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小説:人災派遣のフレイムアップ

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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 1

 七月中旬。
 退屈極まりない期末テストを過去問とレポートのコピーでしのいでしまうと、再び長い、人によっては長すぎる夏休みが待っている。四月が新入生の歓迎会で潰れてしまうことを考えると、大学二年生の春学期の勉強期間は二ヶ月ちょい、といったところだ。
 とはいっても、
「学校があっても休日みたいなものじゃない」
 と、バイト先の暴力娘に言われても反論できないのが現状であるからして、その二ヶ月も気合を入れて勉強をした記憶などカケラもない。気がついてみると終わっていた、というのが正直なところである。授業に出て教授の話を聞く。つまらなかったら代返でも頼んでゲーセンだの雀荘だのに繰り出す。昼は喫茶店で悪友どもとだべり、夜は気が向いたらテニスサークルにでも顔を出す。週末にはこれまた気が向いたら合コン、飲み会、エトセトラ。日曜日は二日酔いでダウン、元気だったらドライブでも、というところだろうか。
 桜が散りおわって既に三ヶ月。今では葉桜が青々と伸び盛り、校門に豊かな影を落としている。学校の敷地と無骨な新宿区の道路とを分け隔てている並木の上から無料で流れる、蝉達の構想七年の交響曲。その大音声に紛らせるようにして、いつしかおれ、亘理陽司《わたりようじ》は呟いていた。
「平和だねぇ……」
 こんなことを言うから日頃まじめに社会人している高校時代の友人連中に悪態を突かれるのだが、実際今の俺の心境は平和きわまりない。
 一応ここ、都内のそれなりに有名な大学に入るには高校時代の青き春の幾年かを無機質な受験勉強に捧げたのだし、その甲斐あって狭き門を通ったからには、可能な限りその特権を行使するのは当然。いや寧ろ義務であろう。若さ・イズ・イリバーシボー。何しろせっかく、あの極悪非道のバイトから解放されたことでもあるし。
 日々平穏、怠惰こそ人生の美酒と信じて疑わないこのおれの目下唯一の不満であり、かつ唯一の収入源でもあるのがこのアルバイトである。これがまたひどいんだ。紆余曲折を経て引き受けることになったものの、仕事がキツイわりには給料が少ないし。こちらの都合に構わずどんどんオーダーを押し付けてくるし、上司はエゲツねーし同僚はビンボー人かいじめっ子しかいねーし。その上ここ最近は人手不足もあってか、経理やら営業やらの真似事までやらされていたりする。そのせいで友人たちには「お前の貧乏は知っているけど、行動も貧乏臭くなったよなあ」とありがたくもない感想を述べられる始末。
 いつしか足は学校から駅へと向かっていた。テストとともに講義もほとんど終了しており、もうわざわざ出席するような授業もない。大学と高田馬場駅を結ぶ坂道をゆっくりと登っていく。世間ではそこそこに有名な某大学の、まだ郊外に転出せず伝統を繋いでいる旧校舎に日々通う文学部生、というのがおれの現在の身分である。
 気がつけば明治通りとの交差点までたどり着いていた。ここから五分も歩けば駅に着く。私鉄で俺の部屋まで電車で十五分。帰って本屋に行って夕食の買い物でもして……あとは何しようかな。幸いにして、少な目とはいえバイト代も入ったばかりで、懐具合にもそこそこ余裕もある。ドアポストに突っ込まれている家賃やら新聞やら諸々の支払い請求書は自己暗示をかけて意識野から締め出してしまうことにするとして――
 いいや、寝よう。
 おれは決心した。誰にも文句は言わせない。ぬるま湯生活万歳。
 ――そんなおれの甘い夢想は、胸ポケットの携帯から鳴り響く不吉な『銭形警部のテーマ』に破られた。あ、いや、別に『銭形警部のテーマ』が不吉と言うわけではなく。このテーマが鳴ってしまうと言うことは……おれは顔をしかめて携帯を引き抜き、そして液晶画面に表示された発信元を見た。

『人材派遣会社フレイムアップ』

「…………ふむ」
 手早く自己暗示を掛ける。――今日は大切な期末試験の日であり、模範的な生徒たるおれは万一にもアラームが鳴ることを恐れ自宅に携帯を置いた。従ってここに携帯端末などあるはずもなく、おれは何も見てないキイテナイ。
 ……着信音は、一向に鳴り止む気配が無い。だんだん交差点にたたずむ人々の視線が重くなってくる。……わかってはいるんだ。このままではたとえ一時間であろうが銭形警部のテーマが鳴り続けるだろう事は。保留にしてもいずれは同じ。周囲の冷たい視線に耐えかね、おれはついにフックボタンをタップした。
『亘理くーん』
 ためらわず『切』をタップ。
 あの人が出る以上、まちがいない。『仕事』の話だ。早い。早すぎる。もう試験が終わったことを嗅ぎ付けられたのだろうか!?
 一拍おいてまたもや、不吉なメロディーが鳴り響く。脳みその中でめまぐるしく行われる仮想演算。おれは大きく深呼吸をすると、意を決してもう一度フックボタンをタップした。
「はい、もしもし」
 こう見えても花の東京一人暮らしを生き延びている身、キャッチセールスや押し売りのあしらいかたは百通りも心得ている。大丈夫さ、もっと自信を持て。向こうがどんな仕事を押し付けてきたって、きっと断れるさ。……はかない期待。
『お久しぶり。用件はわかってるわよね?こっちはただでさえ人手が足りないんだから』
 電話の声は女性だった。別段媚びや甘ったるさを含んでいるわけではないのに、妙に艶がある。天性の色気というやつだ。時々お世話になるシティホテルのバーあたりで耳に入ったなら、喉をごろごろさせて喜びたい声色であるが、残念ながらそうするにはあまりにも辛い記憶が脳味噌深くに刻み込まれている。
「しょ、所長。お久しぶりですね。あぁ、人手が足りないって……夏休みだからみんなで軽井沢にキャンプに行くとかですか?ザンネンだなあ、ボク体が弱くてアウトドアはちょっと」
 さりげなく、さりげなく。
『夏休み?夏休みですって?ほほう、学生っていい御身分なのねぇ。世間では盆と彼岸を返上して働いている人がいるっていうのに』
「ええ、そうなんですよ。現行の社会制度は勉強してきた学生がつら~い社会人になる前にしばらくあま~い夢を見させてくれるそうでしてね、おれとしてはその権利を行使したい欲求に駆られているわけです」
『他人のノートのコピーの持ち込みなんていうあま~い目論見で文化人類学のテストを受けられるのも、権利なわけね』
 ……おい。一体いつのまにおれのテストの情報を把握しているんだ?
『今日からどうせ何もやる事のない夏休みに入るんでしょ。オーダーが一件。あなた向きのが入ったの。事務所に来て。詳細は後で話すわ』
 ちょちょちょ、ちょっと待て。
「所長。あのですね、いいですか。おれ、こないだ一ヤマ踏んだばかりなんですけど」
 そのために春季の単位をあやうく落としかけたのだ。遊ぶだけ遊んでも留年はしない、というおれの主義からすれば、かなり危ういヤマだったのである。
『あら、そうだったっけ』
「そうなんです!だから、おれとしては当分遠慮したいんですってば。だいたい、直樹だって仁先輩だっているでしょうに」
『彼等はねー。ちょっと別件で出てるのよ。ニュースでやってるでしょ?豚のジョナサン君の大脱走事件』
「ああ……ワイドショーで大騒ぎの」
 またウチの連中が関わってるのか。
『任務は緊急。ウチのメンバーで今動けるのは君だけなのよ』
「いやー、そう言われてももうテスト終わっちゃったし、いま実家なんですよね~」
 逃げ切れるか。
「ふーん。実家って高田馬場にあったんだ。それもこんな明治通りの真ん前にねぇ」
 受話器を当てている右耳、ではなく、無防備な左耳から心臓へ送り込まれた音声はおれを飛び上がらせるに十分な威力だった。あわてて振り返ると、そこには、明治通りを睥睨《へいげい》するかのように路肩にうずくまっている真っ赤な……毒々しいまでの紅い外車。車に大して興味のないおれでも、このジャガーの値段が七桁ではすまないということくらいはわかる。そしてそのジャガーすらも圧倒するかのような存在感で、運転席のウィンドウに形の良いヒップを預けて、長い髪を夏の風になぶらせながら笑みを浮かべている優美な女性の姿が、そこにはあった。
「あ、浅葱《あさぎ》さん……」
 おれは乾いた愛想笑いを唇に張り付けようとして失敗し、破滅的な色気を湛えた女性を見やった。テストの日程を把握されてた所で気づくべきだった。逃げ切れるどころではない。……最初から捕獲済みだったのだ。
「ハイ!亘理君。オーダーよろしく」
 こぼれおちる極上の笑み。がっくりと肩が落ちるのが、自分でもわかった。
『平和だねぇ……』
 数分前の台詞は、遥か遠くの時空へと呑みこまれていった。
 
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カテゴリー:_小説1話 | タグ:
|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月23日 (水)01時34分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 2

 日本という陸地を敢えて女性に例えるとするならば、ほっそりとした極東の花、とでも評価すべきだろうか。東京という首都を中心に、北と西に伸びた地形が絶妙につりあっている。
 その顔たる東京都の中心部を、まるで首飾りのように取り巻く路線――山の手線。首飾りの宝石を為す二十九の駅には、この経済大国が世界に誇る都市群が鈴なりに連なっている。不景気不景気と声高に叫ばれて久しいはずの二十一世紀にも、この街は旺盛な生命力を誇示するかのように道路を車で満たし、窓から自然のものではない光を放っていた。
 もっとも表現のしようはいくらでもあるわけで、世界中の街をめぐった経験のある悪友のように、『旧来の味のある街をぶち壊して物欲しげにごたごたと高いビルをぶちこんだだけ』と酷評する向きもある。
 それでも、新宿副都心からわずかに逸れたここ、高田馬場の一角は、都市部の猥雑さと人間的な泥臭さが混ざり合って、無期質なオフィス街や空虚な歓楽街とは一線を画していた。そして高田馬場駅と交差する早稲田通りを西に真っ直ぐに歩き、明治通りを越えてしばらく行くと、向かって右側の角に素朴な子育て地蔵がある。
 高田馬場は神田お茶の水と並ぶ日本屈指の古本屋街でもある。子育て地蔵の角を曲がり、そこからさらに一本脇道へ逸れると、そんな古本屋の一つ、『玄星堂』を見つける事が出来るだろう。早稲田通りからは離れて目立たず、わずかな常連さんと物好きな学生しか来ないような、小さな書店だ。ましてや、玄星堂の裏口に二階へと昇る外付け階段の存在を知る者など殆どおらず、仮に知っていたところで興味を持つ者はいないだろう。
 玄星堂の二階はテナントになっており、外付け階段を昇り追えるとアパートの一室を思わせるスチール製の扉が一つ、立ち塞がっている。ここまで昇って来た人間ならば、扉に掲げられたプレートに刻まれた文句を読み、そして、扉を開かずにはいられない。――他に手段が無いからこそ、こんな所までやって来るのだから。
 
**各種代行、調査解決承リマス**
**迅速対応**
**料金応相談**
 
**あらゆる分野のエキスパートが、あなたのお悩みをよろず解決いたします。**
**人材派遣会社フレイムアップ**
 
 そして今、毒々しいほどの真っ赤なジャガーが、裏の駐車場に停められ、哀れな犠牲者――つまりおれ――は、こうしてまたもこの扉をくぐる事になったのである。

「やっぱり実家に帰ってるとか言ってごまかそうとしたでしょ?浅葱さん」
 スチールの扉を開けたおれを迎撃した初弾は、この一声だった。
「当たりだったわ。たいした読みねぇ、そろそろアシスタントから調査員に昇格しても大丈夫かしら?」
 そう言いつつ、ジャガーのキーリングを指に引っ掛けながら奥に進んでいくこの女性こそが、おれが所属する人材派遣会社『フレイムアップ』の若き所長、嵯峨野《さがの》浅葱《あさぎ》さんである。おれ達バイトにいつも「おれ達がろくでもないと思う仕事の最低三割増ろくでもない仕事」を押し付けてくれるありがたい女性である。履歴は詳しく調べたことはないが、おそらく二十五、六才ではなかろうか。一つ間違えば就職活動中の女子大生でもおかしくない年齢だが、黒と赤を基調とした、なんちゃら言うブランドもののビジネススーツ(詳細は聞かないでくれ。おれが日頃買い物に行くところでは売ってすらいないんだ)を難なく着こなし、颯爽とモデル歩きで前へ進んでゆくその貫禄は、まさしく一企業の頭目《トウモク》に相応しい。
 さらにその容貌は類まれ。妖艶な笑み、肉感的なプロポーション、そして猫科の猛獣を連想させる瞳は同業者から『女豹』の異名を戴くほど。まったくもって非の打ち所のない美人社長なのである、外見上は。おれもかつては、バイト先の美人上司と役得オフィスラブ、などと安っぽい妄想に胸を膨らませたこともあったのだが……。
 まあとにかく、浅葱さん――オフィスでは『所長』で通している――の遠ざかるしなやかな後ろ姿を拝みながら、逃げ出したい衝動を押さえておれも前に進んだ。どのみちこの時点で詰んでいるのだから、無駄な抵抗はしないに限る。
 部屋の中にはグレーの絨毯が敷かれ、事務用のカウンターと観葉植物が玄関と垂直に設置されており、典型的な雑居ビルのオフィスのつくりとなっている。左に曲がって奥に進めば、寄せられた長いデスクに、OA機器と書類とおぼしきものが積まれた”島”が二つばかり見えるだろう。部屋の隅には印刷や読取をマルチにこなす複合機、サーバー。給湯器やら洗面所やらがあるのは当然としても、シャワー室と仮眠室があるあたりに業の深さを嗅ぎ取れるかも知れない。そして事務室の反対側、窓に面した場所の一角が仕切りで区切られ、来客用の応接室となっている。先程の声の主……短い黒髪の少女は、その応接室のソファのひとつを占拠してアイスココアのグラスを抱え込み、ストローをくわえていた。
「ええ、そんなあ。ボクなんかまだみんなに及びませんよ。約一名を除いて」
 言いつつ、視線はしっかりとおれを捉えている。
「やっぱりおまえか、余計な入れ知恵したのは」
 おれは少女の向かいのソファに腰を下ろすと、ワンショルダーバックを隣に投げ出した。グラスごしに勝ち誇った笑みを浮かべてみせる少女。
「入れ知恵も何も。陽司の考えることくらい誰でも読めるよ。にゅーろん、だっけ?あれの分岐が三通りくらいしかないんだよね?」
 どうやら昨日のNHKスペシャル『脳の世界』を観た模様。
「悪かったな。おれにだってバイトをしたくない日はあるんだよ」
「一週間に七日くらい?」
 つやのある黒い髪をまるで中学生のようにばっさりと切り落としているその下からは、季節に見合ったほどよく日焼けした肌と、勝気そうな――というか事実勝気すぎるのだが――黒い大きな瞳がくるくると動いている。
 活力をもてあますように体が動くたびに、某名門女子校の制服であるブレザーのスカートが揺れる。都内に通う女子中学生たちなら誰もがあこがれる(……らしい。女子高生研究家を自称する悪友の言を借りれば、だが。おれには高校の制服などどれも同じに見える)、お嬢様の証なんだそうだ。確かにこいつの実家は士族の家柄とやらで、でっかいお屋敷住まいだったりもするのだ、困った事に。……お嬢様、ってコレがねぇ。
「ってえか。何でおまえがおれのテストのスケジュールなんか知ってるんだよ」
「こないだ事務所の机に日程表を広げてたじゃない」
 おれ、迂闊。
「まあいいや。おまえまで駆り出されてるってことは、こりゃ本当に人手が足りてないってわけだ」
「どーゆー意味?それ」
「真凛ちゃん、そこの唐変木の言うことは気にしなくていいわよ。ただ拗ねてるだけだから」
 いつのまにか後背に敵軍帰還。
「唐変木、って。だいたい所長、真凛《まりん》も呼んでるってことは、最初からおれ達の参加が前提条件のオーダーだったんでしょう?」
 おれはソファーに背をうずめた。
 
