月27日 (日)11時49分

人災派遣のフレイムアップ 第2話 『秋葉原ハウスシッター』 15

「それで、結局特許は承認されたんすか?」
 受け取った封筒の感触に頬をほころばせつつ、おれは問うた。一任務終わるごとに即時現金で報酬が支給されることは、うちの事務所の数少ない長所の一つだ。迂闊に月末払いにでもされると、報酬を受け取らないうちに餓死しかねない連中も何人か所属しているので、自然とこうなったようだ。
 明日からいよいよ世間様はお盆である。ニュースでは帰省ラッシュによる新幹線乗車率がどうの、成田空港の利用者は何万人だのといった情報が垂れ流されている。二十四時間体制でろくでもない仕事を引き受けるうちの事務所も、大きな仕事もないため明日からはしばらく事務所を閉めて日本の風習に倣うこととなるのだ。メンバー達はほとんどが休みを取っており、所長とおれと直樹と真凛だけがただいま事務所に残っている。直樹は盆になにやら大きなイベントがあるとかで、おれは純粋に生活資金が枯渇しているので、両者とも今日までに任務の報酬を受け取っておく必要があった。真凛はこの後すぐに家に帰って盆の準備をするのだとか。渦巻く外気温は引き続き絶賛上昇中、直樹なんぞはさすがにこのままでは日光で消滅しかねんと判断したのか、逆にサマーコートを羽織っての出勤だ。
「はいこれ。一昨日の日経産業新聞」
 応接室の雑誌ラックから所長が取り出した新聞を受け取り、ぱらぱらと広げてみる。紙面の後ろの方、衣食住あたりの企業まわりの情報を紹介する欄の片隅に、おれは小さな記事を見つけることができた。
「『クランビール、新種のスイカを登録。低温、少量の水での栽培が可能、国際協力活動への展開も』……なるほどね」
 その後には、この苗が今後数件の提携農家によって試験的に栽培される旨の記事が続いていた。
「ふむ。どうやらうまくいったようだな」
 おれが置いていったあの荷物の梱包を終え、戻ってきた直樹が言う。
 公式に登録された事により、もはやうちの業界が暗躍する余地はなくなった。ムリにでも苗に危害を加えようとすれば、確実に痕跡は残る。そうなれば当然調査はされるだろうし、関与が判明すれば外交上の交渉カードにすらなりえる。証拠を隠滅して力技で口を拭うという方法を取るにはあまりにもリスクが高い。ステージはすでに、次の段階へと移ったということだ。
「そ・れ・で・ね」
 所長が満面の笑みを浮かべる。あ、珍しく邪悪じゃない普通の笑みだ。
「……なんかヘンなこと考えなかった?」
「イエイエメッソウモゴザイマセン」
 所長はじろりとおれを一瞥したあと、気を取り直して流し台に向かう。そこには冷水が貯められており、そこに浮かぶは、
「じゃーん!笹村氏からの差し入れよ~!」
 おれたちが守り通した、緑に黒の縞も鮮やかなあのスイカだった。
「うわ、大っきいなあ~」 
 真凛が感嘆の声を上げる。
「日本に滞在して長いつもりだが……。これほどのものは始めて見るな」
「今回の報酬のおまけで、ぜひ食べてくれってね。君たちが来るのに朝から冷やしておいてやったのよ。感謝しなさい」
 湧き上がる喜びの声。さっそく食べよう、そうしよう、なんて言葉が飛び交う。
 何となく、おれの脳裏に一つの風景が浮かぶ。果てしなく続く荒涼とした砂漠。そこにぽつぽつと植えられていくスイカたち。しかし、そこには二人居るべきはずなのにもう一人しか居ない。それは少し、悲しい風景なのかもしれない。
「そうでもないんじゃない?」
 おれの思考を読んだかのごとく、所長が意味ありげにコメントする。おれはその意図を読み取り、新聞の記事を再度読み進めていった。記事の末尾に、それは載っていた。
「何と書いてあるのだ?」
「『……本件の登録商標は『瑞恵』。開発者である笹村氏の命名である』だとさ」
 瑞々しき恵み。不毛の地へ実りをもたらす種、か。
「ははあ。名前はもう決めてあったってわけだね」
 笹村氏がどんな顔をしてこの名前を登録したのか。想像するうちに、次第におれは爽快な気分になってきた。気合を一つ、気だるさを振りきり立ち上がる。
「おれが切りますよ、丸々一個、いいですよね?」
 いいよー、盆前に全部食べちゃうつもりだから、との所長のお言葉。となれば一人四分の一切れ。横で真凛が目をきらきらと輝かせているのがわかる。そういやガキの頃からおれもやってみたかったんだよな。でかいスイカに思いっきりかぶりつくって奴。
「じゃあ、ボクお盆とお皿出してくるね!」
「タオルと包丁と塩も頼むぞ」
「あいあいさー!」
「ふむ。では俺はテーブルを出すとするか」
「いいのかよ、日焼けすんぞ」
「なに。雅を味わうためなら些細な事よ」
 それにな、と奴は不敵に笑って見せた。
「明日より炎天下のもとに三日間曝されるのだ。今のうちに体を慣らしておかねばな」
 おれには良く意味がわからなかったが、まあ理解しても幸福になるわけでもなさそうなので突っ込まなかった。
 
 
 スイカは叩くとキレイに音波が通りそうなぎっちり実の詰まった大玉。まっかっかの果肉と黒い種がもうこれでもかっ、とばかりに己の存在をアピールしている。それをワイルドに皿に乗せ、事務所のベランダに出されたテーブルへ並べる。ちなみにテーブルの上には、スイカと一緒に送られてきたクランビールの缶が。笹村さん、やるな。
「所長、さすがに昼間からビールはいかがなものかと」
 言いつつ、しっかり缶をキープしているお前の方がいかがなものか。
「いいのよ。たった今夏季休業の報せを発信したから。今から晴れてお盆休みってワケ」
 所長は言い、プルタップを押し込んだ。おれも習い、ビールを一気にあおる。なんだか水分の取りすぎで腹を壊しそうだが、気にしない気にしない。
「こういう報酬もたまには悪くないでしょう?真凛ちゃん」
「はい、美味しいです!」
 ドラえもんの登場人物の如くうまそ感を振りまきながらスイカを食べる真凛であった。なんだかこいつもなんだかんだで上手く騙されているような。
「まあいいか。これはこれでアリだしな」
 おれはスイカにかぶりついた。それはとても冷たく汁気たっぷりで、極上の甘味だった。
 吹き込んだ風が、蒸し暑い空気を払ってゆく。風鈴の音が、ちりん、と響いた。
 今日もまた、暑くなりそうだった。


[第2話 秋葉原ハウスシッター:了  第3話 中央道カーチェイサーにつづく]
カテゴリー:_小説2話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2016年01月03日 (日)16時57分
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。