 このショートカット娘の名は七瀬《ななせ》真凛《まりん》。前述の暴力娘とは、むろんこ奴のことであり、実は、このアルバイトでおれのアシスタントなぞを勤めていたりする。おれ達のアルバイトが何なのか、という説明はこれから嫌でもわかることだから後にまわすとして、実はこの娘とおれはこの仕事を通して知り合った。その特はおれは調査員として独立したばかりで、真凛はその案件の関係者だった。案件自体は紆余曲折あったものの無事解決し、めでたし目出度しというところだったのだが……どういうわけかこの娘はおれ達の仕事に興味を持ったらしく、次の日にこの事務所に押しかけて雇ってくれと頼み込んだ。そんな経緯がある。
 
 おれの言葉を受けた所長はあっさりと言ってのけた。
「ばれた?ま、そうなのよ、例によってちょっと君にはボディーガードの必要がありそうなことやってもらうし」
 おいおい。
「あの~、緊急って言ってましたけど。犬猫探しとか浮気調査のたぐいじゃあないんですか?」
「うちにそんなまっとうな仕事まわってくると思う?」
 水差しからグラスに二つ、水を注ぎながらやはりあっさりと言ってのける。
「……いえ」
 下請けにまわされるのは一番きつい仕事、というのはギョーカイのジョーシキである。
「ほかのメンバーは?」
 いくら忙しくても、この時間なら事務所には一人くらいはいそうなものだが。
「みんな、豚のジョナサン君を追跡するんで機材一式抱えて出かけてるよ。浅葱さんが帰ってくるまでボクが電話番してたんだ」
「もうじきすれば帰ってくるはずよ」
「これだから零細企業ってやつは」
 おれの嘆息をなぐさめるかのごとく、所長は優しく言った。
「うちは少数精鋭主義なのよ。優秀なメンバーに自由に仕事をしてもらう。それが設立以来一貫した我が社の方針ってワケ」
 にっこり笑って所長はグラスを押しやる。夏の日差しに炙られていたおれはそれを一気にあおった。
「ンなことばっかり言ってるからあんな悪評が立つんじゃないっすか?」
「悪評って?」
「『成功率”だけは”百パーセント』。『解決される以前に問題が破壊される』。『業界の異端』。『人材派遣ならぬ人災派遣』。『トランプでいえばババ』。それから――」
「なんだ誉め言葉じゃない」
 そういうことが言えるあたりが悪評が立つ所以かと。
「オモテ向きは成功率百パーセントなわけだし。そのジンクスに従えば、亘理君も引き受けた仕事だけは必ず達成できるってことよ」
「それ言外に、『仕事は解決するけど生きては帰れない』って言ってませんか?」
「だいじょーぶ。安心しなさい。真凛ちゃんがいればグリーンベレーの一個大隊が潜伏しているジャングルだって裸で通れるわよ」
 ンなこと請け負われてもうれしくも何ともない。おれは湿度たっぷりの横目で、飲み干したグラスの中の氷をストローでつついている娘を見やり、口の中でつぶやいた。
「まったく頼もしい殿方ですこと。惚れてしまいそうですわ」
「人中《じんちゅう》に当て身ぶちこむよ」
 ……聞こえていたらしい。
「エンリョしときます」
 腕力勝負ではおれが百回生まれ変わっても勝てません。
「いい加減そろそろ本題に入らせてくれないかしら?亘理君」
「あ、ええ。はいはい」
「もう少しキリっとしてれば映える顔なのにねぇ。ぼーっとしてると表情まで間抜けに見えるわよ」
「ぼーっとしてなければ、ちょっと鈍感な人くらいには見えるのにね」
 どうせ自分の顔の程度なんてわかりませんよ。
「はいはい、仕事の話でしょ。とりあえず、概要を教えてくれないと一向に進みませんよ」
 
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月23日 (水)01時36分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 3

 減速したライトバンが駐車スペースにすっぽりと収まる。サイドブレーキを引き上げハンドルから手を離し、おれは一息ついた。隣では助手席に座った真凛が静かに調息をはかっている。
「着いたぞ」
 キーをオフにしてシートベルトを外す。
「……ああ、怖かった」
「何が?」
 後部座席のバックを引きずり出し、車を降りる。
「アンタの運転だよ!?何アレ!?本当に免許取れたの!?」
「失礼な。ちゃんと路上で六回も念入りに試験受けたんだぞ。しかも取れ立て新鮮だ」
「うっはあ、そんなので『おれが運転するよ』なんて言うなぁー!!」
「しゃーないだろ。ここまで来るにゃあ電車じゃちときついし、おまえは免許ないんだから」
 言いつつ、おれ達はエレベーターを使って立体駐車場を抜けた。そこは空中歩道につながっており、周囲の景色を一望することが出来た。おれは手すりに組んだ腕を乗せ、街並みを一望する。
 どうにも非現実的な街である。つい先ほどまでごみごみした都内に居たから余計にそう感じるのかもしれないが、車幅の広い道路が三車線敷設されていると本当にここは日本なのか、などと思ってしまう。そしてその上に張り巡らされた空中歩道と鉄道、モノレール。海を四角く切り取ったその地形はただただ平たい。そしてその大地を早い者勝ちで奪いあったように存在するだだっぴろい駐車場と、何かの冗談のように広くてでかいビル、何に使われるのかもわからない奇妙なデザインの建造物。住む街ではなく、訪れる街。それがここ、東京の東部に広がる臨海副都心に対するおれの印象だった。
「うーん。ボクここってあんまり来たことないんだよね。涼子が時々イベントで行くとか言ってたけど」
 夏の日差しとかすかに潮を含んだ風を浴びながら、おれ達は歩道を進み始めた。
「涼子ちゃんが?歌の方で?」
「うーん。違うと思う。何かマンガを買いにいくとか言ってた」
「そりゃ多分直樹と同類かな。おれも去年の末はなにやら手伝わされたっけ」
 ちなみに涼子ちゃんというのは事務所に時々顔を出す真凛の同級生である。お嬢様なのだが裏の顔はバリバリのメロディック・メタルのボーカルで、アマチュアながら最近はちょっと有名なんだとか。普段は凄く大人しくていい子なんだがなー。
「ま、お前が行くとこっつったら新宿の裏通りだしな」
「失礼だなあ。ちゃんと渋谷に買い物とかも行ってるよ?」
「東急ハンズのプロテインとかか?」
 真凛の貫手が脇腹を抉り、おれはそのまま悶絶した。口で詰まると手を出すのは何とかならんかこの娘っ子は。そんな会話を続けながら五分も歩くと、おれ達はやがて目的のビルにたどり着くことが出来た。
 広大な駐車場の真ん中に、ニョッキリと聳え立つ四十三階建て総ガラス張りの高層ビル。ガラスに反射した西日がおれ達を容赦なく炙っている。その敷地面積は郊外に出展されるスーパーマーケットのそれを恐らく上回っていると思われた。おれ達が今いる空中歩道がそのまま二階のエントランスへ直結しており、一階にはメインエントランスの他、裏にはビル内のショップの品物用だろう、大型トラック用の資材搬入口がある。ビルの前には庭園が広がっており、遠隔制御された噴水が流体力学のアートを描きあげていた。その側には名のある芸術家が作ったのだろうか、怪しげな形状のオブジェクトが複数。オフィス機能は無論のこと、商業スペース、外食、憩の場、ホテル、アミューズメント等の機能をすべて取り込んだその姿は、もはや一企業の本社ビルというより、ひとつの庭園都市である。
 ――外資系アミューズメント総合企業『ザラス』日本法人本社ビル。
「ここに、目的のものが眠っているってことだよね」
「情報戦でヘタ打ってなきゃ、な。さてどうしたものか」
 芸術性に富んだ高層ビルを見て、堅牢な城砦の攻略法を考えなきゃいけない大学生は、今日びおれくらいのものだろう。行動開始にあたっておれは携帯端末に収めたドキュメントをチェックし、先日の任務の内容を再度思い起こした。
 
 ――所長から大雑把な概要を教わった後、すぐに一人の男性が事務所にやってきた。年齢は三十前半というところか。生真面目そうな表情で、普段は私服で仕事をしているのだろうか、いささかぎこちなさそうにスーツを着込んでいる。彼こそ誰あろう、今回のオーダーの依頼人《クライアント》、韮山公彦氏であった。
「依頼内容を再度確認させていただきます。フィギュアの、金型の奪還……ですか」
 おれは応接室で営業用の表情を作り、先ほど所長から手渡された『任務概要』をみやった。所長はすでに別の仕事があるとかで席を外しており、今おれの隣には、アシスタントとして真凛が神妙そうな顔をして座っていた。一度引き受けてしまった以上、依頼人にはアルバイトではなく、一人の派遣社員として対面し、交渉し、決断せねばならない。……まったく。学生バイトだろうがプロのエージェントだろうが一括りにしてしまう『派遣社員』という言葉の曖昧さに、時々おれは舌打ちしたくなったりもする。
 おれの確認に、ええ、と深刻な表情で頷く韮山氏。手元の概要によれば、彼は新進気鋭のソフトウェア会社『アーズテック』の開発部長であり、なんと今をときめくあの『ルーンストライカー』の開発主任でもあるのだそうな。
「ルーンはおれもやったクチですよ。ファーストエディションはそれこそ徹夜で」
 おれの言葉はリップサービスではなかった。最近では趣味が多様化したのか、『全国民が熱狂したRPG』とか、『発売前夜の行列が社会問題に』なんてレベルのゲームは生まれにくくなってきている。悪友の直樹が、時々何たら言うゲームの初回限定版を買う時に良く店頭に並ぶと言っていたが、それはむしろ供給する数量を抑制することで需要を煽る、という商法の一種に過ぎない。
 ところが、半年ほど前に発表されたこの『ルーンストライカー』、通称ルーンは、下は小学生から上はいい歳をした大人までが『ハマッた』傑作ゲームだった。その内容は、ボードゲームとカードゲームが一体化した、いわゆる対戦ゲームである。プレイヤーはルールに従ってボード上の互いの駒を動かし戦い、様々な効果が記されたカードを繰り出して勝敗を取り決めると言うのがその骨子だ。シンプルでありながら奥深いルールはコアなファンを数多く生み出し、徹夜で対戦に興じ戦略を練るプレイヤーが続出した。ネットで『ルーンストライカー 戦略』とでも検索すれば、おそらく千以上のページがヒットするだろう。近頃のゲーム業界では珍しい『空前の大ヒット』なのだ。
 そして奥深いルールと並んでもう一つ、ルーンの要をなすのが、カードに描かれた『イラスト』と、ボード上で駒として使用する『フィギュア』である。通常のボードゲームは基本的に一人が一セット買ってしまえばそれまでだが、ルーンでは別売りのカードとフィギュアを買い足していくことで、どんどん戦力を高めていくことが出来るのだ。丁寧かつ美麗なイラストが掲載されたカードと、精巧なデザインのキャラクターフィギュア。コレクター魂を大きく揺さぶるには十分だろう。ファンにとってはフィギュアとカードを数セット揃えるのは基本事項。そしてそこから派生したポスターやCDなど、様々なキャラクターグッズを集めていくのが常道だったらしい。おれはルールや戦略にしか興味がない人間なので、グッズ集めにはとんと縁がなかったのだが……。当然、ファン一人当たりが支払う金額は大きく、ルーンストライカーはいちボードゲームに留まらない経済効果を巻き起こし、現在に到る。半年ほど経過しブームは若干沈静化していたものの、先日続編である『ルーンストライカー セカンドエディション』が開発されているとの情報により、再び大きな盛り上がりを見せはじめていた。
「たしか、今週末に幕張で開催される東京ゲームフェスでプレス発表されるんですよね」
 大学の授業中に読んでいた今週のゲーム雑誌が役に立つとは思わなんだ。
「はい。『セカンドエディション』の最大の特徴は、追加ルールに併せて登場する、新たなカードとフィギュアです」
 となると、またも新たな戦略が生み出されると言うわけだ。近いうちに再び繰り返されるだろう徹夜の日々を、おれは脳裏に思い描いた。
「そのプレス発表に出展されるフィギュアの金型が……盗難にあった、と。そういうことですか」
「そうなんです……」
 韮山氏は卓に肘を突き、組んだ手の甲に額を乗せた。どうやら相当参っているらしい。
 
 韮山氏の会社『アーズテック』は、若手の有志プログラマーたちが大手ゲーム会社からスピンアウトして設立した新進気鋭の会社なのだそうだ。結果として、彼らの処女作ルーンは爆発的な売れ行きを見せ、彼らは充分に初期投資を回収し、回転資金を確保することが出来た。となると、次に彼らが求められるのは『次回作』である。過去、一発屋として消えていったゲーム会社やゲームデザイナーは数知れない。ゲームメーカーを『利益を生み出す会社』として評価した場合、『安定した良質な作品を、定期的に供給するメーカー』こそがもっとも優れているのである。そういった意味では、初回のルーン以上にこの『セカンドエディション』は外すわけにはいかない作品なのだ。
 すでに新ルールは作成済。開発スケジュールによると、残るは追加カードとフィギュアの製作で、今週末の東京ゲームフェスにて量産試作をお目見えさせる予定だったのだそうだ。
「ただプレス発表するというだけではありません。これは我々が『スケジュールどおりにきちんと作品を供給できる会社である』ことの証明でもあります。スケジュールを守れるという事は、今後銀行からの融資を受けるための信用や流通への販路にも関わる、非常に重要なものなのです」
 業界を席巻するメガヒットを送り出したと言っても、あくまでも創業間もないベンチャー企業。その経営状況は、まだまだ決して楽観出来る物ではないのだという。
「カードの方は問題なく完成しました。フィギュアはすでにデザインが上がっていたのですが、金型の作成に手間取りまして」
 フィギュアというものを量産するには、溶けた樹脂を固めて成形するための金属の『型』が必要となる。この金型の出来不出来が、それによって作られるフィギュアの質を決定し、その製作には、今なお職人の技術とカンが欠かせないのだそうだ。しかも、金型一つを造るのに数十万円から、ものによっては数百万円の費用がかかる。品質面でも金銭面でも、絶対に失敗が許されない工程なのだ。
「最近は中国や韓国で直接金型を製作するメーカーも多いのですが、我々は原型師の精密な造詣をなるべく再現するため、すべて日本で型を製作しております。懇意にしている金型メーカーと何度もテストショットを繰り返して、ようやく満足の行くものを仕上げることが出来ました。あとはその型で正式に試作品を打ち出せば、フェスには充分間に合うはずだったのです。しかし……」
 夜までかかった金型の調整を終え、やれやれと胸をなでおろして帰宅した韮山さん達アーズの面々は……翌朝、夜のうちに何者かによって金型が盗み出されたという、金型メーカーからの悲鳴混じりの電話で叩き起こされることとなったのだ。
 韮山さん達は大慌てで警察に届け、また自分たちでも捜索を行った。しかしその行方は杳として知れず、ただただ時間ばかりが過ぎていった。そんな時。
「このままではいよいよフェスに間に合わなくなるという瀬戸際で、知り合いの社長から『本当にどうしようもないならダメもとでここに頼んでみろ』と紹介されたのが御社――フレイムアップさんだったのです」
 韮山さんはそう言って、おさらいを締めくくり、深いため息をついた。
 ――そして、その依頼からさらに二日が経過した今日。まさに『金型を取り戻さないと本当にもう間に合わないデッドライン』になって、ろくな前情報も与えられずいきなり当事者として派遣《・・》される事となったのが、この哀れなアルバイト、つまりおれなのであった。
 
「調査結果から報告しますと」
 おれは手元の任務概要をみやる。この任務概要――おれ達は冗談半分に注文書《オーダーシート》と呼んでいる――には、昨日までに他のスタッフ達が調べ上げた情報が精緻にまとめられ記載されている。ちょっとしたもので、これを読めばおれ達現場担当者は、何をすべきか即座に状況を把握できると言うシロモノだ。警察でも手が回らない事件を、依頼を受けてわずか二日でここまで調べ上げる手法も含めて、実際所長を含め事務スタッフの実力は本物だと思う。ここらへんのノウハウは企業秘密なんだそうだ。まぁ、蛇の道はなんとやら、って事なのかも知れないが。
「金型を盗み出したのは、高度に組織化された窃盗団です」
 おれはワイドショーでも有名な、ある大陸系の窃盗団の名前を上げる。
「しかし、今回彼らは金型を盗んで売りさばく、というつもりではなかったようです」
「……と、いいますと?」
「彼らは報酬で雇われた。つまり計画犯は別にいる、ということです」
 韮山氏は目を細めた。意外な回答ではなかったのだろう。では一体誰が、と力なく問う。
「我々の調査では、計画犯は大手総合アミューズメント企業『ザラス』。そして問題のフィギュアは『ザラス』日本法人本社の地下金庫に保管されている可能性が極めて高いのです」
 おれは続ける。
「今回改めて事務所にお越しいただいた理由は一つです。韮山さん。現時点で取り得る手段は幾つもありません。我々がザラス本社地下金庫から金型を強制的に奪還することを、クライアントとして承認していただきたいのです」
 それを聞いた韮山氏はしばし沈黙し、やがてまた深々とため息をついた。
「ザラス、ですか。彼らはまだ僕たちを許してくれないのか……」
 おれは真凛にコーヒーのお代わりを持ってくるよう頼んだ。少し長い話になりそうだった。
 
 株式会社ザラス。子供向け玩具の販売からTVゲーム開発、映画館、ゲームセンターやテーマパーク経営まで手がける、誰でも知っている外資系のアミューズメント最大手である。だが、夢にあふれているはずの業務内容とは裏腹に、ことビジネス面から見るとその評価はあまりよろしくない。主だったものを上げると、
「独占禁止法スレスレ」
「特許を悪用した同業者への威圧行為」
「有望な中小ゲームメーカーからの強引なヘッドハンディング、あるいは会社ごとの買収」
 などがあり、裁判沙汰もいくつか抱えている。未だ明確に「クロ」と裁定された案件はないが、グレーゾーンを突き進むその手法は業界各所で問題を発生させているようである。
「僕たちはもともと、ザラスのゲーム部門からスピンアウトしたんです。ザラスの手法は確かに合理的です。しかし合理的過ぎた。僕らは綿密なマーケティングに裏打ちされたゲームを、無数の制約の元で作らされ、そこに個人のアイディアを盛り込む余地は殆どなかった。酷いときは、他社のヒット商品を牽制するために、そのコピー紛いを作らされたこともあります。……それでも、仕事だから、と割り切っている人たちもいましたし、それはそれでプロとして一つの正しい答えなのですが」
「あなた達はそうではなかったんですね」
「ええ。有志を集めてザラスを辞め、アーズを立ち上げました。しかし、その頃からザラスの有形無形の妨害が始まったのです。……ザラスから見れば、僕らは顔に泥をひっかけて出て行った恩知らず、なのでしょうね」
 そしてコケにされたと解釈した覇王ザラスは、報復を開始する。創業時にアーズに融資をしてくれた銀行が、経営に文句をつけるようになった。親しかった音響製作会社やデザイナーのスケジュールが、ドタキャンされたり後回しにされるようになった。当初は、若造が後ろ盾なく独立したのだから仕方ない、と思っていたのだが、あまりに不自然な対応に関係者を問い詰めてみると、ザラスから圧力がかかっていたことを告白したのである。
「それでも、なんとかルーンを世に送り出すことが出来たのです。だが、それがまずかった」
「というと?」
「当時、ザラスもカードゲームに力を入れていたのです。僕も開発初期に関わったゲームで『ゾディアック・デュエル』と言います」
 それはおれも知っていた。ルーン程ではないが、佳作と賞された対戦カードゲームだった。たしか数々のボードゲームやTVゲームを手がけた有名クリエイターが製作指揮を取っていて、ええと名前は……。
「山野。山野修一です。僕の入社時代からの上司にして先輩、同僚でした。彼には一からゲーム作りのノウハウをたたき込んで貰って、何本ものゲームを一緒に作ったんです」
「なるほど。韮山さんのお師匠様なんですね」
 真凛の問いに、韮山さんは微妙な笑みを浮かべた。強いて言うなら、ほろ苦い笑い、だろうか。
「そうですね。でも結局、僕は師匠の顔にも泥を塗ることになってしまいました。ルーンは、皆様の応援もあって、ありがたいことに大ヒットとなりました。しかしそれは、ゾディアックが少しずつ開拓してきた対戦カードゲームのシェアを、後発のルーンが思い切り食ってしまう事でもあったのです」
 ザラスにしてみれば、家出したはずの息子が突如帰ってきて、自分の田畑を分捕ってしまったようなものだろうか。
「これで我々と彼らの関係は完全に決裂しました。僕としても残念でしたが、それも仕方がない、何とか干渉せずにお互いの仕事をしていければ、と思っていたのですが……」
「向こうはあなた方より、はるかにやる気に溢れていたようですね」
「なるほどね。第二弾を何とか妨害しようって、ミもフタも無い手段を仕掛けて来たんだ」
 聞き役に徹していた真凛が呟く。それを制して言う。
「我々の調査がどのようになされたか、という事は残念ながら申し上げられません」
 おれはオーダーシートを静かに卓に置き、彼に押しやる。
「そして、この調査結果は残念ながら裁判で証拠資料として提出出来るようなものでもありません。しかし、我々はこの調査結果の確度に自信を持っております」
 一つ息を吸う。ここから先は決めセリフだ。
「我々は依頼者の意思を尊重させていただきます。我々がこの調査結果に基づきザラスに潜入し……もしも失敗して捕まったり、金型を見つけることが出来なければ、御社の名前に傷がつくことは避けられないでしょう。反面、成功し取り返した場合、もともと『ないはずのもの』である以上、ザラスは御社に対して公式に反撃することはできない」
 韮山さんの目を見つめる。
「御社が苦しい状況にあり、他に選択肢が無いと知って言う失礼をお許しください。我が社に、私と、このアシスタントに仕事を任せて頂けますでしょうか」
 傍から見ればけったいな状況だ。大学生のアルバイトと高校生のアルバイトが、怪しげな資料を突きつけて、企業の実力者に「あんたらのために危ない橋を渡るから責任取れ」と言ってのけているのだ。こんな話、通常は噴飯ものだが。
「……貴方たちのお話は聞いています。例え過程がどうあれ、目的は間違いなく達成されるのだと。正直、今日直接お会いするまでは依頼すべきだったのか悩んでいました。ですが……。よろしくお願いします。我が社を……僕たちのアーズと、ルーンを助けてください」
 おれは息を吐き出した。契約は成立、というわけだ。
「お任せください。『フレイムアップ』の名にかけて、結果はきっちり出しますとも」
 ……思えばこんな言い方をするから、『人災派遣会社』とか呼ばれるのかもなあ。
 
 おれ達はそれから〆切時刻の詳細、経費の取り扱いの再確認など、事務的な打ち合わせを行った。やがて韮山氏は、ゲームフェスの準備をしなければならないと、足早に事務所を去っていった。去り際に、こう一言を残して。
 「ザラスも昔はそこまで酷くは無かった。僕と山野さん達がゾディアックを開発した時も、毎日毎日徹夜続きで、会社に寝袋を持ち込んで、気が狂いそうになったりもすした生活でしたけど……。今振り返れば、それはそれで、きっと楽しかったんだと思います」
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月23日 (水)01時39分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 4

 で、それから二時間後、こうしておれ達は事務所のバンに乗って丸の内をばっさり横断し、ようやくここ臨海副都心までやってきたというわけだ。既に日は傾き始めている。
「デッドラインは今日の深夜三時。それまでに金型を取り返し、埼玉県の川口にある金型メーカーに返し、試作の製作に取り掛からなきゃいけない」
 金型を盗まれたそのメーカーは、自らの失態を償うためにも、と今日は徹夜で起きていてくれているのだそうだ。戦っているのはおれ達だけではない、ということ。
「川口まで首都高をかっ飛ばすにしても、逆算すればそんなに猶予は無いな」
 携帯端末に表示させていた地図をクローズする。
「アーズの興廃この一戦にあり、か。期待を裏切るわけにはいかないよね」
 組んだ掌を天に向け、真凛が大きく伸びをする。
「気ィつけろよ。さすが外資、やることに遠慮が無いみたいだからな」
 ここから先は、韮山氏には報告する必要はなかった個所である。うちの事前調査によれば、ザラス社はつい数日前から、資本を提携している外資系某大手警備会社から人員を招聘しているらしい。その数は不明。
「結局、”獲れるもんなら獲ってみやがれ”ってことなんでしょ?」
「だろうな。覇王ザラスが、目の上のたんこぶであるアーズに仕掛けた公然の妨害ってやつさ」
「そううまくいくのかな?」
「行くだろうさ。言っただろ、証拠は見つからないんだ。仮に調べて見つかったとしても、その時にはフェスは終わってる。アーズの信頼は回復のしようがない」
「この時点で王手詰み、ってこと?」
「ああ」
 おれはバッグをかつぎ、今回の現場であるザラス本社ビルへと足を進める。
「おれ達さえ出てこなけりゃ、な」
 
 エントランスをくぐると、過剰な照明と、広大な室内に反響する無数の電子音声がおれ達を出迎えた。ザラスビルは地上十階までが一般にも公開されている。そこにはデパートを初めとするショッピング施設やレストラン街が納まっており、その気になれば丸一日かかっても周りきれるものじゃあないだろう。そして特筆すべきはおれ達が今いるこの一階から三階までのフロア。ここは三層ぶち抜きになっており、それ自体が、ザラスの運営する巨大なアミューズメントパークとなっているのだ。流石に娯楽の最大手、どこを向いてもザラス製のゲームで埋め尽くされていた。ビデオゲームやUFOキャッチャー、ドライビングゲームや射撃ゲームと、もはや遊具の博覧会をである。中央には通常のゲームセンターには設置できないような超大型のバーチャルリアリティー系の筐体も置かれており、ここでしかプレイできないゲームというのも多々あるのだそうだ。
「株主総会なんかやる時には、お連れのお子様方のハートを鷲掴み、ってわけだね」
 とりあえず真凛と別れ三十分後に集合としたので、おれは会場の隅にある、レトロなビデオゲームを集めたコーナーに向かう。見つけた麻雀ゲームにワンコインを投入し……高田馬場なら五十円一ゲームなのだが……プレイに興じる事とした。雀ゲーの感覚が大分鈍ったなあ、とぼやきながら――何気なく視線を周囲に巡らせていく。
 真凛は真凛で、UFOキャッチャーに御執心のようだった。ふ、愚物《グブツ》め、己の不器用さを棚に上げて無謀な戦いに挑みおったワ。大人しくパンチングマシーンにでも挑戦していればいいものを。と、
『ツモ』
 サンプリングされた女性のヴォイスと共にダブルリーチ・一発・ツモ・タンヤオ・平和・イーペーコー・三色同順・ドラ5を喰らって、おれのワンコインはあっさりと撃沈した。
「くっ、サマ全開仕様かよ!」
 おれはスタンドで飲み物を買うと、今度は対戦格闘ゲームの台にコインを投入した。どうもこういう時古めのゲームからプレイしてしまう自分が情けない。
「コンボの腕は健在、と。にしてもま、コワモテの警備員が多いですこと」
 店員の格好をしてるくせに、『監視』と『巡回』に徹しすぎてるのが五名。客の振りしてうろついている割には周囲に眼を配りすぎてるのが四名。プロの仕事にしちゃあお粗末だ。……いや、というより、やはりこれは侵入を企てようとする不埒者への牽制と見るべきだろう。このパターンで行くと、彼らを指揮する系統中枢は、管理モニターが集められた警備員室というのがお約束である。……もしくは、責任者がもう少し現場主義だった場合は。おれはCPUが操るミイラ男を沈めたあと、息抜きとばかりに首を上に向け肩をまわす。
 ――いた。
 吹き抜けになっている三階の一番上、フロア全体を見下ろせる位置に、そいつは突っ立っていた。まったく不釣り合いなゲームセンター店員の服を着込んだ、アングロサクソン系の大男。体格は百九十センチってえところでしょうか。サングラスなんかかけちゃってまあ、胡散臭いことこの上ない。おいおい、目線がこっちとかち合ってるよ。おれは何気なく肩をぐるぐると回すと、再びモニターに視線を落とした。
 やれやれ、提携会社から警備員を招聘したってのは確定らしい。おれはミイラ男の次の相手、狼男を見やりつつ善後策を考えようとした。と、
『グゥ・レイトォー!』
 一際大音量の電子音声が隣のフロアから響いた。思わず視線をそらした瞬間に、おれの操る魔界貴族は狼男に大ジャンプからのコンボの挙句超必殺技を叩き込まれて沈黙した。舌打ちを一つ。おれの視線の先には……パンチングマシーンの前で拳をかざす真凛。あのおバカ。仕方なく席を立つ。
『今週の記録更新者ダ!!アメイジングなユー!名前を入力してくれたマエー!』
 マシンの筐体に設置されたディスプレイから、3Dで描かれたダニエルさんとかそんな名前がついていそうな雰囲気なマッチョな兄ちゃんが『AMAZING!』という吹き出しと共にこっちを指差している。
「うお、すげー」
『名前を入力してくれたマエー!!』
「え、なになに、新記録?」
『名前を入力してくれたマエー!!』
「もしかして、あのちっちゃい子が?」
『名前を入力してくれたマエー!!』
 どうやらマッチョなダニエルさん(仮)は名前を入力するまで逃がしてくれないらしい。どよどよと集まってくるギャラリーにうろたえまくっていた真凛はおれの顔を見つけるとぶんぶんと手招きした。
「どどど、どうしよう陽司」
「キミは潜入任務で目立ってどうするのかね」
 おれは頭を抱えた。おおかたUFOキャッチャーで何度トライしても景品が取れなくて苛立ったあげく、ろくに操作方法も知らないくせに手近のパンチングマシーンを八つ当たり気味にどついた結果こうなったんだろう。
「なんでわかるの?」
「……まだまだ正調査員への昇格は程遠いですのウ、七瀬クン」
 言いつつ、手早く名前を入力してこのダニエルさん(仮)を黙らせた。真凛の手を取ってとっとと連れ出す。どうもこの機械故障してるみたいっすねえ、などと白々しくおれが呟いたせいもあってか、野次馬たちもそれほど足を止めることなく散っていってくれた。スタンドに戻ってきたおれは真凛にコインを放り、手持ちのコーラを飲み干す。
「――さて。わかったことは?」
「明らかに普通の人とは違う気配の人が十二人。殺気とまではいかない。警戒ってとこ」
「ふむ」
 こと気配の見立てに関してはおれよりこやつの方がよほど正確だ。通常の警備員と合わせると、なかなか気合の入った警戒態勢と言わざるを得ない。
「さすがに真正面からカミカゼ、ってのは避けたいところだよな」
「ボクはそれでもOKだけど?」
「死人が出るから却下」
 言いつつ、おれはワンショルダーバッグを背負いなおした。オーダーシートに拠れば問題のブツは地下二階の専用金庫。この一般公開されているフロアから侵入するのは並大抵の技ではない。よくしたもので、いったん泥棒さんの視点に立ってみれば、あちこちに設置されている『館内見取り図』なんてものが、如何に限定された情報しか掲載されていないかよーくわかる。
「しかしま、イヤな造りだよな」
 脳裏に刻み込んだもう一つの見取り図……これもうちの伝手で手に入ったちょっとグレーなシロモノだ……と建物の施設を照合させていくと、イヤでもこのビルを注文した人間の思想が浮かび上がってくる。
「ひひゃにゃつふり?」
「フロートくらい食べ終わってからしゃべれ」
 おれの言葉に『了解』のサインを送ると、ストローを忙しく動かし、大きく喉を鳴らして緑色の氷を嚥下した。と、しばし額に手を当てて沈黙する。前々から思っていたんだが、こいつ相当おめでたいんじゃないだろうか。
「……嫌な造り?」
「このビルな、地下施設と、上層にあるザラスの中枢フロアが直接エレベータと非常階段で結ばれてるんだ。配電や上下水施設しかり。このアミューズメントフロアや、上のショッピングフロアとは完全に独立している。そして中枢と地下フロアのセキュリティレベルが、周囲とは明らかに異なっているんだ」
 見かけは一つの巨大ビルだが、実状はねじれた二つのビルが絡み合っているような形状なのである。特に地上階のフロアは、地下施設と中枢エリアをつなぐエレベータを、まるで背骨を取り囲む肉のように覆っており、そこに通常のお客様向け階段やらエスカレーターが設置されている。つまりは、
「肉を切らせて骨を断つ。何かあっても地下施設と中枢区画は無事、ってこと?」
「そーいうこと。仮に、だ。このビルに突如どっかのテロリストが潜入してきて立てこもったとして……ここやショッピングセンターにいるお客が恐怖のどん底に陥れられてるのを尻目に、上階のザラスのお偉いさんは悠々と地下の駐車場あたりから脱出出来るってコト」
「最低だね、それって」
「まー、彼らは軍人でもないワケだし。そこまで責めるのは酷ってもんかも知れんが」
 気に入らないね、と真凛の声とハモり苦笑する。と、
「今週のパンチングマシーンの記録更新、おめでとうございます」
 カウンターの向こうから声がかけられた。
 
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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 5

「お探ししましたよ。景品をご用意したのにすぐ立ち去ってしまわれたのですもの」
 カウンターに佇んでいたのは、このアミューズメントパークの係員の制服をまとった女性である。ありていに言えば、素晴らしい美女であった。黒髪をいわゆるポニーテールにまとめているのだが、むしろ、結っているという表現がどこかしっくり来る。スタイルは西洋八頭身なのだが、和服が意外と似合うんで無いかなーと脳裏でつい想像してしまう程に、清《すが》しい雰囲気を漂わせていた。歳の頃は二十五にわずかに届かないところだろうか。世間知らずの大学の先輩方とは違う、大人の色気に当方メロメロでございます。いてっ。脇腹をどつくな。
「あのパンチングマシーンは、時々プロの格闘技選手の方も遊んでいかれるのですよ」
「いやー、久しぶりにちょっとこう昔マスターしたカラテの突きでも出してみちゃったらいい数字が出てしまいましてねえ」
 まさか隣に座ってるこのお子様がどつきました、とは言い難いので無難にまとめる。お姉さんはまあ、格闘技をやってらっしゃるんですか、と問う。生憎そんなもん真面目に習ったことは無い。
「ま、機械が故障でもしてたんじゃないっすかね」
「そ、そうそうそうですよ」
 お姉さんは、そうかもしれませんね、でも記録は記録ですし、と言うと数枚のチケットをくれた。どうやらこれを使えばアミューズメントパークのゲーム、ドリンクが無料になるというものらしい。おれはさっそくその場でチケットを切って、今度はアイスコーヒーを三人分頼むことにした。
「三人分、ですか?」
「ええ、おれとこいつと、貴方の分」
 本当はこいつと、のくだりを外して二人分にしたかったのだが後がコワイ。営業スマイルで丁重にごまかされるかと思ったが、お姉さんは驚いたものの、すぐにくすくすと笑うと、カウンターの奥からアイスコーヒーを三人分用意してくれた。仕事と割り切ればシャイなおれでも割とこういうセリフを吐けるというものである。なお、横から「普段はもっとしょうもないこと言ってるじゃない」という声があがったが無視することにした。
「いやあ、今日は退屈してる弟の引率でやってきたんですよ。会社のビルの中にある、っていうから小さいゲームセンターみたいなものを想像してたんですが」
「誰が弟だ!」
 お姉さんは声を上げた真凛ににっこりと微笑む。
「高校生ですか。可愛い妹さんですね」
 ああ。そういえば今日は制服着ていたっけな。
「今日は楽しんでいただけてますか?」
「ええ、まあ最新のゲームになるとちょっとついていけないところもありますが」
「もういい歳だもんねえ」
「……おまえ、そんなセリフ路上で吐くと世の二十三十四十代から呪われるよ?」
 ちなみにおれはまだ花の十代である。
「あんたの精神的な年齢ってことだよ。こないだもみんなが出かけているときに一人残ってスーパー銭湯でマッサージしてもらってたじゃない」
「あ、あれはいいだろ。風呂上りのマッサージは神が定めたもうた人生の娯楽ですよ?」
 おねえさんは口に拳を当てて笑うのを堪えて、仲のよいご兄妹なんですね、と言った。ええまあ、仲がいいかはともかくどうにかやっとりますよと返すと、真凛も不承不承頷く。視線がアトデオボエテロヨと語っていたが、放置することにした。
「こんなでっかいビルを建てる辺りはさすがザラス、ということですかね」
「それはもう、ちょっとここは他のビルとは違いますからね」
 言うとお姉さんはアイスコーヒーにお代わりを注いでくれた。サービスと言うことらしい。
「って言いますと?」
 真凛が問う。
「このザラス日本法人本社ビルは、いわばアメリカから日本へ進出するための前線基地ですからね。中世においては城には威容と堅牢さが求められる。それを現代建築に再現すると、こうなるのかもしれませんね」
「……へえ」
 おれは唸った。彼女の名札を思わずみやる。
「門宮《かどみや》といいます。このフロアのマネージャーを務めております」
 ほう、とおれは呆ける。
「あ、どうも。おれは亘理といいます。こいつは弟の」
「だから弟じゃない!なな……ごほん、真凛といいます」
 殺気が首のあたりをよぎったが、とりあえず黙殺。
「失礼ですがその若さでマネージャーというのは」
 おれも歳の割にはずいぶん如才ないと言われるほうだが、所詮は学生。ビジネスの前線で活躍するホンモノの前では頭を下げるしかない。
「外資のいいところですよ。チャンスは平等、つかめる者が先に行ける。日本の企業ではなかなかこうはいきませんものね」
 ……なるほど、仕事が出来る女性《ヒト》、と思って間違いないようだ。
「このビルが完成したのはつい最近だったと聞いていましたが」
「ええ。実を言うと私もここに配属になったのはつい最近のことなんですよ」
 ふふふふ、と意味ありげな微笑を返す門宮さん。その笑顔におれも思わずふふふふー、と気持ち悪く顔を緩めそうになったが、足の甲を踏み抜かれた痛みで我に返った。
「私も学生の頃、この辺りを通ったことがあるのですけど、当時は何もない更地だったんですよ」
 門宮さんは言う。
「土地はあったんですけど、不景気でなかなか買い手がつかなくて。当時は閉鎖された下水の処理施設と雑草くらいしかありませんでした。それがザラスによる開発がはじまって一年と少しで、気が付いたらこんなビルになってしまいまして。それにも驚きましたが、まさかそこで自分が働くとは思いもよりませんでした」
 ……ほー。下水処理施設ね。
「おれももうじき就職活動しなきゃいけない季節なんですよ。もしザラスを受けることになったらぜひ、推薦状を書いてくださいね」
「あら、推薦文はどんな内容にすればよろしいですか?」
「そうですね、パンチングマシーンの記録を更新したカラテマスターとして」
 門宮さんは好意的なニュアンスで、考えておきます、と言ってくれた。……好意的なニュアンスだった、と信じたい。その後、真凛も交えていくつかとりとめもない会話を行ったが、やがて胸元の携帯端末が一つ、小さな電子音を刻んだ。
「陽司」
「おっと。残念ですがそろそろこいつの門限みたいです。今日は楽しかったですよ。それでは」
 何か言いかける真凛をとっとと引き起こし、おれはコーヒーのグラスをカウンターへ押しやった。門宮さんは去り際のおれににっこりと微笑んだものだ。
「それは残念ですね。今度はもっとお時間のある時にいらしてください。お待ちしております」
「ええ、近いうちにお伺いすることにしますよ」
 おれもとっときの笑顔を返し、アミューズメントフロアを後にする。視界の隅で、さっきのアングロサクソンの大男がこちらを見ているような気がしたが、とりあえず気にしないことにしよう。うん、そうしよう。
 
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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 6

 水が流れる音がどろどろと暗闇の奥から鳴り響き、おれの足元を人工の川が流れてゆく。下水道という言葉から予想していたよりは、悪臭や汚水も遥かに少なかった。かつては生活排水が注がれていたのだが、再開発に伴い新規に下水網が整備された結果、今ではそのほとんどは遠くから流れ流れてきた雨水なのだという。
 ――ここは臨海副都心の地下に広がる下水道の一つ。地中を貫く分厚いコンクリートの円柱の中、横合いに穿たれた穴から注がれた下水が合流し一本の川となり、下り坂になっている円の底をゆるやかに滑り落ちてゆく。直径五メートル以上もある管に対して水位は三十センチ程度のため、おれ達は下水を避けて歩いてゆくことが出来た。靴音が響き渡り、ここが地下であることを否応無しに思い知らされる。
 おれはバンから持ち出してきた七ツ道具、強力ペンライトのアマ照ラス君(そういうネーミングなんだ、おれがつけたんじゃない)を掲げて奥へ奥へと慎重に進んでゆく。
「うう、こんなことなら一回事務所で着替えてくればよかった」
 その後ろから同じくアマ照ラス君を掲げてついて来るのが真凛。おれの行動選択肢が気に入らなかったのか、ひたすらさっきから愚痴っている。トンネル内に反響して愚痴が倍増しになる。
「なんだよ、ちゃんとインナーは着込んであるんだろ?」
「そういう問題じゃないよ!ボク制服着てるんだよ!?」
 じゃあ機関銃でも持たせておけばよかったかねえ。いや、ブレザーではアカンか。おれはこいつの愚痴を無視することにした。だいたいおれより先に呼び出されていたくせにロクに着替えてないというのは如何なものか。ちなみにおれはといえば暑さに耐えつつ長袖を着込んできた。おれ達スタッフは任務中は、最低限調査に支障なく活動しやすい服装を心がけるものである。幸か不幸か分厚い地面は夏の日光を遮断し、むしろ地下は涼しいくらいなのだが。
「だって、ジャケット着て戦うものだと思ってたし」
「あのねえ真凛。おまえうちの仕事を押込強盗か対テロ鎮圧部隊かなんかだと思ってるだろ」
 図星だったらしく真凛は沈黙した。おれはやれやれと頭を振る。
「今回は金型を取り返せばいいんだからドンパチは無用。こっそり潜って、こっそり取ってくりゃそれでいいの」
 だからこそこうして、地上の喧騒に背を向けて明かりも差さない下水道に侵入などしているのだ。
 
 あれから事務所に連絡を入れてみたら、うちの電子部門担当である羽美《うみ》さんにつながった。どうやら豚のジョナサン君の件は科学よりも腕力がモノを言う段階に移行したため、ヒマになったから帰ってきたということらしい。これ幸いと、『下水処理施設』をキーワードに調査してもらったところ、驚くほどあっさり情報が手に入った。
 建てては壊し、壊しては建て。大都会のコンクリートジャングルは変化が早く、最新の地図の作成は容易ではない。まして地上と異なり、数メートル先に通路があっても見ることが出来ない地下世界となれば尚更のことだ。地下鉄のトンネル、ビルの地階フロア、各種公共施設の埋設ケーブル、下水道、緊急避難通路……。都会の地下にはまさしく迷宮じみた世界が広がっているのだ。中には、官公庁でさえ存在を把握していない戦前の古い地下施設もあると聞く。立体的に無数の構造物が組み合わさった地下世界の完全な地図を把握している人間は、おそらくこの世にいないだろう。羽美さんがネットで集めた、無数の公式非公式のデータを丁寧に重ね合わせていった結果、下水処理施設へとつながる下水道の一本が、ザラスビルの地下施設の極めて近くを通っていた、ということがわかったのである。
「まだ埋められてなければ、だけどな」
 近所の公園に埋設された貯水施設のマンホールから潜入し、問題の下水道まで進む。バイトを始めた時に不幸にも仕込まれた基礎研修が、解錠やら警報をごまかすのに役に立った。羽美さんが即席で作ってくれたCADデータを、事務所から支給された違法改造多機能携帯『アル話ルド君』にダウンロードしてあるので、まず道に迷うことは無いはずだ。ここからザラスビルの地下施設に接近し、メンテ用の共同溝を経由して潜入するというのが、おれ達の即席のプランだった。とりあえずは今のところ、順調に歩を進めている。
「ううう、明日学校なのに。臭いついたらどうしよう……」
 ここまで来てまだ諦めの悪いヤツ。
「なんならここで脱いでいってもいいぞ」
「絶対やだ」
 わがままなヤツめ。だがどうやらそれで吹っ切ったのか、真凛も愚痴るのは止めておれについて進み始めた。しばらくは、緩やかな下り坂となっている下水管を奥へ奥へと進む無機質な時間が過ぎる。下水管は終点でより大きな下水管に連結しており、水を避けてそちらに飛び降り、さらに下ってゆく。そんなことを幾つか繰り返してゆくうちに、水を避けて端を歩いていたはずの下水管は、いつしか二人がしっかり並んで歩けるほどに広くなっていた。と、『アル話ルド君』がアラームを鳴らす。おれはなおも歩き続けようとする真凛の肩をつかんで引き止めた。
「どうしたの?」
 そこでおれの表情を見て、真凛も言葉を仕舞う。ここからはお仕事モードだ。
「壁の脇、脛の高さと胸の高さに、乾電池で動くタイプの簡易センサーがある。鼠や虫には反応せず、かつ人間は歩いていても伏せていても引っかかる、実用的な仕掛け方だな」
 バッグに放り込んである七つ道具の一つ、羽美さん作成の携帯連携型万能センサー『ル見エール夫人』の威力は覿面だ。
「解除できるの?」
「やってみましょ」
 バッグから百円ショップで買ったドライバーセットを取り出し、おれは脳裏に仕舞いこんだマニュアルをもとにちょっとした日曜工作をするハメになった。常に発しつづける信号を殺さず、なんとかセンサーのみを無力化する事に成功した。
「ねえ、こんなものが仕掛けてあるって事は」
「ま、ただの下水道な訳はないわな」
 おれ達は角を無事に曲がってさらに進む。だが三十メートルほど歩き、いよいよ下水道とザラス地下施設がニアミスするポイントに出る、というところで、またしてもアラームが鳴り響く。携帯に表示されたコメントいわく、
「他に同様のセンサーが十数個」
「ほんと!?」
 残念ながら本当。警告メッセージは続く。
「ついでにもうひとつ言うと、人間大の熱源反応がいくつかある、ってさ」
「ということは、ひょっとして……」
 頷いて、おれは一つ深々とため息をつく。ドライバーセット出すのヤメ。
「バレバレ、ってことなんだろう?」
 下水道の奥に投げかけた声は、幸か不幸か無視されることなく回答を得ることが出来た。
 
「やアやア、ヨく来て下さいマシタ」
 ペンライトの向こうで佇んでいたのは、間違いなくさっきゲームセンターで見かけた、あのアングロサクソン系大男だった。そしてその口から滑り出たのは、深夜の通販番組で、健康器具をセールスする外国人の台詞にアテレコされる類の、野太く軽薄な日本語だった。翻訳不要で便利なことである。服装は、昼の店員服とは打って変わって、バリバリの戦闘用迷彩服。
「こんナ遠いトコロまで良く来テクダサイましタ、ジャパンノ災害会社」
 男はサングラスをかけたまま、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべて腕組みをしている。
「へぇ。いつのまにかウチの評判も海を越えたってコトかな?」
 おれはのんびりとバッグに小道具類を仕舞いこむ。
「外資系って割には意外とサービス熱心なんだな。こんな敷地外まで警備の出張サービスかよ?」
「ノーノー。アナタはミステイク。ココはザラスのエリアでース」
「って……どういうこと?」
 大男の胡散臭さに飲まれていた真凛が、ようやく我に返る。
「オウ、ステキなジャパニーズレディ。ジェイ・エイチ・エスの生徒がコンナ下水に制服を着てくる、コレはとても良クナイことデス」
「あ、いえその。お気遣いどうも」
 真凛がバカ丁寧にお辞儀をする。ジェイ・エイチ・エスが中学校《ジュニアハイスクール》の略だと教えてやるべきかかなり迷ったが、とりあえずおれは話を進めることにした。
「嫌な造りだとは思っていたけどね。秘密の通路なんてむしろスパイごっこの世界じゃないか?」
 おれは男の奥の壁へ『アマ照ラス君』の焦点を合わせる。LEDの強力な光は、バッチリとそこに穿たれた本来あるはずのない扉を照らし出した。
「GREAT。ボーイは飲み込みが早くて助かリマス」
 このビルは上階のザラス中枢部、下層のショッピングエリアに分かれており、上階から中枢エレベーターを通って地下駐車場に抜けられる構造となっている。だが、駐車場だけではなく、設計図にも載らないさらなる脱出路があったということだ。そりゃ警備が厳重で当然である。おれ達は裏をかいて潜入するつもりで、大本命を引いてしまったことになる。
「後ろ暗いとは思ってたけどな。大方普段は脱出口じゃなく、地下金庫へろくでもないモンの搬入にも使ってます、ってトコロかね?」
「OH!ウチのクライあントハ健全な企業体ネ。ザラスの取引に後ろ暗イモノガ在るトデーモ?」
「新作フィギュアの金型とか、どうだろね?」
 男の雰囲気がわずかに変わった。組んでいた腕を解く。
「地上フロアは通常のセキュリティに任せておいて、裏はアンタが警備する、って手筈かい」
 おれは半歩足を引き、やや半身になる。
「ノーノーノー。ジャスタリトゥディッフェレン《少し違います》」
 男は大げさに肩をすくめる。
「表から侵入したらドロボーさん。ドロボーさん現行犯で捕まえたらポリスに引き渡すのがセキュリティのオシゴトです。でも、存在しテはいけない裏口から侵入するドロボーさんは、やっぱり存在しテはイケマセン。よって、存在をナクシテシマウベキ。それがワタクシのオシゴト」
「はあ。ちなみに存在しちゃいけない泥棒ってのは」
「ヤングジャップとヤングヤマトナデシコ。実にオ痛まシイ」
 ジャップとヤマトナデシコという使い分けは正しいのだろうか。
「あいにくと、荒事は得意ではありませんので」
「そレは奇遇、ワタシモソウデース」
 男は肩をすくめたまま、一つ指を打ち鳴らした。
「ダカラ、忠実ナ部下に任せるとしまース」
 音とともにどこかでブレーカーが上がり、通路を光が満たす。合わせてずどどどどどど、と足音も控えめに進んで参りますは、通路の奥に控えていらしたコワモテの警備員さん約十名。手にはいずれも、ものごっつい警棒《バトン》。こりゃやっぱり、おれ達を捕まえてキリキリ背後関係を吐かせようとかそんなとこかね。
「曲者ダ!ヤッヂマイナァーー!!」
 そんなとこだけ変な風に日本語を覚えなくていいって。まるで時代劇のヤクザさんのように迫りくる警備員達を見て、おれはゲンナリした。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月25日 (金)00時20分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 7

「のわっとと」
 おれはしまらない声を上げて、コンパクトな軌道で打ち込まれてくるバトンをどうにかかわした。格闘技の心得など更々無いが、それが却って幸いしたのだろう。なまじ受け止めようとでもすれば、そのまま電撃でお陀仏だった。皮膚をかすめる、電圧が空気を軋ませる独特の違和感。コレが護身グッズとかで流行りのスタンバトンというヤツだろうか。飛び退ったおれの視界の隅で、もう一人が通路に並んでいた真凛に襲い掛かっていた。体格差にものを言わせて組み伏せるつもりだろう。バトンではなく逆手で真凛の肩に手をかける。惨劇の予感に、おれは目を覆った。ぐしゃり、と潰れる音がして――警備員が片膝を着いていた。真凛は直立のまま全くの自然体。ただひとつ、肩を掴んだ警備員の手に、重ねるように己の掌を重ねている以外は。まるでそれは、倒れた警備員が真凛の肩に手をかけて起き上がろうとしている、そんな姿勢とも見えた。
 ふぅっ。
 そんなかすかな息吹が空気を揺らしたとき、めぢっ、と嫌な音を立てて警備員の肘がヤバイ方向に折れ曲がっていた。たまらず響く絶叫。両者の姿勢は全く変わらぬまま。おれにバトンを向けていた警備員が思わずそちらを振り向く。プロにしちゃ致命的なスキだ。真凛が、く、と腰をわずかに入れると、腕を折られた警備員はその肩を支点にくるり、とまるで自分から回転するように華麗に宙を舞い、反射的に大きく腕を振り回し……おれの目の前のヤツに思い切りバトンをつきこみながら衝突する結果になった。二人分の悲鳴と水しぶき。激痛と電撃で気絶した警備員が下水に浮かぶ。
「重心の制御がゆるいなあ。歩き方から矯正したほうがいいよ?」
 ずい、と一歩前に進み出る真凛。おれはと言えば半歩下がって、
「よ、先生!よろしくお願いします!!」
 やんややんやと喝采を送る。
「あのねぇ……」
 真凛のうんざりした眼差しは、目の前に突き込まれたバトンによって遮断された。確かにスタンバトンの攻撃なら相手を殴る必要はない。接触さえすればよいのだ。ここですかさず最速攻撃を選択できる辺りはさすがプロとは思うが、今回は相手が悪すぎた。ジャブの要領で突き込まれたバトンは、だが寧ろ迎え撃つように踏み込んだ真凛の両手にまるで奇術のように手首を取られ捌かれている。彼我双方の踏込の勢いを殺すことなく、真凛の諸手が小さな円軌道を描く。四方投げ、という奴だろうか。警備員は吸い込まれるように宙を一回転し……それは同時にスタンバトンを突き込もうとしていたもう一人の警備員から真凛を身を呈して護る格好となった。上がる悲鳴、これで三人。いや、既にその時には四人目に肉薄し、顎と鳩尾に掌を打ち込んでいる。ついさっきパンチングマシーンで容易く今週のベスト記録を更新した当身を食らっては、いかに荒事のプロと言えどもひとたまりも無い。
 後続の六人が気圧され、わずかに後ずさる。その趨勢を敏感に感じ取り、真凛は咆哮し、突進する。
 
 真凛の踏み込みの音が響くたびに大の男どもが宙に舞う。おれはすっかり観戦モードに周って、腕を組んで見物する側に回った。こう見えても、いや期待通りというべきか、我がアシスタント七瀬真凛は、実家に伝わる古武術の正統継承者なのである。
 その戦闘力はバケモノ揃いのうちの事務所でも折り紙付き。中学生の時分には夜の新宿でストリートファイトに明け暮れていたというとんでもない過去を持ち、しかもそこで常に負け知らずのチャンピオンだったという。なんたって今でも新宿をとおれば『その筋』の人が腰をかがめて通り過ぎるというシロモノだ。ガッコウの体育で柔道やりました、程度のおれでは百人どころか千人束になっても瞬殺されるのがオチだろう。このブッソウ極まりないアシスタントに、年の差以前に戦闘能力で人間関係を位置付けられてしまってるせいで、おれの事務所内での発言権は近頃急速に低下中である。ふん、どーせおれはこのバイトでも味噌っかすですよと、心の中で自嘲していると、
「どぅあっ、あぶねえっ!」
 真凛の暴風から逃れるように回り込んでいた警備員の攻撃。くそっ、ならやってやるよ。つかみかかってくる腕をかわして、向こう脛を蹴っ飛ばしてやる。悲鳴を上げながら警備員は後退した。ざまあみろ。と、
「このガキィ!」
 警備員さんの職業的忍耐も沸点を超えたらしい。
「やれやれ!」
 おれはこの狂暴娘のような格闘技のプロではないが、一応標準レベルの反射神経は持ち合わせている。怒りに度を失ったテレフォンパンチもかわせないほど鈍くはない、つもりだ。一般人でも振りかざされる暴力に竦みさえしなければ、けっこう互角に戦うことも出来るものである。要は慣れなのだ。……言ってて自分で哀しいが。
 おれは怒り任せの大振りを沈みこんでかわし、伸び上がりざまに相手のごつい顎に頭突きを叩き込んだ。一撃必殺とは行かないが、相手はのけぞって崩れる。そこに追い打ち、両の手のひらで胴を突き飛ばすと、男は尻から下水の中に突っ込んだ。どうでい、なかなかおれも捨てたもんじゃないだろう?
 そうこうする間に真凛は警備員を軒並み打ち倒していた。最後の一人は己の技に自信があるのだろう、バトンに頼らなかった。突如その足を大きく振り上げ、真凛に踵を斧のように振り下ろす。真凛は両腕を十字交差して防御。石同士をぶつけたような鈍い音がして――それで決着がついた。真凛が使ったのは痛み受け。踵落としを止めながら、受けの一点に自らの体幹の力をたたきつけ、相手のアキレス腱をそのまま断つ技だ、というコトをおれは知っていた。
 
 かしゅうっ、と肺の中の空気を排出し、真凛が戦闘モードを解除するのを確認してからおれは近づいた。うかつに戦闘中に肩でも触れようものなら、無意識レベルまで自動化された迎撃によってとっても酷い目にあう事は請け合いだ。
「いやいや、さすがは先生でございますナ!これからもどうかヨシナに……」
 揉み手ですり寄りつつ、気絶してる警備員のおっちゃんからスタンバトンを拾い上げる。おれが振って当たるとも思えないが、ま、ないよかマシだろう。
「気に入らない」
 我らが用心棒先生は頬を膨らましご機嫌斜めのご様子である。ちなみに全員、息はしている。この業界での戦闘行為がコロシまで発展することはそうそうない。つつましく市場を形成するための、ささやかな同業者同士の不文律という奴だ。
「そんだけ暴れておいてまだ足りませんかこのオジョウサマは」
 そもそも人間ブン殴りたくてこの仕事始めたんだろうに。
「なんか言った!?」
 いえいえ。
「そりゃま、たしかに殴り合うのは好きだけど」
 好きなのか。
「ああまで露骨に様子見に徹されると面白くないなあ」
「様子見?」
「本番前にこっちの手の内を出来るだけ覗いとこう、ってやり方。これじゃこの人たちもいい当て馬だよ」
「ああ、なるほどね。お前の技をバッチリ見てったわけだ」
 おれは通路の奥の扉を見やる。本来厳重なオートロックが施されているであろうソレは、石ころが一つ挟まれており開きっぱなしになっていた。倒れ伏す警備員達の中には、あのサングラスの大男はいない。最初から見物を決め込み、本番はあちらでどうぞ、ってわけだ。おれは手元の『アル話ルド君』を起動してCADデータを検証する。ここから先はブラックボックスと化している地下施設エリアだ。何が出るかは開けてみてのお楽しみ、と。
「行くか?」
「もちろん」
 おれは扉を押し開けた。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月26日 (土)00時09分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 8

 扉を潜るとそこは一転して、リノリウムの臭いが支配する密閉された地下フロアとなっていた。照明が落とされた中でコンプレッサーが低い唸り声を上げ、配電盤の制御パネルに灯る赤と緑の光が暗闇を僅かに緩和している。おれは『アマ照ラス君』を取り出そうとして、やめた。部屋の向こう側から明かりが漏れているのがわかったからである。無造作に突き進み、明りが漏れている扉を引く。そこはすでに照明が点灯しており、傾斜のついた細長い廊下が上へ上へと延びていた。周囲の壁と床に衝撃吸収材が張られているところを考えると、ここが「ろくでもないもの」の搬入路になっているのは間違いないようだ。途中幾つかの防火扉があったが、いずれもこれみよがしに開かれている。まったく、いつもこうだとおれが怪しげな小道具を振り回したり、あのイカレヘッドの羽美さんが嬉々として電子ロックを解除したりする必要はないのだが。搬入路を進んでいくのだから、ゴールは決まっている。最後の坂を登りきった先、そこは搬入物が行き着く先である巨大な空間が広がっていた。
 広大なザラスビルの敷地面積のおよそ半分、高さは5メートルにも及ぶ、ザラス地下金庫室。おれ達は今、分厚い壁で仕切られた金庫の外壁を見上げている。地下空間は巨大な金庫を埋め込んでもまだ敷地が余りあり、こちら側の空間もちょっとした広場と言って通るほどだった。そこかしこに何かの機材や空箱が積み上げられており、だだっ広い防壁の真中に、四角い大扉が空間を切り取るように存在している。あの向こうに今回のターゲットがあるわけだ。だが。
「ハーイ!ヨウコソまた会いマシタネヤングジャップ」
 おれ達と反対側の壁際、つい十分前に別れた男が一人、そこに佇んでいた。
「さっきはずいぶんやってくれたよね」
 再度戦闘モードに移行した真凛に前方を譲る。
「ハハー。ジャパニーズ古武道《コブドー》とはクラシック・スタイルね。ウチにもイマスヨ」
 やはり先ほどの戦闘は様子見だったようだ。確かにこの業界、『最初の一撃』で勝負が決する事が極めて多い。事前に可能な限り相手の手の内を調べるのは、基本戦略とも言えた。
「しかしまあご苦労さん。わざわざセキュリティを全開にしてまでお招き頂けるとはね」
 男はふふん、と鼻を鳴らす。
「アナタ達トハコウイウ処でユックリお会いしたカッタノデス」
『こっちはぜんぜん会いたくなかったわけだがね。とりあえず上司として気の毒な部下達の労災でも申請してやったら?』
 これ以上野郎のへたくそな日本語を聞くに耐えなかったので、英語で返答してみた。男はそれを聞くとひとつ首をひねり、
『使えん連中だよ。最初から殺すつもりでかかれと言っておいたのに』
 ごく滑らかなアメリカン・イングリッシュを返して来た。
『そりゃちと酷いな。こちとら未来ある十代だぜ?未成年へのお仕置きにしちゃあやり過ぎじゃないか』
 男はしばし沈黙した後、突然腹を抱えて笑い始めた。真凛が左腕左足を前に出し、いつでも事態に対処出来るように備える。
『いや失礼、正直最初フロアで見たときはとても信じられなかったよ。君達が『あの』フレイムアップのスタッフだとは到底ね。そこのお嬢さんの暴れっぷりを見てようやく得心が行った』
 男はゆっくりとこちらへ歩を詰めてくる。
『最近はウチの必達目標《コミットメント》もちと行き過ぎていてね。ただ『守っていたら何も起こりませんでした』だけでは評価してくれんのだよ。『戦って対象を守り通しました』ってのでないとね』
『はん。ついでに『手強い相手を激戦の末に倒しました』ならなお良しってとこだろ』
『その通り。ましてそれが……業界で知らぬもの無き『人災派遣』のメンバーなら尚更だ』
「ねえ、あのヒトなんて言ってるの?」
「ようするにガチンコで殴りあいたいってさ」
 おれは投げやりに返答する。あわせて男が一歩前に出る。
『さてさて。君たちは一体誰なのかな《フー・アー・ユー》?凶悪無比の『殺捉者』か。因果を支配する『ラプラス』かな?あるいは『守護聖者《ゲートキーパー》』?『西風《ウェストウィンド》』?……まさか『深紅の魔人』や『召喚師』だとすれば素晴らしいことこの上ない』
 男の体内から小さな音が無数に鳴っている。デジカメのズームボタンを押したときのようなアレ。アクチュエーター音とかいう奴。
『ここまで来てもらったのはね。ここが一番俺達に都合が良いからさ。防音、防熱、防弾。障害物も足手まといの部下もいない』
 おれはうんざりした。こんなんなら最初っから真凛の言うとおりカミカゼアタックでもやっといた方が話が早かったぜ。
『ティーン相手に銃弾使用かい。随分厳しい業務方針だな』
 男が両腕をすい、と持ち上げる。その手袋に覆われた掌は開かれていた。
『なあに、同種の異能力者《・・・・・・・》相手なら重火器でも足らんくらいだろ?』
 ちっ、とおれは舌打ちする。やっぱりこいつもおれ達と『同業』かよ!
『自己紹介がまだだったな。警備会社シグマ、特殊警備第三班主任……『スケアクロウ』』
 男の迷彩服が弾け飛ぶ。狙いはおれ――じゃない!
「真凛!伏せろ!!」
 横っ飛びがてらのおれの叫びは届いたかどうか。男の両腕から奔った轟音と閃光が、地下空間を焼き尽くした。
 
 尻を爆風で煽られる形になり、おれは無様に頭から床にダイブした。顔面を床でおろし金のようにすられそうになるのを、どうにか横回転に逃がし免れる。
『達人級の武術家といえども、重火器の先制遠距離攻撃ではなすすべもなかろう』
 バッグを背負ったまま跳ね起きると、おれ達が先刻まで立っていた場所に炎の海が出現していた。スプリンクラーが作動し、水蒸気が朦々と立ちこめる。だが警報は鳴る気配が無い。こいつが細工して機能を停止しているのだろうか。
『ちぇっ、『シグマ』にゃあそんなのがいるとは聞いてたが、実物拝むことになるたあね!』
 炎の海の中に立つ男、『スケアクロウ』が、おれの声に反応しこちらを向く。迷彩服に包まれたアングロサクソンの巨体はそのまま。だがその両腕は、オレンジ色を照り返す禍々しいクロームの輝きに包まれていた。今しがたものごっついナパーム弾を打ち込んできやがった長大な銃身が二本、男の両の腕から生えている。炎に浮かぶ、まるで腕の代わりに二本の棒が突き出ているかのごときそのシルエットは、まさしく『スケアクロウ《かかし》』だった。機械化人間《サイボーグ》。あまりと言えばあまりに安っぽい言葉だが、他に適当な言葉も思いつかない。炎が酸素を貪り、呼吸が苦しくなる。陽炎の中、換気システムが作動する音が妙に間抜けに響いた。
 
 シグマ・コーポレーション。
 ここ十年足らずで日本に大々的な進出を果たした、外資系の大手警備会社である。欧米系の軍隊経験者や元警察関係者を中心に組織された営利団体で、こと瞬発的な機動力に関しては日本の警察では到底歯が立たないとされている。その職務内容は要人護衛、各種警護、人質奪還等。あらゆるセキュリティを総合的に手がけるプロ集団である。そして世間一般には知られていないことだが、精鋭揃いの連中からさらに選抜された数十名のメンバーで構成された、ごく特殊な任務を担当するチームが存在する。通称、『特殊警備班』。一般的とは言いがたい能力の持ち主も多数所属し、中には漫画紛いのSF野郎も紛れ込んでいる、という噂は確かにおれも聞いたことがある。半分以上信じちゃいなかったが、流石に実物を見せられては納得せざるを得まい。
『戦争で生身の部分が殆どダメになってしまってな。だが感謝もしている。コイツの精度はたいしたものだし、AIが戦況と俺のフィーリングを応じて自動的に最適な弾薬をリロードしてくれるという優れものさ』
 がじゃり、と突きつけられる左腕。
『散弾だ。こいつは避けられないぞ?』
 こりゃやばい。ここから回避する方法はちっと思いつかないぞ。
「バイ」
 スケアクロウの銃身の奥から鉛弾が吐き出されるその瞬間。
 スプリンクラーと炎の鬩ぎ合いで生み出された水蒸気の緞帳が一つの人間の形に盛り上がり――そこから突き出された掌がスケアクロウの脇腹に深々とめり込む!跳ね上がった銃身から散弾が撒き散らされ、天井を穿った。
「制服が、焦げた!」
 掌を放った体勢のまま、怒りの炎を背負い真凛が吼える。纏わり付く火の粉まではかわしきれなかったか、身に纏ったお嬢様学校のブレザーは所々煤と焦げ目でボロボロだった。
「あれヲかわすとは!ファンタスティックなレディでスネ!」
 スケアクロウが己の右の銃身をまるで戦槌《メイス》のように薙ぎ払う。多分両腕だけではなく、全身にも駆動パーツが埋め込んであるのだろう。その膂力と速度は到底人に為し得るものではなかった。だが、真凛は銃身が己に迫るその一瞬、銃身そのものをステップとして跳躍、コンパクトなモーションで回転。
「ずぇあっ!」
 がら空きになった顎に、間欠泉のような勢いで踵を撃ち上げた。縦軌道の変則後ろ回し蹴り、常人なら首の骨が折れるほどの打撃だ。だがスケアクロウはたたらを二、三歩踏むにとどまった。着地した真凛に出来た隙を逃さず、左腕から今度は9mmパラベラムを、妙に軽快すぎる音を立ててばら撒く。真凛は着地の瞬間からスケアクロウを振り向くことさえなく横転し回避、さらに跳躍して左銃身の死角となる右側に着地する。
 おれには到底信じられないが、あいつは銃弾の類いをすべて見切ることが出来るのだそうだ。だが真凛の打撃にはスケアクロウにそれほど通じているとは思えなかった。このままでは勝負はどちらに転ぶかわからない――
 と、真凛が背中を向けたまま怒鳴る。
「なにやってんだよ!」
 何ってその、観戦を。
「こいつはボクが潰すから!アンタは邪魔だからさっさと取るもの取りに行く!!」
 ふと見れば、おれが背にした壁から少し離れたところに、金庫の大扉が存在していた。
「……了解。んなデクに負けんじゃねえぞ!」
 お言葉に甘えて、おれは走り出した。すぐさま後方で爆発音と金属音が交錯する。
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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 9

 結論から言ってしまえば、だ。
 
 世の中は生真面目な方々が考えるよりは遥かにいい加減に出来ているし、夢見がちな方々が想像するよりは遥かに味も素っ気もありゃしない、ということになる。
 機械化人間。超人的な戦闘力を持つ武術家。魔法使い。陰陽師。超能力者。吸血鬼。狼男。一人で一部隊を壊滅させるような凄腕の傭兵。特A級ハッカー。天才ドライバー。マッド・サイエンティスト。およそアクション系、ファンタジー系、伝奇系のコミックやら小説やらを見れば、まずこの中のどれか一つくらいは混じっているだろう。で、こういう連中が現実に存在するか、と問われれば、実は割とホイホイ実在してたりする。それも結構な割合で。
 では、そういった連中、一般人とは質、あるいはレベルが異なるひとびと、すなわち『異能力者』達にはすべて、愛憎交差する復讐劇の主人公や、あるいは冷酷無比の悪役、世界を支配する野望に燃えた黒幕、あるいは滅び行く世界の救世主といった役割が与えられるのか?と問われれば、答えは明確に”否”である。
 文明が未熟だった頃はいざ知らず、科学と情報が発達した現代においては、個人に備わる異能力が周囲にもたらす影響は恐ろしく小さい。例えば物理的な戦闘では、人狼や吸血鬼が如何に戦闘に秀でており、ヤクザや不良を容易に叩きのめす事は出来るといっても、武装した軍隊を正面きって相手に出来るほど強くは無い。空を飛べることは出来ても飛行機にはかなわない。力が強くても重機には及ばない。
 スーパーハッカーやドライバー、武道家はあくまでも人間の限界であり、それ以上ではないのだ。機械化人間やマッドサイエンティストも同義。彼らは現代文明の先端、もしくは異質なベクトルではあっても、決してそのカテゴリーを逸脱することは無い。
 そして呪術や魔術、陰陽術。これらはもともと人類の歴史と裏表の関係にあり、『一般に理解されてはいないが、知っているべき人はちゃんと知っている』ものに過ぎない。術法で出来ることは、大概が現代科学でもっと効率よく実現することが可能なのだ。実在しないとされるからこそ、世間様は魔術や呪術に憧れと畏れを抱くのである。実在を知り、その効能と限界を弁えている人間にとっては――実際のところ、長い時間をかけて修得するほど魅力のあるトピックスではないのだ。たとえば『時速百キロで移動する魔法』があるとしても、それを身につけるための修行期間や、儀式を行うための手間暇コストを考えれば、普通車の免許を取って中古車でも買った方が遥かに効率良く確実なのである。
 
 これらを総合すれば、こうなる。
『異能力者は珍しくはあっても、さして貴重ではない』
 彼らの存在は一般人にはあまり知られてない。出会えば珍しいし、個別には憧れや嫉妬を抱かれる存在ではある。だが、彼らの能力のほとんどは、設備、資金、時間さえあれば充分に代替可能であり、社会的に大して影響を持ってはいないのだ。まれに世界征服の野望に燃える吸血鬼や選民主義を掲げる超能力者など、ベンチャー魂に燃えるカリスマが現れることもあるが、大概が一般世界の権力者達に潰されて終わってしまっている。特殊な人間が内包する百の力は、一の力を持つ凡人一万人が百年かけて積み上げた文明には決して打ち勝つことは出来ない、ということ。
 こうなってしまうと異能力者達の立場というのは非常に微妙なものとなってしまう。彼らは一般社会から逸脱した存在でありながら、そこから独立して己の世界を築けるほど強力ではないのだ。かつて彼らが小さな社会で絶大な影響力を持つことが出来た神話と迷信の時代が終わり、中世あたりになるとこの流れは顕著になり、多くの異能力者は己の居場所を追い出され、あるいは見つける事に苦慮することとなった。
 だが、それが近代を経て現代に到ると、彼らにも、そして一般社会にも変化が訪れる。両者をつなぐ受け皿の登場である。
 居場所の無い異能力者に仕事と生活基盤を与える。そして社会に対しては、『設備や資金、時間が充分ではない』状況で発生する難問を解決するための切り札を提供する。それはかつては魔術師達の秘密結社、あるいは邪悪な同朋を討つ吸血鬼達の連盟、正義の超能力戦士グループだったそうだが、二十一世紀に入っての現在は、より包括的に様々な異能力者を取りまとめる組織へと統合されつつある。それがおれ達『フレイムアップ』や、あのスケアクロウが所属する『シグマ』のような『人材派遣会社』なのだ。
 企業間に起こる表立たないいさかいや、突発的に発生する災害、本人の強い希望により隠密に処理すべき案件。そういった依頼を、おおむね高額な料金で各所から派遣会社が請け負い、所属する異能力者を『派遣社員』として差し向ける。そして異能力者は己の能力を存分に振るって案件を解決し、報酬を得る事が出来るのである。すでにこのスタイルは現代の経済の暗部にしっかと組み込まれており、各種トラブルにおける『切り札』として定着してさえいるのだ。
 そして、対立する両者が同時にこの切り札を用いた場合に発生するのが、今おれ達が繰り広げているような異能力者達による前近代的な戦闘なのである。
 おれ達『人材派遣会社フレイムアップ』はこの派遣業界の中でももっとも零細の部類に類別される。構成員は多少流動しているが十人程度、しかもその大半がおれみたいなアルバイト員だったりする。大手派遣会社が数十~数百の異能力者を抱えていることを考えれば、その規模が伺い知れるというものである。ところが、どういうわけか『業界』内ではうちらは有名なのだ。任務達成率100%というのは嘘ではないし、ちょっとアレなメンバーが多いことも相まって、今ではすっかり『人災派遣会社』という異名のほうが通りが良くなってしまっている。
 いやはや、ロクでもない同僚がたくさんいると、おれみたいな常識人は苦労するんですよ、ホント。
 
 おれは振り返らずに壁沿いを走りぬく。もう少しで大扉にたどり着く、そう思った刹那。おれは思いっきり横っ面を張られ、無様に壁に叩きつけられていた。
「な、何だよ?」
 よろめきながら立ち上がる。見るとそこには、愛らしい瞳でこちらを見上げる熊のぬいぐるみが一匹、ちょこなんと地面に座っておられた。まさか、と思ったのもつかの間、視界が急速に沈む。後ろから足を払われたのだ、と気付いた時には地面に大の字になっていた。振り向くと、そこには何たらいうアニメに出てくる愛らしい小動物のぬいぐるみがこちらを無邪気そうに見つめている。本能的な危険を感じて咄嗟に横転すると、ずどん、と鈍い音が一つ。今までおれの頭があった空間に、ボーリングの14オンス玉が直撃していた。一瞬反応が遅れれば、今頃潰れた饅頭のようにあん《・・》をぶちまけているところである。見上げれば空箱の上に陣取る黒猫の人形が二匹。おれは跳ね起き、壁を背にして構えた。くすくす、とどこかから笑い声が聞こえたような気がした。
 ……いや、それは錯覚だ。なぜなら、金庫室の各所、積み上げられた機材や空箱の向こう側から無数に姿を表した小さなモノたちの正体は、先ほどの熊のぬいぐるみ、UFOキャッチャーの景品、ゲームのマスコット人形など、命ないモノたちだったからである。それがまるで意志のあるようにおれを一斉に見つめ、こちらを取り囲んでいた。
「一階のアミューズメントフロアの景品、だよな……」
 おれは恐る恐る一歩を踏み出す。と、ぬいぐるみの群れがまるで堰を切ったかのように襲い掛かってきた。先ほどの熊が高々と二メートル近く跳躍し(!)愛らしい脚でおれの顔面に回し蹴りを叩き込む。その途端、質量を無視した凄まじい打撃がブロックしたおれの腕に弾けた。とっさに顔面はかばったものの、今度は足首に鈍い痛み。見ればデフォルメされたワニのぬいぐるみが、がっちりとおれの踝をくわえ込んでいる。
「このっ……」
 手と足を無闇にぶん回し、熊とワニを振り払う。質量で言えばしょせんはぬいぐるみなのか、あっさりと吹っ飛んでいった。だが、地面に転がりすぐさま起き上がったその様を見るととてもダメージを受けたようには思えない。続けて休む間もなく飛び掛ってくる他のぬいぐるみを手で足で叩き落すが、これでは所詮気休めにしかならない。あっという間に背中に一撃痛打をもらい、そのままガードが崩れたところを一気に無数のぬいぐるみに押し切られて転倒した。
「痛て!痛て!痛ててぇ!」
 降り注いでくる打撃の雨を亀になって耐える。昔、新宿の飲み屋で美人のお姉さんといい雰囲気になったあと、裏道で彼氏だというアレな人にボコボコにされた記憶を思い出した。
 ちっ。
 おれは亀の体勢から大扉を見やる。距離としてはあと五メートルもないというのに、とてつもなく遠く感じる。おれを円を描くように取り囲んでいるぬいぐるみども。……こういう時、セオリーから行けば。
「そこだっ!」
 おれは二、三発貰うことを覚悟で跳ね起き、バッグを人形の群れの向こう、丁度こちらを見下ろせる位置にある高さのダンボールに向けて思いっきり放り投げた。各種の機材を詰めたバッグはそれなりの重量を有し、壁際に積まれていたダンボールの山を突き崩した。ダンボールの奥に潜んでいた人影は、おれの攻撃に怯んだ様子もなく、こちらを見て、ふふふ、とステキな微笑を浮かべてみせた。
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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 10

 ぬいぐるみの群れが攻撃を止めたおかげで、おれはどうにか立ち上がり、彼女と話をすることが出来た。
「やあどうも、またやって来てしまいました」
 このぬいぐるみを操っていた女性――門宮さんがポニーテールを揺らし、極上の営業スマイルでこちらを見つめてくださっていた。
「あまりお待ちする必要はなかったみたいですね」
 ダンボールの箱から軽々と床に降り立つ。その手に持っているのは、純白の鶴。といっても生きている鳥ではなく、紙で作った折り鶴という奴だ。その細い指に挟まれた鶴は、この殺伐とした部屋にはやたらとそぐわない。
「もっとお時間のある時に、と聞いたんで」
「残念ながら貴方の今夜はそんなに悠長ではないみたいですけど?」
「ええまあ。そういうわけでそこはこう、密度で補いたいというワケなんですが」
「あらそうですか」
 回答はそっけない。今門宮さんが着ているのは、夕方のときの店員のユニフォームではない。今後ろで苛烈な戦闘を繰り広げている『スケアクロウ』と同様の迷彩服だ。そしてその胸に輝くのは『シグマ』のエンブレム。とほほ。
「改めまして。警備会社シグマ、特殊警備第三班副主任、『折り紙使い』です」
 まあ、下水道で敵が待ち伏せていた時点で三割くらいは予想していたんだけどね。おれ達の潜入ごっこは最初っから誘導されてたってわけだ。
「はあ。そういやシグマって、戦闘型と支援型のエージェントがコンビを組んで活動するんでしたっけね。聞いたことありますよ、『折り紙使い』の名は」
「光栄です、フレイムアップのエージェントの耳にまで届いているとは」
 この業界は広いようで狭い。有能な人間の存在はその『二つ名』と共にあっという間に業界に広まるものだ。おれは『折り紙使い』の名を知っていた。陰陽師の系譜に連なり、手にした紙を『折り紙』とすることで様々な術を行使する、術法系のエージェント。てえことは、この無数のぬいぐるみたちも……。おれは手にひっ掴んだ熊の背中を見る。そこには小さな菱形の紙片が張り付いていた。
「『かえる』です。一階のアミューズメントパークから連れて来たのですが。お気に召しました?」
 『かえる』の折り紙。なるほどね、これを媒介にして操っているわけだ。
「そこの扉を通してほしい、と言ってもムダなんでしょうねぇ」
 おれはぼりぼりと頭を掻いた。
「密度の濃いコミュニケーションをお望みなのでしょう?」
 『折り紙使い』はすい、とその右手を持ち上げる。それに合わせてか、ぬいぐるみたちが一斉に引き下がる。
「身を削りあうような激しいのでお相手しますわ」
 どっちかというと削るより暖める方が。夏でも無問題で。ダメですか?
「啄め。『鶴』」
 ダメらしい。彼女の手から放たれた一片の鶴は、いかなる幻覚か、瞬く間にその姿を百に千に増やし、吹雪のようにおれに襲い掛かってきた。
「……ッ!!」
 今度ばかりは悠長に叫び声を上げているヒマはなかった。襲い掛かってくる鶴の羽と嘴、その一つ一つに鋭利極まりない刃が仕込まれており、さながらおれは剃刀の嵐の中に飛び込んだ格好になったからだ。袖を、胴を、そして咄嗟に顔をかばったものの耳や頬を、刃がかすめて赤い線を刻み込んでゆく。実際には十秒も無かったのかも知れないが、身を削ぎ落とされるようなおぞましい感覚が過ぎた後、おれはボロボロの格好で膝をついていた。
「いちおう、インナーは身につけているみたいですね」
 頭上から降り注ぐ『折り紙使い』の冷静な声。
「……ま、職業柄こういうの多いんでね」
 おれは、切り裂かれた袖から露出している黒い生地を見やった。こういう荒事に備えて、仕事中は防弾防刃性をそなえた『インナー』と総称される極薄のボディスーツを普段着の下に纏うことを義務付けられている。これはこの業界では常識と化しており、うちの事務所で支給されているのは羽美さん謹製の一級品で、ボディスーツの薄さでありながら9mmパラベラムの近距離射撃を防ぎきってのけるというトンデモアイテムだ。今もこれを身につけていなかったら、ナイフで滅多刺しにされたくらいの手傷を負っていただろう。ちなみに、強襲任務の際には特殊部隊も真っ青の防弾防刃防毒耐ショック装備である、ごっつい『ジャケット』を着込むこともあるが、これは極めて希である。
 おれはさっき警備員から没収してきたバトンを取り出し、スイッチを入れた。かすかな振動音を発し、バトンの電圧が高まっていく。とりあえずそれっぽく構えてみた。
「あんまり接近戦は得意じゃないんだけどなー……」
「捕らえよ。『かえる』」
 彼女の命令に答え、ぬいぐるみ達が再び一斉におれに襲い掛かる。おれはたまらず飛びのき、壁沿いに今来た道を逃げ走る。
「ちっとは手加減してもらえんものですかね」
「まさか。あの『人災派遣』相手に手加減など出来るはずはないでしょう?我々エージェント業界の鬼子。任務成功率『だけは』100%の凶悪な異能力者集団が良くいいます」
 ひでー言われようだなオイ。飛び掛ってくるぬいぐるみを払い落とし、物陰に逃げ込む。やっぱり業界内のうちの事務所の評判はこんなもんなんだろうかねぇ。
 休む間もなくぬいぐるみ達の攻撃を転げまわってかわしつつ、おれはひたすら走る、走る。積まれた台車を跳び箱の要領でまたぐ。壁沿いを疾走、足元に食いついてくるワニにはサッカーボールキックを叩き込む。すかさず横合いから襲い掛かってくる愛らしいネズミをどうにかバトンで叩き落す。逃げ回る間に、向こうが何を狙っているか想像はついていた。だが事ここに到ってはどうしようもない。まるで予定通りのコースを走らされていたかのようにおれは、
「王手詰み《チェックメイト》、ですね」
 部屋の隅に追い込まれていた。微笑を浮かべて佇む彼女の手には折り紙。おれの頬を汗が伝う。走った汗だと思いたいが、それはどうしようもなく冷たかった。手詰まりの中、ふと耳に響く金属音。視界の端によぎるのは、水蒸気の向こう、人間離れした軌道でスケアクロウと切り結ぶ真凛の姿だった。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月27日 (日)21時48分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 11

 飛び交う銃弾をかいくぐり、滑り込むように地面すれすれに放たれた真凛の回し蹴りがスケアクロウの腓腹《ふくらはぎ》を捕らえる。
「くっ!」
 だが、その声は真凛のものだった。足払いとしての威力は充分だったのだろうが、鋼の体の防御力とその足自体の重量が相まって、姿勢を崩すには到らない。攻守一転、振り下ろされる銃身を、まるでストリート系のダンサーのように回転、跳躍してかわす。しかしそれで終わりではない。右腕が振り下ろされると同時に、左腕の銃身がすでに真凛に向けられている。浮かび上がる『線』を咄嗟に身を捻って避ける。と、その一瞬後に空間をフルオートの掃射が走り抜けてゆく。間合いを離して再度仕切りなおし。真凛は大きく一つ、呼気を吐き出す。一撃離脱を繰り返すこと十数度。未だ目の前の鋼の塊には有効打を与えきれてない。
「まいったなあ。いくら弾道が見えるって言っても、これじゃ手詰まりだよ……」
 真凛の視界に銃口が移ったその時、彼女の脳裏に浮かぶ映像には、敵の銃器が形作る射線が、まさしく『光の線』となって描きこまれる。そして銃弾が放たれる前にこの『線』から身を外していれば、決して弾丸に当たることはない。五体を武器として戦う彼女が銃器に対抗できるのは、この銃弾を見切る能力があればこそである。それは決して超能力の類ではない。銃相手の戦闘で重要な要素は、銃口の角度と距離、銃と込められた弾丸によって決まる初速と弾道のバラツキ、敵の挙動から推定される狙撃ポイント、そして発射のタイミングである。真凛はそれを五感で捕らえつつ、そこから弾道を予測しているに過ぎない。だが、その過程を極限まで高速化した結果、予測は無意識の世界で行われ、その結果のみが『線』という情報の形で意識野に出力されているのだ。かつて一握りの武道の達人がたどり着いたという境地。だが彼女、七瀬真凛の流派では、最初からこれを目標として鍛錬する。それでこそ現代における武術である、とは七瀬の当主の弁だとか。
「全くタフなレイディデス……!ワタシの銃弾をコウモカイクぐってくれるトワ」
 スケアクロウは余裕ぶった発言をしようとしたが、端々に登る苛立ちがそれを裏切っている。接近戦型と見て、初弾でカタをつけようと放った最大火力の一撃をかわされ、あまつさえこうまでいいように一方的に打撃を叩き込まれているのだからそれも当然か。相手は生身、そして機動力が命だ。一発銃弾なり銃身の打撃が当たってしまえば自分の勝ちだと言うのに、その一発をどうしても当てることが出来ない。すでに初回のナパームによる炎は、スプリンクラーの散布もあり収まりつつある。まとわりつく水蒸気の中、恐らくスケアクロウの心中を占めるのは焦燥感だったろう。おれ達『フレイムアップ』が乗り出してくるからこそ、セキュリティをオフにしてこの正面からの戦いに持ち込んだのだ。このまま失敗でもすれば減俸どころか懲戒モノのはずだ。何としてもココでコイツを仕留める――そう決意したのか、義手のギミックが駆動し、新たな弾丸が装填される。その目に宿る光の色が、『当たり所が悪かったら死ぬかも』から、『当たり所がよければ生き残るかも』へと、わずかに、だが決定的な変化を見せ――
「ゲームセットでスヨ!!」
 スケアクロウの両腕が突き出される。弾種は……ナパーム!真凛の脳裏で、予測された『帯』が空間を切り裂く。その線に己の身を添わせるようにギリギリまで引き付けながら突進。己のわずか数センチ先の空間を炎の塊が抉り取り、大気が容赦なく振動となって皮膚に叩き付けられる。ここまでは先ほどまでの展開の焼き直しだ。後方の爆発をよそに疾走。みるみる距離が詰まり、一足一刀の間合いを突破。突き出された銃身を潜り、その肘を掌で捌いた。近接戦の間合い。敵は両腕の武器を使い切った。――ここで、真凛は仕留めにかかった。必勝を期し、さらに一歩踏み込み、その脇を抜け跳躍。狙いは頭部。よもやここまで機械化されてはいまい。延髄に向けて研ぎ澄まされた手刀を振りぬこうとした、その時。スケアクロウと目が合う。そこに宿るは……改心の笑み!真凛の視界が突如危険な色で染まる。奴が想定するのは……『線』ではなく、巨大な『球』の攻撃。まさか。
「あぐっ……!!」
 人間離れした反射神経で咄嗟に急所を庇ったものの、スケアクロウから迸った『何か』は容赦なく真凛の体を貫いた。たまらず着地、後退する。
「ヤレヤレ……。コンナ裏技マデ使ワセテクレルトハ」
 じゃきん、と9mmを装填する金属音。銃口が真凛をまっすぐ見つめていた。対衝撃システム。精密機械を体内に埋め込む彼らにとって、時として、堅牢な装甲に受ける着弾や爆発のダメージよりも、その衝撃による内部の精密部品の損傷が深刻となる時がある。このシステムはそのような損傷を回避するため、衝撃を受ける際に自分からも小さな衝撃波を発生させて相殺させるという、一種の防御装置である。先ほどの一瞬、奴はこれを限界を超えた出力で稼動させ、真凛を叩き落としたのだ。こんなことをすれば奴自身もただでは済まないが、生身の真凛の被害はそれを遥かに上回る。
「か、はっ……」
 敢えて言うなら、巨大なスピーカーから至近距離で重低音を浴びた衝撃。あるいは車に乗っていて急停車したときに感じる圧迫感。それらの数倍のものを体内に叩き込まれたようなものだろうか。それでも転倒しないあたりはこの娘の積み上げてきた研鑚の賜物だった。だが、結局は立っているだけということだ。これでは先ほどの華麗な回避など望むべくもない。
「ちぇ……。この業界に強い人は多いって聞いてたけど。これからはこういう武器のことも考えておかなきゃならないのかな」
 必死に呼吸を整えてはいるが、その両足は思うように動かないということがありありとわかる。
「貴方に次ハアリマセン……」
 視線が交錯する。銃身から無数の弾丸が撃ち出された。
 
 銃弾が無数の弾痕を穿つ――天井に。
「なっ……」
 スケアクロウが驚愕の叫びを上げる。真凛を捕らえたのは最初の一発のみ。後はまるで素人がオートマチックを撃ったかのように、反動で上に跳ね上がってしまったのだ。
「いったあ~~。覚悟したとはいえ、やっぱりそう何発も食らうものじゃないなあ」
 肩を押さえて真凛がうめく。気をめぐらして防御し、インナー越しに受け止めたものの、拳銃弾を叩き込まれれば無傷のはずがない。だがそんな声もスケアクロウには届いていなかった。己の右腕が、その強さの拠り所となるはずの右腕が、無様にもげて地面に転がっていたのだから。
「右でツイてた。左だったらまだ『壊して』なかったもんね」
 真凛が掌を開くと、硬い音がして、幾つかの金属部品と樹脂で出来た肉片が地面にこぼれ落ちた。それはまさしく、スケアクロウの肘を構成していたパーツだった。
「まだこっちは名乗ってなかったよね。人材派遣フレイムアップアシスタント。『殺捉者《さっそくしゃ》』七瀬真凛」
 
 『七瀬式殺捉術』。それが真凛の実家に伝わる武術の名称である。戦国時代に端を発して江戸、明治の時代を経て醸成された日本の古武術の一派。その特徴は徹底した実戦主義にある。戦国時代での戦闘においての格闘技とは、あくまでも武器を失った時のものであり、そこに展開されるのは相手を傷つけて戦闘不能にする殴り合いや蹴りあいよりも、早々と地面に引き倒した方が勝ち、という戦い、いわゆる取っ組み合いである。確かにこの思想から、投げ技や関節技、急所への当て身を根幹とする古流の柔術が日本各地で発生した。だが、七瀬流の開祖はどうやら思い切った考えの転換を行ったようだ。
 おおよその投げの開始となり、乱戦でもっとも多い「取っ組み合い」そのものを攻撃とする。一度相手の体をつかめばそこがどこであろうと握り潰し、砕き、引き千切ってしまえばいい。「捉えれば即ち殺す」、殺捉術の思想である。その要諦は強力な握力と、触れた構造の脆いポイントを一瞬のうちに探り出す繊細な指先の感覚にあるというが、そこらへんは門外不出の秘伝なのだそうだ。
 たしかに原始的だが、それだけに応用範囲は広い。押え込まれても指一本相手に触れる事が出来ればそこから身体を抉る事が出来るし、先ほどのように敵の攻撃を捌きつつ関節を破砕する、などという荒業も可能だ。以上はすべて、当人からの受け売りだから、どこまで本当かはわからないが、実力の方はごらんの通り。
 真凛が正統後継者として伝承した古武術とは、この凶悪極まりない戦闘技術である。聞くところによれば、家系の中でも特に秀でた才能だとかで、中学生時分において既に免許皆伝。後のストリートファイトはより実戦向けの調整を兼ねていたそうである。ちなみに、世の中には愚かというか無謀というか、とにかく哀れな人間がいるもので、かつて彼女の同級生が電車で痴漢被害に遭ったそうな。その娘に相談された真凛はその痴漢の……つまり、あれを……引きちぎったとかちぎらないとか。あくまで噂だけど。少なくとも、真凛が女子高の同級生にやたらとモテることは事実である。こんな物騒な娘がアシスタントについている、ってだけでも、おれって同情してもらう価値が十分にあると思うんだけどなぁ。
 
 既に破壊されていた腕は銃弾の反動に耐え切れず、ちぎれて落ちた。
「……っ」
 間髪いれず左腕で攻撃態勢を取ったのは賞賛に値する。だが今度は真凛の方が早かった。ふらつく足に活を入れ懐に飛び込み、すくいあげるようにその左腕を押さえている。けたたましい金属音が鳴り響き、火花と共に今度は左腕が千切れ飛んだ。
「本当に強かった。スケアクロウ。あなた達みたいな強い人と、もっともっと戦いたい」
 降り注ぐ金属部品の雨を抜け、そのまま後背に回り込む。衝撃波は、……もう間に合わない。スケアクロウが、観念の呟きを漏らした。
「……オミゴト。ヤングヤマトナデシコ」
 真凛の指が、スケアクロウの背骨に伸び触れる。まるで繊細な場所を愛撫するかのようにつ、とその掌が僅かにその表面をなぞり、瞬く間に構造を看破する。
「『胡桃割《くるみわり》』」
 ごぎん、とイヤな音がして、スケアクロウの人造の脊髄は握りつぶされた。下半身への情報伝達機能を失った鋼の体が、重い音と共に倒れこんだ。
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月29日 (火)00時56分

人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 12

 もっとも、そんな状況をおれは全て眺めていられたわけではない。何しろ、その時まさにぬいぐるみの群れが、逃げ場のないおれの四肢をがっちりと押さえつけていたので。
「残念です。亘理さん。貴方が日本でも有数のトップエージェントが所属するあの『人災派遣会社』フレイムアップの社員だと聞いて期待していたのですが」
 向こうから投げつけられる冷たい声。
「あのお嬢さんならまだしも。あなたは全くの期待はずれですね」
 その二指に摘まれた折り紙が、魔法のように姿を変えてゆく。
「……あいにくと荒事は苦手なクチでしてね」
「フレイムアップのメンバーは全員が最低でも並のエージェント以上の戦闘能力を持っている、と聞いていたのですが」
「そりゃ都市伝説の類ですね。悪いけどおれは正真正銘弱いですよ」
 えへん、と胸を張る。彼女の瞳がす、と細められる。その指には折りあげられたシンプル極まりない造詣の構造物。紙飛行機、という奴だ。
「殺しはしません。しかしその肺に穴が開くくらいは覚悟してくださいね」
 紙飛行機ってのは普通防弾ウェアに包まれた胸板をぶち抜けるようなモンじゃないと思うんだがね。
「最後に一つ、聞いておいて良いですかね?」
 おれは問う。
「……何を?」
「いやあ。門宮さんってのは、本名なのかな、と思って」
 若干の沈黙があった。警戒しているのだろう、『折り紙使い』は手にした紙飛行機をいつでも放てるよう構えている。
「貴方の亘理という名字は本名なのですか?」
「……ええ。亘理陽司。みんなにはそう呼ばれてるし、おれもそう名乗ってますよ」
 彼女は一つ、息を吐いた。
「私も本名ですよ。門宮ジェイン。次の仕事で会うときは味方だといいですね」
 これ以上会話を続ける必要はないと判断したのだろう、なにやら呪を唱え、紙飛行機の切っ先をおれに向ける。
「いやあ、聞いておいて良かった」
 おれはぬいぐるみどもに押さえ込まれた右手を、どうにか持ち上げる事が出来た。
 
「これで勝てる」
 
 ほんの一瞬。脳内を火花が走り、神経網を電流が駆け抜ける。やりすぎるなよ、とおれは呟いた。
 
 『折り紙使い』にその言葉は耳に入っていなかっただろう。奴は最後の呪の詠唱に入っていたのだから。
「穿て!『紙飛行機』」
 その手から離れた紙飛行機は強弓から穿たれた鉄矢のごとく、俺の胸を狙い迸る。時間にすれば僅か。だが、俺が護りを完成させるには充分過ぎるほどの時間だ。
 
「『門宮ジェインの』『紙飛行機は』『亘理陽司に』『当たらない』」
 
「な……」
 奴の目が驚愕に見開かれた。それもそのはず。紙飛行機が俺の胸板に突き立つまさにその直前、後方の『殺捉者』と機巧人間の戦闘で炸裂した爆発の破片が、俺の体と紙飛行機の間に飛び込み、結果として紙飛行機をあらぬ方向に吹き飛ばしてしまったのだ。
「ばかな、そんな幸運が……」
 俺は爆風を、立ち位置をほんの少しずらすことでやり過ごした。この目障りな形代を一瞬で全て蒸発させて、『折り紙使い』に懇切丁寧に説明でもしてやろうかと思ったが、どうも興が乗らなかった。早々に仕事を遂行することとしよう。
「いささか不出来だが、この状況で結果に向けて帳尻を合わせようとするなら、このような過程でも致し方なしか」
 俺はひとりごちた。限定できる言語は残りわずか。上手く単語を並べねば。最後の最後で力尽きたなどとなれば、他の連中のいい笑いものだ。
 
「『亘理陽司の』、『警棒は』、『門宮ジェインの』『肌を』、『外さない』」
 
 俺は右手首を動かし、無造作に警棒を放り投げた。くるりくるりと緩やかな円軌道で奴をめがけて飛ぶ。だが当然、こんなものにむざむざと当たりに行く愚か者はいない。奴は一歩横に移動する。
 と。上空から不意に落下した欠片、先ほどの爆発で天井から剥がれ堕ちた建築材の一部が、撞球《ビリヤード》の妙技のように空中で衝突し、警棒の軌道を変えた。その先には、避けたはずの攻撃を前に、目を見開く奴がいた。
「ば……」
 バカな、と声にはならなかった。軌道を変えた警棒が、奴の唯一素肌の露出した首筋に、まるで割れた壺の欠片が納まるかのようにぴたりと命中したのだ。
「ぁっ!!」
 声にならない悲鳴を上げて、『折り紙使い』は電撃の衝撃で後方に弾け飛ぶ。攻撃方法がこんな玩具とは少し不満だが、仕方があるまい。
 全身を押さえつけていた形代どもが一斉に力を失い地面に落ちた。あの女は一人でこれだけの形代を操りつつ、俺と戦っていたわけだ。大したものだ。その点は俺は素直に称賛する。
 俺は地面に落ちた警棒を拾い上げようとして屈み――やってきた脳の裏側を引き毟られるような激痛に耐えた。目の裏で火花が散り、視界が白く染まる。
 
「…………~~ってぇ……」
 やれやれ情けない。大分限定した単語だというのに、十個も並べずにこのザマとは。
「ま、まさか、貴方は、あ、あの――」
 電撃の影響だろう、彼女はなんとか舌と手足を動かそうとしているが、上手く全身を制御できないでいた。おれはどうにかバトンを拾い上げると、ゆっくりと歩を進める。
「因果の、歪曲……ま、さか……。それこ、そ都市伝説、と思ってました、よ」
 彼女がおれの『二つ名』を呟く。
「ご存知とは光栄です。名乗らないのは隠してるからじゃなく……あんまり好きじゃないんですよね、その名前。それから、おれも次に会うときは味方でいたいですよ。門宮さん」
 バトンをそっと首筋に押し当てる。門宮さんは沈黙した。おれは二、三度大きく深呼吸をすると、大扉へと向かった。
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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 13

「さて、どうしようかねえ」
 金庫の大扉の前で腕組みをして佇むおれの側に、スケアクロウを倒した真凛が駆け寄ってくる。
「何してるの?」
「いや。どうやってこいつを開けようか、とね」
 真凛の顔が青ざめる。
「ひょっとして、使っちゃった?」
「うむ」
「ど、どーするの!?アンタの能力がないとこんな金庫開けられるわけないでしょ!?」
「ンなこと言ったって仕方がないだろう!!さっき門宮さんとの戦いで全部使っちまったんだから!!」
「出会い頭に決着つけておけばよかったのに。女の人相手だとすぐ様子見に走るんだから」
「し、失敬ダナ君は。相手の能力もわからんのに迂闊に攻撃をしかけるわけにも行くまい。戦術だよ戦術」
「どうだかねー」
 ま、何はともあれ二人して銃弾やら剃刀の嵐やらをかいくぐったのでボロボロのありさまだ。金庫の側にはカードキーを差し込むとおぼしきスロットがあるのだが、ろくに解除コードもわからないのに迂闊に手を触れたりしたら、今度こそセキュリティが起動するだろう。
「……しかたない。ちょいとヤバイが、三発目トライしてみようか」
 ハッキング用のダミーカードを取り出すと、おれは一つ、深呼吸をする。と、真凛の表情が締まる。
「どうした」
「上の階に人の気配。降りてくるよ!」
「それってやばくね?」
 おれは身を隠す場所を探そうとして、周囲のあまりの惨状に改めて気がついた。ナパームで焼け焦げた床、散らばるぬいぐるみと倒れている女性、いまだ止まらぬスプリンクラー。無数の弾痕に、両腕をもがれた大男が倒れちゃったりもしてる。火事と台風がまとめて通り抜けたがごときその有様はまさしく『人災派遣』の名に相応しいものだった。
「この現状見られたら、おれ達殺人犯もいいところだよなあ」
「なに呑気に第三者っぽく論評してるんだよ!」
「いやー、おれ腕千切ったりはさすがにしてないからなあー」
「女の人をスタンバトンで殴った鬼畜が何をっ……」
「まあ、身分証明書の類も持ってないし、いざとなれば逃げれば何とか」
「ボクは制服着てるってわかってて言ってるでしょソレ!?」
 おれ達があーだのこーだの言い合いをしているうちに、上り階段に靴音が響き、男がひょっこり顔を出した。
「よう。お前さんたちが『人災派遣』のメンバーかい」
 Tシャツにジーンズというラフな格好をした、中年の男だった。
 
「そう構えんでくれ。俺は山野ってえんだ。ザラスのソフト部門の専務だよ」
 その男は、そう言っておれに一束のカギを投げて寄越した。キーホルダーにはカードキーと思しきものも括りつけられている。
「こいつを使ってくれ。金型が入ってる引出しまでなら開けられるはずだ」
 おれは空を泳いでいる猿を見たかのようなまぬけっぷりで口を開けていたんだと思う。おれと似たり寄ったりの表情でぽかんとしていた真凛が一瞬先に我に返り、おれをどついた。
「と。失礼。こりゃまた一体どういう風の吹き回しですかね?」
「ああ。その節はうちの営業連中が馬鹿やってすまなかったな」
 山野さんは懐からタバコを取り出すと、百円ライターで火をつける。
「このケッタクソ悪いビルの中でヤニ食えるってのはいいもんだね」
「いやまあ、たしかにいまさら煙草の煙ぐらいどうってこたないと思いますが」
 ひとつ、美味そうに吸い込んで煙を吐き出す。
「俺さ、韮山とは昔チーム組んでたのさ」
 あ、と真凛が声を上げる。
「山野さんって。そういえば韮山さんが言ってた。昔ゾディアックを一緒に作った人」
「韮山さんのお師匠さん、ですね」
「そーゆーコト。ま、韮山のウチに砂かけるようなやり方も俺はどうかとは思うがね。それよりもまあ、今回のウチの連中のやるこたあその万倍気に入らねぇのよ。役員がぽろっとこぼしたから問い詰めてみりゃあ、何よ金型強奪したって。思わずしばき倒してカギを借りてきちまったぜ」
 にやり、とワイルドな笑みを浮かべて口の端から白煙をどろどろと吐き出す。
「……そういうことなら。遠慮なく開けさせてもらいますよ」
「おっと。それはいいんだが。礼代わりと言っちゃ何だが、一つ頼まれてくれないか?」
 カギを弄んでいた指が止まる。
「何でしょう?」
 その時の山野さんの、なんとも楽しそうな笑顔は、それからしばらく忘れがたいものだった。
「韮山に伝えてやってくれ。お前等のルーンの続編なんて、俺たちが今作ってる『ゾディアック2』ですぐにランキングから叩き落してやるからよ、ってな」
 おれもにやりと笑みを浮かべる。まったくもって、異能力者、なんてものが天下を取れないのは当たり前の事だろう。世の中を少しずつ周していくんのはおれ達じゃない。こういう人たちなんだろうな。ま、そのぶんドンパチはおれ達が担当するわけなんだが、それはそれできっと世の中上手く出来ているんだろう。
「たしかに伝えますとも。その言葉」
 
 金庫は無事に開き、おれ達はお目当ての金型を確かにゲットすることが出来た。
「窃盗団も気が利いてるな。きちんと梱包してあるぜ」
 精密な造詣を得るためには金型のキズ、欠けは致命傷なのだそうだ。正直、ザラスはなぜ強奪した直後に金型を壊してしまわないのだろうか、とも思っていたのだが、この梱包を見て若干ザラスへの認識を改めることにした。山野さんのコメントを聞いて何となくわかった気がする。彼らとて素晴らしいゲームに成りうるものを、無為に壊すことは出来なかったのかも知れない。
「動かしても大丈夫だろうな。これとこれとこれ、と。やっぱり追加キャラが多い分、結構量があるな。ほい真凛」
「ちょっと待てぇ!!本気で言ってるの!?」
「何のためにキミが派遣されたと思ってるのカネ?」
 まあ何だ。金型は金っていうくらいだから金属で出来てるわけですよ。で、プラスチックを流し込むわけだから、型はそれを覆うだけの巨大な鉄のブロックになるわけで。結論から言うととっても重いと、そういうわけだったりする。
「ってアンタねえ!いくらなんでも状況的に思うところはないわけ!?」
 おれはバッグからロープや縄梯子に変形する便利キット『ハン荷バル君』を取り出して手際よく背負子《しょいこ》に組み上げ、真凛に背負わせる。
「何を言ってるのか。おれじゃ一個も運べないってばよ」
「だからってボクだってこれは……」
「鍛錬だ鍛錬。もっと強くなりたいんだろう」
 適当に真凛を丸め込んでおいて、山野さんに貰ったカギを返した。営業の連中を殴り倒したという彼の今後が気になるところだが、多分、本人はあまり気にしないんだろう。
「じゃあな。坊主。おれはこれからまた一仕事せにゃならん」
 山野さんはタバコを床に押し付けると腰を上げた。
「ひと仕事って。もう零時回ってますよ?」
 言うな真凛。ソフト会社の人間に時刻は関係ないんだよ。
「っておい!リミットまでもう三時間ないじゃないか!!」
 おれと真凛はすっかり忘れていた事実に愕然とする。ここまでやっておいて時間切れ等となったら、殺される程度ではすまない。あのあくまの様な所長に比べれば、おれらの能力などなんの意味もありゃしない。
「やっべえ!!急ぐぞ。これから川口まで全力で飛ばすぜ!!」
「えっ、もしかしてまた?」
「ああ。ちょいとばっかし荒っぽくなるけど気にすんな」
 山野さんをその場に置き去りにして、おれは一目散に入ってきた地下通路へと向かう。後方から金型を背負って追いすがる真凛の顔が再び青ざめていたような気がしたが、階段を駆け下りるおれはさして気にも止めなかった。
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人災派遣のフレイムアップ 第1話 『副都心スニーカー』 14

「『ゲームショウ、大盛況のうちに終了。今後の注目株はなんと言ってもルーンストライカーセカンドエディション!』か」
 学校の講義が終わった週末。おれは今回の案件の給料を受け取るべく事務所を訪れていた。今週の土日は突発の事件もなかったようで、仕事の片付いた事務所の中、おれは学校の生協で買った週刊のゲーム雑誌を広げて、真凛と、先日豚のジョナサン君をどうにかとっつかまえた立役者である直樹らとのんびりだべっている、という次第。
「『同時発表のゾディアック・デュエル2にも大期待』だって?」
「こら、覗き込むなって」
 おれと真凛があーだこうだと騒いでいると、書き上げた書類を処理済のトレーに放り込み、所長が自分の机から大きな伸びを一つしつつ立ち上がった。
「ま、それにしてもまたまた派手にやったもんねえ。ウチもたまには『人災』って呼ばれないようなスマートな仕事をしたいものだけど」
「そう思うならもうちっとまともな仕事回してくださいよ」
 時間に余裕があればこんな強行突破はせずに済んだはずだし、だいたい今回は相手から喧嘩を売られたわけで、暴れたくて暴れたわけではない、はずだ。
「いやーでも今回は、事件を表沙汰に出来るはずもないザラスの渉外の連中を散々つつき回してやったから大分スッキリしたわよ。あそこのお抱え弁護士、法律を盾にとっていちいち煩いのよねえ」
 たっぷりミルクを落とし込んだ珈琲を飲み干し、邪悪な笑みを所長は浮かべた。まさか最初っからこれが目当てだったんではあるまいな。
「そうそう、亘理君。貴方宛にメールが届いているわよ」
「おれ宛に?」
 事務所に届くというのもヘンなものだが。
「今転送したわよ」
 携帯端末を確認し、納得した。差出人は門宮さんだった。名刺交換したわけでもないのだから、事務所に送るしかなかったのだろう。そこには簡単な挨拶と、今後は味方だと良いですね、との旨が添えてあった。
「スケアクロウの奴も、幸か不幸かすぐに業務復帰できるとさ」
「便利だなあ。ボクなんかまだ撃たれた肩が痛いのに」
 ま、いつ敵と味方が入れ替わるかわからないこの業界だ。個人レベルで交流を深めておくのも、そう悪いことではないだろう。
「おっと。これから食事でもどうですか、だってさ~。ひょっとして意外と脈アリ??」
「……どうせウチの情報を色々教えてほしいってことじゃないの?」
 なにやら冷たい気配が背後でするが、務めて無視。と、所長の携帯がメールの着信音を奏でた。あら、と液晶画面をみやる所長が、しばし沈黙する。
「……あ。じゃあおれ、これから金曜日の夜を満喫しますんでそれじゃ」
 ほとんど草食動物の本能で腰を浮かす。
「亘理君。実は貴方向けの依頼が一件、たった今入ったんだけど」
「いやだってほらおれ以外にも今は直樹がいるわけだしってアレいねぇー!?」
「ん、直樹さんはついさっき帰ったよ」
 あの薄情者。
「しょうがないね陽司。今日は諦めたほうが良いよ。ボクが付き合ってあげるからさ」
「そういうセリフはあと三年経ってから言おうな」
「いや別に一人で行ってきてもらってもかまわないんだけど?今度の依頼は、満月の夜に新宿の歓楽街で狼男が暴れまわってるから取り押さえて欲しいんだって。どうにも凶暴らしいわね」
「あのう見捨てないでください真凛サマ」
「いやボクこれから帰って宿題やらないと」
「ってえかマジでやるんですか?」
「今OKの返事を送っといたわ。担当名はあなたで。安心しなさい。これで滞納してた貴方のアパートの家賃もちゃんと払えるでしょ?」
 何故におれの口座内容も把握しているのか。
「カンベンしてくださいよぉ」
 おれの呟きは、誰の耳にも届かなかった。
 

[第1話 副都心スニーカー:了  第2話 秋葉原ハウスシッターにつづく]
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|コメント(-) |トラックバック(-) | 2015年09月30日 (水)23時25分
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